あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第22回

平安時代の乗り物さまざま

更新日:2024/06/05

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連載の第21回では「牛車」を取り上げましたが、
平安時代にはほかにも乗り物がありました。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q22 牛車以外の移動手段は?
A22 馬のほか、輿(こし)や輦車(れんしゃ)というのもありました。
 馬は、牛とは違い、人の乗る車を引かせた例は平安時代の史料では見当たりませんが、人や物の運搬にはやはり欠かせない存在でした。連載第15回「平安時代のスポーツ」で、騎馬で行う競技をご紹介しましたが、男性たちの移動手段としても用いられました。

 ところで、前回「牛車」について取り上げた中で、最上級とされた「唐車(からぐるま)」でも、乗る人の中に「天皇」が入っていなかったことに気付いた人もいたのではないでしょうか。

 天皇は牛車には乗りません。天皇が乗るのは、人が担ぐ輿です。

 この輿にも種類があり、「鳳輦(ほうれん)」と呼ばれるものが絵巻などによく描かれています。一人乗りの箱が何本かの棒を格子状に組んだものの上に据えられていて、大勢の人がこの格子状の棒を肩に担いで運ぶ形が取られています。

 箱の屋根の頂(いただき)に鳳凰(ほうおう)を象(かたど)った金属製の飾りが付いており、それが「鳳輦」という名の由来とされます。

「鳳輦」は儀式などへのお出まし用ですが、大がかりなものなので、時と場所によっては小さなものに乗り換えました。そういう時に用いられたものが「腰輿(ようよ、手輿〈てごし〉とも)」です。

 こちらは二本の棒(轅〈ながえ〉と言います)で箱を支え、前後二人で運びました。

 他に、「輦車(れんしゃ/てぐるま)」という、輿を車に載せて人が引く乗り物もありました。これは天皇の乗り物ではありませんが、朝廷からの特別の許しをもらった人しか使えないものでした。

 当時、内裏の中は徒歩が原則でしたが、この許しがあれば「輦車」で移動することができました。こうした許しを得られたのは、皇太子や親王、内親王、女御、大臣などに限られます。

「源氏物語」藤裏葉(ふじのうらば)巻で、明石姫君(あかしのひめぎみ)が皇太子の後宮に入る折に付き添った紫上(むらさきのうえ)は、三日目の夜に宮中から退出する時、「御輦車(おんてぐるま)などゆるされ」(輦車使用の許しを得て)とあります。

 退出する紫上に代わり、ここからは姫の生母である明石君(あかしのきみ)が宮中に入ります。明石君はようやく娘の側にいられる喜びで満たされつつも、紫上が「輦車」で厳めしく退出していく様子を見て「思ひくらぶるに、さすがなる身のほどなり」(比べると、やはりわきまえるしかない我が身である)と改めて、徒歩で従うしかない自分との身分の差を噛みしめるのです。

 なお、入内(じゅだい)した女性の母として「輦車」を許されたという実例の一人が、藤原道長の妻、源倫子(みなもとのりんし/みちこ/ともこ)です。

倫子は長女の彰子(しょうし/あきこ)が一条(いちじょう)天皇に入内した折、「輦車」の許しを受けました(「御堂関白記」「権記」長保元年十一月三日条)。

 紫上と倫子では状況や立場が異なりますが、紫式部が「源氏物語」を書くにあたって、倫子の例を参考にしたであろうことは、十分に考えられると思います。


参考文献:京樂真帆子『牛車で行こう!』吉川弘文館
     櫻井芳昭『輿〈ものと人間の文化史156〉』法政大学出版局

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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