あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第32回

平安時代の誕生祝い⁉

更新日:2024/08/21

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

平安時代、貴族の子どもたちの成長を祝う儀式には
折々に、さまざまなものがありました。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q32 誕生日を祝うことはあった?
A32 それはありません。でも出産、誕生、成長を祝う儀式はいろいろありました。
「誕生日」を毎年祝うのは、日本では比較的新しい習慣で、明治以後のことだとされています。平安時代も、生まれた日とは関係なく、新年を迎えれば年齢を一つ重ねたとみなしていました(こういう年齢の数え方を「数え年」と言います)。

 ただ、子どもの出産はやはり盛大に祝われるべきもので、さまざまの儀式習慣がありました。

 女性は妊娠5ヶ月目になると、着帯(ちゃくたい)の儀と言って、腹帯を締めます。戌(いぬ)の日が吉日とされ、現代でも行われています。

 いよいよ出産となると、妊婦および身近にいる人々の装束、さらに室内の調度に至るまで、白一色に統一されます。また、物の怪(け)が出産を妨げにくると考えられていたので、魔除(まよ)けとして、米を撒(ま)いたり(散米〈うちまき〉)、弓の弦を鳴らしたり(弦打〈つるう〉ち/鳴弦〈めいげん〉)します。なお、当時のお産は坐産(ざさん)が一般的でした。

 無事に出産されると、へその緒(お)を切る「臍(ほぞ)の緒」、最初に乳を口に含ませる「乳付(ちつ)け」、湯浴(ゆあ)みをさせる「お湯殿(ゆどの)」が、いずれも儀式として行われます。誕生したのが皇子の場合は、天皇から剣が届けられ、これを「御佩刀(みはかし)」と言います。

 出産から三夜、五夜、七夜、九夜に親戚や知人から贈り物が届き、四度にわたって宴が催されます。これを「産養(うぶやしない)」と言います(本連載の第18回では、宮中で猫の産養が行われた例をご紹介しました)。

 七夜目がもっとも盛大で、出産から八日目には、白一色だった室内が通常のものに戻ります。

 次の節目は誕生から五十日目、百日目で、「五十日(いか)の祝い」「百日(ももか)の祝い」が行われます。これらの祝いでは赤ちゃんの口に餅を含ませる真似をするのが慣例でした。

「紫式部日記」には、藤原彰子(しょうし/あきこ)の出産に関する事柄がかなり詳しく描かれており、敦成(あつひら)親王(一条〈いちじょう〉天皇第二皇子)の外祖父である道長が「餅はまゐりたまふ」といった儀式の様子が伝わっています。

 百日目を無事に迎えられたら、次は袴着(はかまぎ)です。文字通り、初めて袴を着ける儀式で、これは3歳から7歳くらいまでの間に行われました。現代の七五三のルーツのひとつと考えられます。

 さて、最後にご紹介するのが成人式。男子は元服、女子は裳着(もぎ)と呼ばれるこの儀式は、十代前半で行われるのが通例です。

 男子は、髪型をそれまでの子どもの髪型(鬟〈みずら〉、角髪とも表記)を改め、髻(もとどり)を結って冠を着けます。冠を着けさせる役を「引入(ひきいれ)」または「烏帽子親(えぼしおや)」と呼びます。

 女子は裳(も)を着け、いわゆる十二単姿となります(本連載第2回をご参照ください)。裳着は夜更けに行われるのが通例だったようです。裳についている紐をウエストのあたりで結ぶことから、裳を着せる役を「腰結(こしゆい)」と呼びます。

「引入」「烏帽子親」と「腰結」は、実父以外で社会的地位のある近親者(元服では男性、裳着では男女どちらの例もある)に頼むのが慣例で、これを引き受けた人は「自分はこの新成人の後ろ盾である」と世間に示すことになりました。


参考文献:川村裕子『王朝生活の基礎知識』角川選書
山中裕・鈴木一雄編『平安時代の儀礼と歳事』至文堂

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

好評発売中!

目からウロコの新解釈!
「源氏物語」のイメージが変わります!

『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

バックナンバー

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

バックナンバー

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.