あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第31回

平安貴族の旅行

更新日:2024/08/07

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平安時代、貴族たちはどこかに旅行に行くことはあったのでしょうか。
実は、日記や歌集、物語に、旅について書かれているものは少なくありません。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q31 当時の旅行先は?
A31 神社仏閣が主流でした。
 現代のように様々な旅行先はありませんし、たびたび出かけられるわけでもありませんが、それでも、「蜻蛉(かげろう)日記」などには各所への旅の様子が描かれています。

 紫式部の越前(えちぜん)行きのように、地方官となった父や夫に随行する場合を除けば、女性たちの旅の目的はたいてい物詣(ぶっけい/ものもうで、社寺に詣でること)です。

 比較的都に近い場所で人気だったのは清水寺、賀茂(かも)神社などだったようです。

 紫式部は、仕えていた藤原彰子(しょうし/あきこ)が体調不良であったとき、病平癒を祈ろうと清水寺へ参詣しました。すると、同僚の伊勢大輔(いせのたゆう/おおすけ)と偶然出会い、歌を詠み交わして互いの彰子への思いを確かめ合いました(「伊勢大輔集」17、18)。

 清少納言は、賀茂神社へ参詣の途中で、女たちが田植歌を歌っている様子に目を留めています(「枕草子」賀茂へ詣る道に)。また紫式部も参詣して歌を詠んでいます(「紫式部集」13)。

 都を離れての人気スポットは石山寺(いしやまでら、滋賀県大津市)です。道長の姉、東三条院詮子(ひがしさんじょういんせんし/あきこ)はここをたびたび訪れていたようで(「栄花物語」巻四みはてぬゆめ)、亡くなる3ヶ月前にも参詣しています(「権記」長保三年十月二十七日条)。

「和泉式部(いずみしきぶ)日記」には、石山寺に籠もっている和泉式部のもとに、敦道(あつみち)親王(冷泉〈れいぜい〉天皇第四皇子。三条〈さんじょう〉天皇の弟)から文が届く場面などが描かれています。

「蜻蛉日記」では、兼家(かねいえ)の足が遠のいて嘆きに沈む道綱母(みちつなのはは)が、己の思いを持て余し、苦しみながら石山寺へと向かっていく道程がかなり詳しく記されていて、往来する人々の様子など、興味深い記事になっています。

 石山寺と並んで人気だったのが長谷寺(はせでら、奈良県桜井市初瀬)です。「蜻蛉日記」によれば道綱母はここに少なくとも二度参詣しています。「枕草子」(卯月のつごもり方に)には「初瀬(はつせ)に詣でて、淀(よど)の渡りといふものをせしかば、舟に車をかきすゑて行くに」とあって、現代で言うカーフェリーのような交通手段が行程の中に含まれていたことが分かります。

 他に、住吉大社(すみよしたいしゃ、大阪市住吉区)、伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)なども参詣先として名が上がります。住吉大社は「源氏物語」において、光源氏と明石(あかし)一族との出会いを導いたとされ、このエピソードは能「住吉詣(すみよしもうで)」の素材になっています。

 伏見稲荷の坂を登った清少納言は、よほど足にこたえたらしく、他の女の参詣者が軽々と歩いていく姿に、羨望のまなざしを注いでいます(「枕草子」うらやましげなるもの)。

 なお、戸外を歩く時の貴族女性の装束を壺装束(つぼしょうぞく)と言いますが、物詣の時は、装束の上から、赤い絹でできた帯を胸のあたりにかけ、背後で結ぶ形で身に着けました。これはかけ帯と言い、「物忌(ものい)み」=寺社を参詣するために身を慎んでいることを示すものでした。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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