あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第17回

平安時代の陰陽師

更新日:2024/05/01

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大河ドラマ「光る君へ」では陰陽師(おんみょうじ)・
安倍晴明(あべのはるあきら)の存在感が大きく、
政(まつりごと)への影響力も極めて強く描かれています。
陰陽師とは、いったいどのような人々だったのでしょうか。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q17 陰陽師って何者?
A17 本来は公務員ですが……。
 陰陽師というと、超人的な力を発揮する安倍晴明(あべのせいめい/はるあきら、921~1005)を思い浮かべる方も多いでしょう。

 しかし、陰陽師とはもともと、陰陽寮(おんようりょう)という朝廷の組織に属する職名のひとつで、要するに公務員。この寮には陰陽、暦、天文、漏刻(ろうこく、水時計のこと)という四つの部門があり、陰陽師は天災や政変といった国家の大事や、国が行う土木工事などについて、卜占(ぼくせん)を行うのが仕事です。

 ただ、この卜占の能力は、多くの人たちが頼りたいものであったため、やがて陰陽寮に属する官僚は全員この能力を身につけ、人々は彼らをすべて「陰陽師」とみなすようになりました。

 さらには、官僚でない人の中にも、独自に卜占を学んで活動する人が現れるようになります。こうした人の多くは、私度僧(しどそう、国家の許しなく、勝手に僧侶になった人)だったようです。

 有名な人物で言うと、冒頭でも挙げた安倍晴明は、陰陽寮で天文博士をつとめていた官僚の陰陽師。一方、晴明のライバルとして描かれることの多い蘆屋道満(あしやどうまん)は、私度僧の陰陽師と考えられます。

 陰陽師が行うのは、まずは日時や方角の吉凶を占うこと。天皇の即位の儀式などのスケジュールは特に念入りに占われたようです。貴族たちの日常生活においても、災いを避けるため、陰陽師の助言に基づいて、物忌(ものいみ)や方違(かたたが)えといった行動がとられていました(物忌はある期間、身を慎んで引きこもること、方違えは不吉とされる方角を避けるため、前日などに前もって別の場所に移動、宿泊してから目的地に行くこと)。

 それだけではありません。現代の私たちでも、事故を目撃してしまったり、動物の死骸を見つけてしまったりすると、「何か不吉な前兆では?」と不安になることがあると思いますが、平安時代の人々はそうしたことを私たちよりずっと切実なものと感じていましたので、相談に乗ってくれる陰陽師は欠かせない存在でした。

「御堂関白記(みどうかんぱくき)」「小右記(しょうゆうき)」「権記(ごんき)」からは、藤原道長も実資(さねすけ)も行成(ゆきなり)も、様々な「不吉な前兆?」という不安を陰陽師に相談していたことが分かります。

 また、どうしても災いが避けられず、病などに罹ったりした場合には、陰陽師が禊祓(みそぎはらえ)や呪術を行って対処しました。

 恐ろしいのは、陰陽師が行う呪術には、人を陥れる、時には命まで奪うほどの力があるとされていたことです。そのためでしょう、当時は「誰かへの呪詛(じゅそ)を陰陽師に依頼した」ことが、罪に問われ、罰せられる例がありました。寛弘六(1009)年には、呪詛に関わったとして道長の甥の伊周(これちか)が朝廷への出仕を禁止されています。この時、呪詛の実行犯とされた陰陽師は、円能(えんのう)という僧侶でした。

 なお、病治療のために行われた「加持(かじ)」は、仏教(真言密教)の修法で、陰陽師の領分ではありません。また夢を見た時にその意味を問い合わせる「夢解き」の例が「蜻蛉日記」「源氏物語」(若紫巻)などに出て来ますが、これも、陰陽師とは別の専門家がいたようです。「宇治拾遺物語」(十三・五)には「夢解きの女」とあるので、巫女のような立場の人だったのでしょう。

 参考文献:繁田信一『陰陽師 安倍晴明と蘆屋道満』中公新書

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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