あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第48回

「源氏物語」から生まれた文化

更新日:2024/12/11

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「源氏物語」は文学作品としての存在にとどまらず、後世の
さまざまな文化にも広く影響を与えました。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・
奥山景布子さんが「能」と「源氏香」について解説します。

Q48 「源氏物語」が生み出した後の時代の文化について教えてください。
A48 たくさんありますので、代表的なものを二つご紹介します。
 本連載の第46回で触れた「源氏物語絵巻」が、後世の大名家の嫁入り道具の一つとなるなど、「源氏物語」は文学に留まらず、各方面に影響を残しています。

 今回は、現代にも親しまれているものの中から、能と源氏香について紹介します。

 まずは能。「源氏物語」に素材を採った曲は〈半蔀(はじとみ)〉〈夕顔(ゆうがお)〉〈葵上(あおいのうえ)〉〈野宮(ののみや)〉〈須磨源氏(すまげんじ)〉〈住吉詣(すみよしもうで)〉〈玉鬘(たまかずら)〉〈落葉(おちば)〉〈浮舟(うきふね)〉〈源氏供養(げんじくよう)〉の十曲が知られています(復曲、新作の曲は除く)。

 登場人物でシテ(主役のこと)になっている回数を数えると、夕顔二、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)二、光源氏一、明石君(あかしのきみ)一、玉鬘一、落葉宮一、浮舟一。光源氏の永遠の人である藤壺宮や、物語中最重要のヒロイン紫上(むらさきのうえ)、晩年の光源氏に暗い影をもたらす女三宮(おんなさんのみや)などが出てこないのは、「源氏物語」ファンにはちょっと残念な気もしますが、一方で、落葉宮が取り上げられているのは意外でも興味深くもあります。

 また、〈源氏供養〉では、紫式部がシテとされ、「物語を書いたせいで地獄に堕ちた」、「いや、実は紫式部は観音の化身だった」など、物語の功罪そのものがテーマになっています。

 こうした「源氏物語」由来の曲たちの姿は、能という芸能の形を考えるのにも、「源氏物語」の受容を考えるのにも、とても興味深いと思います(「源氏物語」と能については、林望氏の連載「私の愛する古典の魅力 能になった源氏物語」もぜひご参照ください)。

 さて、源氏香。こちらはもともと香道の世界で生まれた図形です。

 五種の香を五包ずつ用意し、そこから五つを選んで、順に焚き、どれとどれが同じだったかを聞き当てる(「嗅ぐ」を「聞く」と表現します)という遊び方をする場合、回答が五十二通りになる。そこから、源氏物語五十四帖のうち、「桐壺」と「夢浮橋」を除いた五十二帖の名を、それぞれの回答に割り当てたのです。

 例えば、「若紫」※1は、一番目と二番目の香が同じ、三番目と四番目が同じ、五番目だけ違う(香は三種あったことになる)。「葵」※2なら、四番目と五番目が同じで他はすべて別(香は四種)……というように、答えを示す図形と、物語の巻名とが対応させてあります。

 この図形を、各巻で描かれるストーリーやテーマに関連するものとして読み取る解釈も行われています。例えば、「帚木(ははきぎ)」※3は、光源氏の周囲に大勢の女性がばらばらと立っている。「手習」※4は、浮舟が尼となって、「一切平等」という仏教の教えを嚙みしめている、などです。

 香は、奈良時代には神仏に供えられるものでしたが、平安時代になると、部屋に香らせたり、衣類に焚きしめたりするようになりました。「源氏物語」の梅枝(うめがえ)巻では、薫物合(たきものあわせ)が行われていて、香の優劣を競っていますが、鎌倉、室町時代になると、「聞き分け」を競技のように行う文化が成立します。

 源氏香の行われていた古い例は、文亀元年(1501)の記録(近衛政家「後法興院記」)がありますが、現代に伝わっている図形が定着したのは、おそらく寛永期頃(1624~1644)かと言われています。

 この図形は、模様としても面白いため、香道を離れて、着物や帯、あるいは調度品の文様としてもよく使われています。

『フェミニスト紫式部の生活と意見』の装丁にも、筆者の希望で、源氏香の図形を使っていただきました。良かったらお手にとって御覧ください。
  • 若紫

  • 葵

  • 帚木

  • 手習

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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