平安時代、一番重い刑罰は何だったのでしょうか。
当時「死刑」はあったのか?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。
第30回
平安時代に「死刑」は?
更新日:2024/07/31
- Q30 平安時代に死刑はなかった?
- A30 いいえ。そうとは言い切れないようです。
-
本連載で前回取り上げた「左遷=流罪」についての説明で、本来は死罪に当たるのを「一等減じて」という表現をしました。
実は、平城(へいぜい)太上天皇の変(薬子〈くすこ〉の変)が起きた弘仁元(810)年から保元元(1156)年の保元(ほうげん)の乱まで、天皇が死刑を命じた(認めた)例は確認できません。国家への反逆とされた(事実はともかく)、昌泰(しょうたい)の変(菅原道真〈みちざね〉の左遷)、安和(あんな)の変(源高明〈たかあきら〉の左遷)、長徳(ちょうとく)の変といった事件の当事者にも、死刑ではなく流罪が適用されているのは、前回ご紹介したとおりです。
これらの例から、平安時代には死刑がなかったという言い方がされることがあるのですが、それは実態とは違うことが、歴史学者によって指摘されています。
律令制下において、裁判や刑罰についての権限を持っていたのは、本来刑部省(ぎょうぶしょう)という役所でした。
ところが、嵯峨(さが)天皇の時代(在位は大同四〈809〉年から弘仁一四〈823〉年)に検非違使(けびいし)が置かれるようになると、次第に、犯罪者の捜索、逮捕から量刑の判断、刑の執行にいたるまでが、検非違使庁で行われる例が増えていきます。
それと並行するように、五位以上の貴族やその家臣、朝廷と関わりの深い寺社に所属する者などが関わっている事件については、太政官(だいじょうかん/だじょうかん/おおいまつりごとのつかさ、大臣をトップとする、中央の最高機関。現代の内閣にあたる)が直接扱い、それ以外については検非違使庁が担当するという状態になっていきました。
事件の性格や当事者の身分によって、裁かれる場所や手続きが違うというわけです。
長徳の変の折、事実関係の確認や、二人の逃亡先の捜索、逮捕といった実働を担っていたのは検非違使庁。別当(長官)は実資(さねすけ)でした。
検非違使庁からの報告を聞いた一条(いちじょう)天皇は、右大臣(左大臣は空席)の道長に「伊周(これちか)と隆家(たかいえ)の罪名を検討せよ」と命じています(「小右記」長徳二年二月一一日条)。つまり、この裁判は太政官で行い、最終判断は天皇がするという決定がこの段階でなされたわけです。
一方で、身分の低い者による犯罪については、検非違使庁の判断で、手や足、あるいは指を切るといった刑罰に処せられた例が散見されます。
これら、身体を傷つける刑罰は肉刑(にっけい)と呼ばれるもので、名前こそ死刑ではありませんが、外科手術などの技術のない時代にこうした刑罰を受ければ、死に至ることも多かったでしょう。
少し後の時代になりますが、永承五(1050)年から康平七(1064)年まで検非違使別当を務めた源経成(つねなり)は、「自分には強盗百人の首を刎(は)ねた功績がある」と豪語していたそうです(「古事談」巻五の八)。これは出典が説話なので、どこまで史実かは分かりませんが、大河ドラマ「光る君へ」第9回で描かれた、直秀(なおひで、ドラマのオリジナルキャラクター)の死のような痛ましい例も多々あったであろうと思います。
参考文献:戸田点『平安時代の死刑』吉川弘文館 -
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「源氏物語」のイメージが変わります!『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)
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- 著者プロフィール
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奥山景布子(おくやま きょうこ)
1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.
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RICCA(リッカ)
漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic
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