あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第37回

紫式部の友人たち

更新日:2024/09/25

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

紫式部は人見知り……というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
彼女には、親しい友人はいたのか……?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q37 紫式部には友達がいた?
A37 はい。同性の親しい友人の存在が確認できます。
「紫式部集」は「はやうよりわらはともだちなりし人」(ずっと以前から幼友達である人)に贈った歌から始まっています。「小倉百人一首」57番として有名な「めぐりあひて見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし夜半の月かな」(久しぶりにめぐり逢えたのに、あなたなのかどうかも分からないほどの短い時間ですぐに帰ってしまって。まるで雲隠れしてしまった夜中の月のよう)です。

 紫式部が若い頃、まだ藤原彰子に仕える前の時期に、こうした友人との交流があったことが、歌集からは分かります。

 また、友達という表現が適当かどうか分かりませんが、夫の宣孝(のぶたか)が亡くなった折、宣孝が他の女性との間に儲けた娘と、手紙で交流しています。こうした時の紫式部の言葉は、思いやりや優しさの溢れるものが多いように見受けられます。

 宮仕えに出た後の人間関係については、「紫式部日記」にかなり書かれています。

 この日記には、職場の先輩や同僚たちについての、明らかな陰口、あるいはそうでなくとも悪意を含むと思しき表現も多いのですが、一方で、好意を寄せ、ごく親しくしていたらしい人たちの様子も知られます。

 名前をあげるとすれば、伊勢大輔(いせのたゆう/おおすけ)、宰相(さいしょう)の君、大納言(だいなごん)の君、小少将(こしょうしょう)の君、でしょうか。

 伊勢大輔は大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)の娘(実名不詳)です。この人と紫式部との交流は本連載第31回でもご紹介していますが、他に、「小倉百人一首」61番の「いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな」をめぐるエピソードもあります。伊勢大輔がこの歌を詠んだのは、興福寺から献上された八重桜を受け取った折なのですが、実はこのお役目は、紫式部からゆずられたものだったのです。

 宰相の君は藤原道綱(みちつな、道長の異母兄)の娘、豊子(ほうし/とよこ)。敦成(あつひら)親王(一条天皇第二皇子。のちの後一条天皇)の乳母をつとめて従三位にまで昇るなど、紫式部より格上の女房ですが、かなり親しく、好ましい人と感じていたようで、局(つぼね)で昼寝をする宰相の君に「物語の女の心地」(物語のヒロインのよう)と魅了されいきなり起こしてしまうなど、距離の近い様子が読み取れます。

 大納言の君と小少将の君はいずれも彰子の従姉妹にあたります。大納言の君は源扶義(ふぎ/すけよし)の娘廉子(れんし)、小少将の君は源時通(ときみち)娘(実名不詳)です。

 この二人に対しては、宮仕え生活の辛さを共有できる人という気持ちを持っていたようです。

 特に、小少将の君とは、それぞれの局を一つにして、間を几帳で隔てるだけの形で、まるで現代のルームシェアのように使っていたと「紫式部日記」にはあります。

 それを知った道長が二人を「かたみに知らぬ人も、語らはば」(お互い知らぬ男が訪ねてきたらどうする?)とからかいますが、紫式部は「誰もさるうとうとしきことなければ、心安くてなむ」(誰もそんな水くさい真似はしないから、安心していられる)と書いています。

 現代で言うシスターフッド的な感覚を、紫式部は持っていたのだろうと思います(『フェミニスト紫式部の生活と意見』第六講をご参照ください)。


参考文献:服藤早苗・高松百香編『藤原道長を創った女たち』明石書店
     服藤早苗・東海林亜矢子編『紫式部を創った王朝人たち』明石書店

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

好評発売中!

目からウロコの新解釈!
「源氏物語」のイメージが変わります!

『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

バックナンバー

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

バックナンバー

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.