ドラマ「光る君へ」では、藤原宣孝(のぶたか)が赴任先の九州から
								たくさんの珍しいお土産をまひろ(紫式部)や父・為時(ためとき)に
								持ち帰り、羽振りの良さを見せていました。
								当時の地方の役人の長は、どのような立場であったのでしょうか。
								『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
								(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。
							

第20回
平安時代の地方の役人
更新日:2024/05/22
- Q20 ○○守って?
- A20 よく県知事に喩えられますが……。
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								 ○○守(○○のかみ)とは国司の長官を指します。
 
 国司は各地方の国庁の役人なので、○○守はよく県知事に喩えられます。ただその職掌は、現代なら行政・司法・警察の各分野すべてに相当する広い範囲に及ぶので、その権力、影響力は現代の知事以上かもしれません。
 
 任期は原則4年。もちろん当時は投票制度などはなく、あくまで朝廷での任命によります。
 
 紫式部の父、藤原為時は、寛和二(986)年、花山(かざん)天皇(第六五代)が譲位、出家したのを機に、式部丞(しきぶのじょう)と蔵人(くろうど)の職を失い、六位の位はあるけれど職はない、いわゆる「散位(さんい/さんに)」と呼ばれる状況に置かれました。
 
 10年後の長徳二(996)年、為時がようやく得た職が越前守(えちぜんのかみ、越前国は現在の福井県の一部)ですが、これにはちょっとした逸話が伝わっています。
 
 実は、この正月二十五日、為時が最初に選ばれたのは、越前守ではなく、淡路守(あわじのかみ、淡路国は現在の兵庫県淡路島)だったのです。ところが三日後の二十八日、当時右大臣だった道長が人事のやり直しを行い、為時を淡路守から越前守に変更しました。
 
 当時、国は律令によって「大・上・中・下」にランク付けされていました。何によるランク付けかは明確ではありませんが、おおよそ、税収などの豊かさによるものと考えられ、淡路は「下国(げこく)」、越前は「大国(たいこく、たいごく)」でした。為時にとってはより引き上げられる変更でした。
 
 この人事の変更には、当時、宋の商人らが若狭や越前に来着、滞在していたことや、為時が奉った申文(もうしぶみ、官職を望む理由などを書いた文書)が一条(いちじょう)天皇の目に留まったことなどが関わっていると言われています。
 
 また、後に紫式部の夫となる藤原宣孝は、正暦三(992)年頃、筑前守(ちくぜんのかみ)と「大宰少弐(だざいのしょうに)」を兼任していました(筑前は「上国」です)。
 
 大宰府は古来、防衛や外交の要として特別に配置されていた役所です。その名が「府」であることからも分かるとおり、地方官の中でも別格で、九州の国司は全てその管轄下にあったとされます。
 
 大宰府は長官の呼び名も○○守ではなく、長官は「帥(そち)」、次官は「大弐(だいに)」で、「少弐」はその次に位置づけられます。が、「帥」は親王が任命されて現地には赴任せず、実質の長官は「大弐」という状態であることも多く、「少弐」はその分、高位で重責の職と言えます。つまり、宣孝は「福岡県知事」と「九州府の副長官補佐」を兼任していたようなものですので、その影響力やそれに伴って得た報酬はそれなりのものだったと想像できます。
 
 なお、大宰府や各国司など、京以外の場所にある役所につとめる人を任命する人事は「県召除目」(あがためしのじもく、単に「県召」とも)と呼ばれ、正月に行われるのが通例でした。それに対して、在京の諸官の人事を「司召(つかさめしの)除目」と呼び、こちらは秋の八月に行われました。
 
 当然ながら、貴族たちの除目への関心は高く、「枕草子」では「すさまじきもの」(興醒めなもの)として、「除目に司得ぬ人の家」(人事で職を得られなかった人の家)を挙げています。
 
 また、「源氏物語」の葵巻で、光源氏の正妻葵上(あおいのうえ)が亡くなるのは、この司召の夜だったとされます。人事のために主だった人々がみな宮中へ詰めかけていて、邸内に人気が少なかったせいで物の怪に狙われた!?――という描写には、当時の貴族社会のリアリティが感じられます。
 
 
 参考文献:和田英松『官職要解』講談社学術文庫
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 「源氏物語」のイメージが変わります! 『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』 
 (奥山景布子著、集英社刊)
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- 著者プロフィール
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				奥山景布子(おくやま きょうこ) 1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。 
 公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

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				RICCA(リッカ) 漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic 
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