あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第46回

「源氏物語」の名場面・名言は?①

更新日:2024/11/27

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「源氏物語」は長大なだけに、数えきれないほどの有名な場面や名言
があります。その中でも、国宝「源氏物語絵巻」に描かれた場面は、
昔の人々の琴線にも触れた箇所だということがしのばれます。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q46 「源氏物語」の名場面や名言を教えてください。
A46 難しいですが……厳選してみましょう。
 現存する五十四帖、いずれも捨てがたいところばかりなので、2回にわたってお届けします。

 まずは、先人のセンスに導いていただくところから始めましょう。

 名場面の選び方というと、やはり国宝「源氏物語絵巻」(徳川美術館、五島美術館他所蔵)の絵が、一つの基準を示すと言えるでしょう。

 絵が現存しているのは、若紫(わかむらさき)1、蓬生(よもぎう)1、関屋(せきや)1、柏木(かしわぎ)3、横笛(よこぶえ)1、鈴虫(すずむし)2、夕霧(ゆうぎり)1、御法(みのり)1、竹河(たけかわ)2、橋姫(はしひめ)1、早蕨(さわらび)1、宿木(やどりぎ)3、東屋(あずまや)2です。

 どの場面も面白いのですが、私の独断で三つに絞ってみました。

 まずは柏木巻の後半。すでに柏木は亡くなり、女三宮(おんなさんのみや)が産んだ男子(のちの薫〈かおる〉)が五十日(いか)の祝い(本連載第32回をご参照ください)を迎えた場面。

 周囲のめでたい気分をよそに、真実を知る光源氏は、複雑な気持ちで血のつながらぬ「我が子」を抱き、思わず「汝が爺(ちち)に」と、白居易の詩の一節を口ずさみます。

「そなたの父に似てはいけない」――この「父」は、第一義としては柏木を指すのでしょうが、一方で光源氏自身をも指すようにも思えて、なんとも意味深長。光源氏の生涯を一言で回顧してしまうような、印象的な場面であり、名言だと思います。

 そして、鈴虫の巻。女三宮の出家生活の始まりを描く巻で、ストーリーが大きく動くわけではないのですが、冷泉院(れいぜいいん。桐壺帝〈きりつぼてい〉第十皇子。母は藤壺女院〈ふじつぼにょいん〉。実の父は光源氏)のもとに、光源氏、夕霧(光源氏の長男。母は葵上〈あおいのうえ〉)が参上。一堂に会する場面があります。

 原文では光源氏と冷泉院の容貌が「いよいよ異(こと)ものならず」とあり、50歳になった光源氏と32歳の院の外見がますます似てきたと書いてあるだけなのですが、そこには夕霧も同席していることに、読者は当然気付いている。「絵巻」では、光源氏と冷泉院が向かい合い、夕霧は光源氏に背を向けて笛を吹いている、つまり三人が静かに座る構図なのですが、その静けさがむしろ緊張を呼びます(この場面、二千円札に一部分が描かれています)。

 そして、もう一つ、私の特に好きな場面が夕霧の巻です。

 柏木の死後、親友の妻(女二宮〈おんなにのみや〉)への哀れみが、次第に恋情へと変わっていった夕霧。しかし、女二宮の母は、皇女という身分柄、二人の仲を危ぶみ、夕霧の真意を問おうと手紙を出します。

 ところが、夕霧の正妻・雲居雁(くもいのかり)が、いつにない浮わついた夫の態度を不快に思い、「いととく見つけたまうて、這ひ寄りて、御背後(うしろ)より取りたまうつ(その手紙を素早く見つけ、そっと近づいて背後から奪ってしまった)」というのです。

 あらあらたいへん、このあとどうなるの!? とどきどきします。ただ、雲居雁、夕霧、女二宮の母の三人のうち、誰に感情移入して読むかで、この場面の受け止め方はずいぶん違うのではないでしょうか。

 絵巻は、何人かで絵を見つつ、誰か一人が物語本文を音読するという、複数の人がいっしょに物語を楽しむ場を想定して作られたと考えられます。

 こんな場面では、きっと感想の披露合戦が盛り上がっただろうと想像すると、こちらまで楽しい気持ちになります。


参考文献:『源氏物語絵巻』(徳川美術館蔵品抄2)徳川美術館

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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