「源氏物語」にも、斎宮、斎院というつとめを果たす女性が登場します。
似た名前ですが、どのように違うのでしょうか。
また、それぞれどのような役割を担っているのでしょうか。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。
第43回
斎宮と斎院
更新日:2024/11/06
- Q43 斎宮や斎院はどういう人がなる?
- A43 未婚の皇族女子が選ばれます。
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斎宮は奈良時代より前に始まったとされる、未婚の皇族女子が伊勢神宮(三重県伊勢市)に赴き、潔斎(飲食物の制限、異性との接触の禁止、沐浴など)を続けながら神に奉仕する制度です。
一方、斎院の始まりは平安時代。嵯峨(さが)天皇(第五十二代天皇、在位は809年~823年)の第八皇女である有智子(うちこ)内親王(807年~847年)が、賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社、京都市左京区)と賀茂別雷(かもわけいかづち)神社(上賀茂神社、京都市北区)に、初代斎院として、斎宮に倣う形で奉仕をしました。
双方とも「斎王(さいおう)」とも呼ばれ、原則として天皇の御代替わりごとに、未婚の内親王(天皇の娘)か女王(天皇の孫娘)の中から卜定(ぼくじょう、占いによる選出)によって決められることになっていました。
「源氏物語」の時代に近い斎宮としては、六条御息所・秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)のモデルとされる徽子(きし/よしこ)女王(醍醐〈だいご〉天皇孫)・規子(きし)内親王(村上〈むらかみ〉天皇第四皇女)母娘がおり、徽子女王は歌人としても有名です。
ただ、京都に近く、人との交流がしやすかったせいか、文学と関わりの深い女性の存在が多く見られるのが斎院です。
初代の有智子内親王は、女性では数少ない漢詩人で、その作品は「経国集」という漢詩集に残されています。
紫式部の同時代には、選子(せんし/のぶこ)内親王(村上天皇第十皇女)が長らく斎院を務めていました。在任が円融(えんゆう)、花山(かざん)、一条(いちじょう)、三条(さんじょう)、後一条(ごいちじょう)天皇の五代57年にもわたったため、「大斎院」と呼ばれた人です。
自身、歌人として優れていた(勅撰集入集は拾遺集以下38首。個人の歌集として「発心和歌集」もある)だけでなく、周辺にも文芸を好む人が集まっていたようで、皇后定子(ていし/さだこ)や中宮彰子(しょうし/あきこ)とはまた趣の違ったサロン的空間が形成されていました。その様子は「大斎院前(さき)の御集(ぎょしゅう)」「大斎院御集」などから知られます。
「枕草子」の「宮仕へ所は」の段では、「斎院、罪深かなれど、をかし」(仏道から遠ざかってしまうから罪深いけれど、趣がある)と、理想の出仕先の一つとして挙げています。
紫式部は、選子に仕えた女房で中将の君と呼ばれた人が、「歌などの風情は斎院が一番」などと手紙に書いているのを知り、「紫式部日記」の中でずいぶん批判していますが、これは斎院の評判が高いことを承知した上での、ライバル意識の表れとも読めます。
さて、選子のように、在任が長かった人は別として、斎宮、斎院は、若くしてその任を解かれることも多いため、「次の生き方」を慎重に選ぶ必要がありました。
紫式部の時代の皇族女子には、独身を貫く方が良いという価値観があり、斎宮、斎院経験者には特にそれが強く働いたようです。当子(とうし/まさこ)内親王(三条天皇第一皇女)のように、貴族男性と恋に落ち、父である三条天皇(当時は上皇)が激怒して、騒動になった例もあります。
斎宮や斎院を辞した後には、天皇か皇太子の後宮へ入るのでなければ、独身を貫く人が多かったようです。
こうした皇族女子の事情については、『フェミニスト紫式部の生活と意見』第六講をご参照いただければ幸いです。 -
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「源氏物語」のイメージが変わります!『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)
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第8回 藤原道長の魅力
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第4回 藤原道長と紫式部
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第3回 寝殿造のトイレ事情
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第2回 十二単を着るときは
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第1回 清少納言と紫式部
更新日:2024/01/10
- 著者プロフィール
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奥山景布子(おくやま きょうこ)
1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.
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RICCA(リッカ)
漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic
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