あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第36回

紫式部の娘はキャリアウーマン?

更新日:2024/09/18

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紫式部の娘・賢子は、どういう女性だったのでしょうか。
母が辿った道と重なる部分もありますが、彼女ならではのキャリアも築いています。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q36 紫式部の娘が書いたものはある?
A36 歌集があります。
 紫式部の娘・賢子(けんし/かたいこ)は、成人後、母と同じく藤原彰子(しょうし/あきこ)のもとに出仕しました。

 では母と同じように物語を書いたかというと、残念ながら、そうではないようです。「源氏物語」の宇治十帖の作者は賢子では? という説もありますが、この連載の第6回でもお話ししたとおり、根拠に乏しく、今のところ支持できません。

 彼女の作品として現在知ることができるのは、ほぼ和歌に限られます。家集(個人の歌を集めて編纂したもの)として「大弐三位集(だいにのさんみしゅう)」(「藤三位集(とうさんみしゅう)」とも)があるほか、「後拾遺和歌集」などの勅撰集(本連載第9回参照)に37首が採用されています。「小倉百人一首」58番、「有馬山猪名(ゐな)の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする」(有馬山のふもとにある猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよ=そうよそうよと音をたてる。そうよ、どうしてあなたを忘れたりするかしら。あなたの方が私を忘れていたのでしょ?)を思い出す人も多いでしょう。

 彼女の能力は、こうした歌人としてももちろんですが、それ以上に女房としてのおつとめの場でもっとも発揮されたようです。

 賢子の召し名(女房としての通名)としてもっとも知られているのは「大弐三位(だいにのさんみ)」ですが、出仕したばかりの頃は「越後弁(えちごのべん)」と呼ばれていました。これは祖父である為時(ためとき)が、晩年につとめていた官職「越後守(えちごのかみ)」と「左少弁(さしょうべん)」とによるものです。

 その後、藤原兼隆(かねたか。道兼の次男。道長の甥)と結婚、娘を出産しますが、ちょうど同じ時期(万寿二〈1025〉年)に、親仁(ちかひと)親王(後朱雀〈ごすざく〉天皇第一皇子)が誕生。賢子はこの親王の乳母に選ばれました。

 寛徳二(1045)年に親仁親王が後冷泉天皇(ごれいぜい)として即位すると、賢子は従三位という高い位と、典侍(ないしのすけ。内侍所〈ないしどころ〉の次官)という官職を得ます。

 この頃すでに母の紫式部は亡くなって久しいと思われ、娘の出世や活躍を知ることはなかったでしょう。

 ただ「源氏物語」には、尚侍(ないしのかみ。内侍所の長官)として朧月夜、典侍として源典侍という人物が登場しており、彼女たちはいずれも「源氏物語」の他の女性たちとは違い、ある程度自由で、自分の意志を通した人物像として造型されています(『フェミニスト紫式部の生活と意見』第五講、第六講をご参照ください)。

 紫式部自身は、女房として出仕することにあまり気が進まなかったようですが、一方でその女房としての見聞を書いた「紫式部日記」は、娘・賢子への教訓、メッセージとして残されたと解釈できる部分がいくつもあります。

 母の日記を読んだ賢子が、それを糧に、文芸ではなく、宮中でのキャリアを重ねて、自分の道を進んだのかもしれないと思うと、母娘の絆には感慨深いものがあると言わざるを得ません。

 ちなみに、「大弐三位」の「大弐」は、賢子の再婚相手である高階成章(たかしなのなりあき)が晩年、大宰大弐(だざいのだいに)という役職についたことによりますが、成章がこの職につけたのは、賢子のキャリアのおかげという説もあります。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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