あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第25回

女性貴族の出家

更新日:2024/06/26

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前々回、前回と、平安時代の「出家」(天皇、男性貴族)を
とりあげてきました。今回は貴族の女性の「出家」です。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q25 女性貴族の出家は?
A25 男性との関係に左右されることが多いです。
 藤原道長と関係の深い女性たちでは、詮子(せんし/あきこ)、彰子(しょうし/あきこ)、源倫子(りんし/みちこ/ともこ)の三人が出家しています。三人の出家の共通点は、いずれも「夫と死別後」であることです。

 貴族の出家に「終活」の要素が大きいことは前回にも取り上げたとおりです。

 生き方の選択肢が非常に少なかった平安時代の貴族社会。女性の出家は、どうしても配偶者に左右されることになります。

 よって、夫より先に亡くなった女性は、病床などで「戒(かい)を受ける」(仏と縁を結ぶために頭髪の一部分を切る儀式などをする)ことはあっても、本格的な出家にまで至ることは少なかったようです。

 こうした事情もあってか、女性の出家には、いくつかの段階があります。

 彰子は、寛弘五(1008)年に出産する折、「御いただきの御髪(みぐし)」をおろす=受戒(じゅかい)しています(「紫式部日記」)。これは安産を祈るための儀式で、いわゆる出家とはみなされていません。

 その後、万寿三(1026)年に天台座主・院源(いんげん)を師として出家、以後、上東門院(じょうとうもんいん)と呼ばれますが、この時点では髪は「尼削ぎ(あまそぎ)」=肩くらいの長さで切りそろえた状態でした。

 その後、長暦三(1039)年頃までに、髪を完全に剃った「剃髪(ていはつ)」の状態になったと考えられています。

 こうした段階が設けられていたのは、尼を正式に認める手続きのできる寺が当時少なかったこと、女性が夫や子どもといった婚姻・家族関係から完全に解き放たれるのが難しかったことなどが挙げられます。

 彰子の母・倫子はかなり長い間尼削ぎのままだったようですが、それは娘の威子(いし/たけこ、道長の四女)のために参内する必要があったからでした。威子が自分より先に亡くなると、すぐに剃髪してしまったと「栄花物語」には書かれています。

「源氏物語」鈴虫(すずむし)巻では、父・朱雀院(すざくいん)の手によって出家したのに、相変わらず光源氏の六条院にとどめられている女三宮(おんなさんのみや)が「人離れたらむ御住まひにもがな」(別の住まいに移りたい)と心密かに思っている場面などがあり、尼になってもなかなか自分の意志どおりに行動できない様子が示されています。

 並行して、出家が許されない紫上(むらさきのうえ)が、女三宮の出家支度に手を貸していたことが点描されているあたりも、興味深いところです。

 一方、自分で髪を切って「尼削ぎ」になってしまう、実力行使をする女性もいました。

 史実でもっとも有名な例は皇后・定子(ていし/さだこ)です。長徳(ちょうとく)の変で罪人となった兄弟、伊周(これちか)と隆家(たかいえ)を探す役人たちが定子のいる二条北宮(にじょうきたのみや)へと踏み込んできた時、定子は牛車の中に避難させられていたといいます。おそらく心痛に耐えかねたのでしょう、この騒動の中で髪を切ってしまったというのです。

 一条(いちじょう)天皇がそれでも彼女を愛し続け、子どもをもうけたのに対し、公卿(くぎょう)たちはとても冷ややかで批判的でした。これは自分で髪を切った人をどう扱うべきか、当時でも微妙だったからかもしれません。

「源氏物語」でも、何人かの女性登場人物が尼になっています。なかでも最後のヒロイン、浮舟の物語をどう読むかについては、ぜひ拙著『フェミニスト紫式部の生活と意見』第十二講をご参照ください。


参考文献:勝浦令子『女の信心』平凡社選書

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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