あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第23回

天皇の出家

更新日:2024/06/12

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大河ドラマ「光る君へ」第20回では、自ら髪を切って
出家した一条天皇の中宮・定子(ていし/さだこ)が描かれました。
また、謀られて出家した花山(かざん)天皇(六五代)の姿も注目を集めました。
この時代の「出家」とは?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q23 出家する皇族、貴族は多かった?
A23 けっこういました。
「光る君へ」で描かれた花山天皇の譲位(じょうい)と出家に、驚いた人は多かったのではないでしょうか。

 花山天皇のように、謀略に乗せられてしまったのは気の毒な例ですが、様々な事情から出家する人は、皇族にも貴族にもいました。

 根底には、仏教への信仰が広まり、余生、晩年にはできるだけ仏を身近に感じながら過ごし、来世での成仏を祈りたいとの思いを持つ人が増えたことがあると考えられます。

 また、病気が重くなった時などに、仏に救いを求め、平癒を祈るという理由で出家する例もよくありました。

 とはいえ、花山天皇のように、志を政治的に利用されてしまった人もあるなど、出家に至る事情は、身分や性別などによって異なるので、このテーマは3回に分けて取り上げることにします。

 今回は出家した天皇の例についてご紹介しましょう。

 現代では、譲位後の天皇、つまり上皇が仏門に入るというのは想像しづらい状況ですが、紫式部が生きていた時代には珍しい事例というわけではありません。

 最初の例は聖武天皇(四五代)。東大寺の大仏を建立した天皇として知られます。

 以後、花山天皇までで、上皇になってから出家した天皇は、聖武と花山を含め5人(出家が崩御の直前だった上皇〈陽成、醍醐〉と、出家後に重祚した孝謙〈こうけん〉天皇は除く)います。

 聖武天皇の出家理由は、仏教への信仰からだと言われています。一方、平城(へいぜい)天皇(五一代)の出家理由は政変(薬子〈くすこ〉の変)を収束させるためであったようで、敗北、謹慎の意を人々に示す意図が濃く感じられます。

 清和(せいわ)天皇(五六代)の出家は上皇になって2年半経ってからでした。その後の過ごし方からは、仏教への深い傾倒が感じられます。

 出家してから亡くなるまでの期間が32年と、一番長いのが宇多(うだ)天皇(五九代)で、「法皇」と呼ばれた最初の人です。政治的にも昌泰(しょうたい)の変(菅原道真が左遷された事件)との関わりなどが深かった一方、大規模な歌合を行なうなど、文化的な影響力も大きく、「源氏物語」にも様々な形で言及されています。

 朱雀(すざく)天皇(六一代)の出家理由ははっきりしませんが、天皇在位中から病弱だったらしく、平癒を祈り、救いを求めてのことかもしれません。

 そして、花山天皇。まわりの思惑はともかく、自身には身ごもったまま亡くなった女御忯子(しし/よしこ)の菩提を弔いたいとの意志がありました。出家して10年ほどは書写山や比叡山へ行ったり、観音霊場を33箇所巡礼したりなど、熱心に修行していたようです(この33箇所が、現在の西国三十三所のもとになったという説もあります)。

 しかし、その後、都に戻ると、心境に変化ががあったのか、何人もの女性を恋人にしたようです。出家の身で女性と関係を持つのは本来あってはならないことですが、法皇という立場では、諫める人もなかったのでしょう。

 多くの女性の中でも、忯子の妹との関係は長徳(ちょうとく)の変(藤原伊周〈これちか〉・隆家〈たかいえ〉による花山院襲撃事件)につながる大事件となりました。

 スキャンダラスなイメージの強い花山院ですが、「拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)」の編纂をはじめ、絵画、建築など文化的な才能は豊かで、道長からも一定の敬意を払われていたそうです。


参考文献:今井源衛「花山院の生涯」(『今井源衛著作集9』)笠間書院
     川村裕子編『拾遺和歌集』角川ソフィア文庫

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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