あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第47回

「源氏物語」の名場面・名言は?②

更新日:2024/12/04

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「源氏物語」の名場面・名言を、前回は国宝「源氏物語絵巻」の中から
ご紹介しました。今回は、『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く
「源氏物語」~』(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・
奥山景布子さんが独自の目線でセレクトした2場面をご紹介します。

Q47 「源氏物語」の名場面・名言、ほかには?
A47 今回は奥山の独自目線で二つ、ご紹介します。
 賢木(さかき)巻で、光源氏の須磨(すま)流謫、都落ちの直接的契機を作ってしまった朧月夜(おぼろづきよ)の君(右大臣の六女。姉は弘徽殿〈こきでん〉女御)。

 花宴(はなのえん)巻での「歩いて、歌を口ずさみながら」という彼女の登場場面も、当時求められた姫君像とは正反対、破格で鮮烈ですが、私がさらに面白いと思う場面が、須磨巻にあります。

 光源氏とのことが露見したのちも、朧月夜の君が皇太子(のちの朱雀〈すざく〉帝)と結ばれることをあきらめられなかった右大臣と弘徽殿女御は、彼女を尚侍(ないしのかみ)という女官の地位に就けます。尚侍が天皇や皇太子の寵愛を受け、事実上の妃に近い扱いを受ける例は、この時代、珍しくありませんでした(この点については、拙著『フェミニスト紫式部の生活と意見』第五講をご参照ください)。

 仕える皇太子が即位して帝となったのちも、光源氏との密会をやめなかった朧月夜の君。ずいぶん大胆ですが、帝はそんな彼女をそれでもなお深く寵愛します。光源氏が須磨へ去ってからも側に召し続け、「よろづに恨みかつあはれに契らせたまふ(何事にも恨み、一方では愛情深く行く末までお約束なさる)」という有様でした。

 光源氏や自分を強く責めることもしない優しい帝に、朧月夜の君は思わず涙するのですが、その時に帝がこう言うのです。

「さりや。いづれに落つるにか(さあて。その涙はどちらのために落ちるのか)」

 目の前の女性に深く執着しつつ、しかし、その心の内に重きを占めるのは、自分ではなく、異母弟である光源氏の影であるとよくよく分かった上での、この帝の台詞。

 ここを読み返すたびに、私の耳にはなぜか、意中の女性が自分ではない男性に心を奪われていると知った悲しみを歌う、大瀧詠一さんの「恋するカレン」(作詞は松本隆さん)が流れてきて、とてもとても切ない気持ちになり、つい朱雀帝に感情移入してしまうのです。

 そして最後にどうしてもご紹介したいのは、藤裏葉(ふじのうらば)巻の、この場面です。
 光源氏の一人娘、明石姫君(あかしのひめぎみ)がついに皇太子(父は朱雀院)のもとに入内するエピソードが描かれますが、ここで、紫上(むらさきのうえ)と明石君(あかしのきみ)が初めて顔を合わせます。

 紫上から見れば、都を離れ、謹慎しているはずの光源氏と、自分の知らないうちに関係を持ち、娘までもうけた女性。これまで何度となく、嫉妬心に苛まれてきたはず。

 一方、地方出身で身分の低いことから、紫上には当たり前のように圧倒され、娘まで奪われた明石君。光源氏にも紫上にも、恨みがましい気持ちを抱いたことがあったでしょう。

 この二人がついに顔を合わせる。互いに、相手をどう見るのか、どう振る舞うのか?

 結局二人は相手の美質を認め合うという、ある意味「きれいごと」の場面になるのですが、明石君の次のような述懐が、より胸に迫ります。

「かうまで、立ち並びきこゆる契り、おろかなりやはと思ふものから、出でたまふ儀式の、いとことによそほしく、御輦車(おんてぐるま)などゆるされたまひて、女御の御ありさまに異ならぬを、思ひくらぶるに、さすがなる身のほどなり(このようなお方とここまで立ち並び申すわが身の宿命は、疎かなものではないとは思うものの、紫上が退出なさる作法がまことに美々しく、御輦車の御勅許をいただいたりなさって、女御と変わらぬ御扱いなので、わが身にひき比べてみると、しょせんわが身はこの程度である)」

 本連載の第22回でもこの場面には触れましたが、ことあるごとに「身のほど」を思い知らされる女性たちの境遇、その悲しみに、深く思い至らされる場面だと思います。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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