あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第39回

紫式部と同僚たち

更新日:2024/10/09

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仕事をする中で、人間関係に悩みを抱えることは現代でもありますが、
平安時代の宮中勤めでも同じような軋轢はあったようで、
紫式部も、仲が良いとはいえない同僚の女房たちがいたことを書き残しています。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q39 紫式部は同僚たちとうまくつきあっていた?
A39 けっこう大変だったようです。
 本連載の37回では、仲の良かった同僚たちをご紹介しましたが、女房たちの人間関係は、なかなか難しいものだったようです。

 紫式部が藤原彰子(しょうし/あきこ)のもとに初めて出仕したのは、寛弘二(1005)年の暮れのことでした(翌年とする説もあり)。しかし「紫式部集」によると、彼女は年明け早々に自宅に戻ってしまい、職務に復帰したのは五月になってからでした。

「源氏物語」の続きを書くために実家へ下がっていたのだとの見方もありますが、「紫式部日記」の記述などとも合わせて考えると、女房生活に馴染めなかったと解釈する方が自然です。また、理由はどうあれ、新人の分際でいきなり長期休みを取ったことで、「上衆(じょうず)めく」(身分の高い人みたいに振る舞っている)との反感まで買ってしまい、同僚たちに溶け込むのがいっそう難しくなったようです。

 その後、自分の知識をひけらかさないように用心深く、「惚け痴れ」(ほけしれ。愚か者)のふりをすることで、だんだんと打ち解けていったようですが、それでも紫式部を気に入らない人はいて、「紫式部日記」にはそうした不愉快な相手とのエピソードも記されています。

 その一人が馬の中将(藤原相尹〈すけまさ〉の娘)。寛弘五(1008)年十一月十七日、紫式部は彰子の実家である土御門(つちみかど)邸から宮中へまで、この人と同じ牛車で行くことになってしまいました。狭い牛車の中で、機嫌の悪い表情をあえて隠そうとしない馬の中将は、紫式部より先輩。紫式部は「あなことごとしと、いとどかかる有様、むつかしう思うひ侍りしか」(なんとわざとらしい、こういうことがあるから、女房生活は面倒だ)と記しています。

 また、一条天皇付きの女房から、「日本紀の御局(みつぼね)」というあだ名を付けられたという逸話もあります。現代風に言うなら「日本書紀オタク女房」でしょうか。これは、「源氏物語」を読んだ一条天皇が、紫式部の知識教養を褒めたため、それを妬んで付けたものと思われます。日ごろ懸命に「惚け痴れ」をしていた紫式部にとっては、迷惑なあだ名だったのでしょう。

 反対に、紫式部が他の女房への嫌がらせに荷担したというエピソードもあります。

 ターゲットになってしまったのは、左京の君(左京の馬とも。出自不詳)。もとは宮中の女房で、のちに藤原義子(ぎし/よしこ、藤原公季〈きんすえ〉の娘。一条天皇の女御)付きとなった人ですが、どういう経緯だったのか、寛弘五年十一月、五節の舞姫の介添え役として宮中へ参上しました。

 この介添え役は、女房の格としては決して上級とは言えないものでした。どうやら左京の君は、過去に何人かの男性貴族や女房たちから反感を買った存在であったらしく、そうした人たちは「昔あんな上品ぶっていたくせに、老い落ちぶれて、介添え役なんかで人前に出てくるとは」と、嘲笑したい気持ちにかられたようです。

 紫式部は、そうした人たちから「左京の君がいたたまれない気持ちになるような歌を作れ」と頼まれ、引き受けます。それも、けっこう面白がり、趣向を凝らしてやってしまったと、「紫式部日記」にはあります。現代で言うなら「職場でいじめに加わった告白」のようにも読める部分です。

 どういう思いでこれをあえて日記に残したのか。紫式部の複雑な人柄が窺えます。


参考文献:山本淳子『私が源氏物語を書いたわけ』角川学芸出版

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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