あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第18回

平安時代のペット事情

更新日:2024/05/08

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大河ドラマ「光る君へ」では、源倫子(みなもとのりんし、ドラマではともこ)が
飼う猫の「小麻呂(こまろ)」が視聴者の関心をひいています。
平安時代のペット事情はどのようなものだったのでしょうか。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q18 平安貴族もペットを飼っていた?
A18 はい。位をもらった猫もいました。
「源氏物語」では、皇女である女三宮(おんなさんのみや)と猫にまつわるエピソードがよく知られています。

 実在の天皇では、宇多(うだ)天皇(第五九代)や一条(いちじょう)天皇(第六六代)が猫を飼っていました。

 宇多天皇は自身の日記「寛平御記(かんぴょうぎょき)」に、愛猫の来歴や外見(美しい黒猫とあります)、行動などを詳しく記しています(寛平元年二月六日条)。これによると、当時貴重だった牛乳で作った粥を与えるなど、とても贅沢な飼い方をしていたようです。

 一条天皇の猫は「命婦(みょうぶ)のおとど」と名付けられ、五位に叙せられ、乳母(めのと、ここではお世話係という意味でしょう)までついていました。この猫については「小右記(しょうゆうき)」「枕草子」などに記述があります。

 この猫が生まれた時には宮中で「産養(うぶやしない、子どもの誕生から三、五、七、九日目に催される祝宴)」まで行われたそうです。藤原実資(さねすけ)はこれを「本当に奇怪なこと」「動物に人をつけるなどということは聞いたことがない」と批判的に記録しています(「小右記」長徳五年九月一九日条)。

 一方、「枕草子」では、この「命婦のおとど」と犬の「翁丸(おきなまろ)」との逸話を載せています(「上に侍ふ御猫は」)。これによると、猫の方は今で言う完全室内飼いに近い扱いなのに対し、犬の方は屋外で放し飼いのようです。

「源氏物語」の女三宮も、猫に紐を付けて外へ出さないようにしていました。当時の飼い猫は「唐猫(からねこ)」と呼ばれる、大陸から輸入された「高級品」とその子孫たち。こうした飼い方になるのは自然ななりゆきと言えるかもしれません。

 一方、同じ「源氏物語」には、幼い紫の上が雀を飼っていて逃がしてしまったというエピソードもあります(若紫巻)。「枕草子」にも「心ときめきするもの」として「雀の子飼」を挙げていますので、雀はペットとしてポピュラーな存在だったことが分かります。

「枕草子」の「鳥は」の段には、現代、ペットの鳥として人気の「鸚鵡(おうむ)」も取り上げられていますが、こちらは「人の言うことをまねするそうだ」と伝聞の言い方なので、清少納言が実際に身近で見たわけではないかもしれません。

 また、藤原道綱(みちつな)は鷹を飼っていたことが知られています。鷹狩が行われていた例は「日本書紀」にも見られる(仁徳天皇四三年九月)ので、こちらはペットというよりは、狩猟用の鷹だと思われます。ただ道綱はこの鷹をとても大切にして、愛情を注いで飼っていたらしいことが、道綱母の「蜻蛉(かげろう)日記」からは感じられます(中巻)。

 他にも、ペットと言えるかどうかは分かりませんが、「源氏物語」では「虫の籠(こ)」が出てくる場面があり(野分巻)、秋の虫たちを捕らえて音を楽しむことはよく行われていたようです。


参考文献:田中貴子『猫の古典文学誌』講談社学術文庫、『古典文学動物誌』學燈社

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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