あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第10回

紫式部の本名は

更新日:2024/03/13

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

「紫式部」は、「源氏物語」を書いた女性が宮仕えの際に
そう呼ばれていたとされる名前で、本当の名前ではありません。
それでは、彼女の本名は何というのでしょうか?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社刊)
の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q10 紫式部の本名は何というの?
A10 残念ながら不明なのです。
 大河ドラマ「光る君へ」では、主役の藤原為時(ふじわらのためとき)の娘、後世の人からは「紫式部」と呼ばれている女性の名は「まひろ」、そして亡くなったその母の名は「ちやは」とされています。また、のちに「清少納言」になる、清原元輔(きよはらのもとすけ)の娘は「ききょう」と名乗っていました。

 いずれもとても可憐で素敵な名前ですが、これらはあくまでフィクションとして設定されたもので、彼女らの本名は分かっていません(紫式部は「香子」(こうし/たかこ/かおるこ)とする説もあります)。

 一方、藤原道長の姉の「詮子(せんし/あきこ)」や、左大臣家の姫・源「倫子(りんし/みちこ/ともこ)」は、古記録などから確認できる本名です。

 紫式部の生きていた時代においては、身分のある人を本名で呼ぶことは少なかったようです。とりわけ女性は「○○女(○○のむすめ)」と父の名を冠して言われることが普通でした。
「詮子」「倫子」など、本名が伝わっている女性は、何らか、古記録類に残るような事柄が起きた人に限られます。詮子は円融天皇の女御で、のちには一条天皇の母として皇太后、さらに女性では史上初の「院号」まで得た人なので、記録類に名が残っているわけです。

 また倫子も、自分の産んだ娘たちが次々に后になり、自身も従一位の位を得ていることから、やはり記録に名が残っています。

 記録に名があることから本名が分かる例としては、紫式部の娘・賢子(けんし/かたいこ)もいます。賢子の場合は、後冷泉天皇の乳母となり、従三位を得たことによります。

 とはいえ、こうした女性の名はほとんどの場合、正確な読み方は不明です。「光る君へ」では詮子を「あきこ」、倫子を「ともこ」と呼んでいますが、これらはあくまで推定。研究者たちは混乱を避けるため、便宜上「せんし」「りんし」と音読みにしていることが多いです。

「紫式部」や「清少納言」は、女房として出仕した際に付けられた名前で、これを「召し名」と言います。紫は本来「藤式部(とうしきぶ)」で、これは姓の藤原と、父の代表的な官職名「式部丞(しきぶのじょう)」によるもの。ただ清少納言の姓は清原ですが、近親者に少納言(しょうなごん)は見当たらず、なぜこの名になったのかは諸説あります。

 位などを得ていないのに本名が分かっている興味深い例としては、藤原実資(さねすけ)の娘「千古」(ちふる)があります。これはこの娘を溺愛していた実資が、二転三転した縁談のいきさつや、財産をたくさん譲ろうとして書状を作ったことなどを、自身の日記である「小右記(しょうゆうき)」に書き残しているためです。

 なお、「源氏物語」に登場する女性たちも、実名の分かる人はいません。ただ玉鬘(たまかずら)だけは、女房である右近(うこん)が行方不明の彼女を探そうと僧に祈祷を依頼する折に「藤原の瑠璃(るり)君」と呼んでいる箇所がありますが、これが本当の幼名なのか、右近が仮にそう呼んだだけなのかは、現在の本文からは判別がつきません。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

好評発売中!

目からウロコの新解釈!
「源氏物語」のイメージが変わります!

『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

バックナンバー

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

バックナンバー

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.