あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第42回

紫式部と藤原実資

更新日:2024/10/30

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大河ドラマ「光る君へ」ではロバートの秋山竜次さんが個性的に演じた
藤原実資は詳細な日記を残しており、どうやら史実としても
紫式部とは関わりがあったようです。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q42 紫式部と親しい男性貴族はいた?
A42 はい。実資(さねすけ)とは交流が多かったようです。
 本連載の第4回では、紫式部と道長との関係を、また第38回では公任(きんとう)との接点をご紹介しました。

 清少納言は、行成(こうぜい/ゆきなり)や斉信(なりのぶ)らとの和歌や漢詩のやりとりを「枕草子」に記しています。

 しかし、「紫式部日記」「紫式部集」には、そうした男性貴族との交流を窺わせるものはほとんどありません。女房づとめの中で、男性との歌のやりとりが記されているのは、道長とのものだけです。行成や斉信の姿もちらっと描かれてはいるのですが、紫式部との交流ではなく、あくまで道長や彰子の側に伺候する様子の描写に限られており、「枕草子」のような、彼らの個性や素顔が垣間見えるといったものではありません。

 ただ、実資だけは、ちょっと違ったようです。

 本連載の第41回では、宴の席での顕光(あきみつ)の醜態をご紹介しました。実は同じ席上で、紫式部は実資に話しかけているのです。

 女房たちが酔った顕光に「たはぶれごと」を言いかけられているところへ、盃を持った斉信が割って入り、「美濃山」という催馬楽(さいばら。当時の歌謡の一種。古代の民謡を雅楽の形式に調えたもの)を唄います。顕光の気をさりげなく逸らし、女房たちに己の紳士ぶりをアピールしたというところでしょうか。このあたりは、「枕草子」に描かれた斉信像に通じるところがあります。

 そして、「そのつぎの間の、東の柱もと」に、実資がいました。本連載第2回でも少し触れましたが、彼は、柱にもたれかかって、「衣の褄(つま)、袖口かぞへたまへる」様子で、それが「人よりことなり」であったと「紫式部日記」には書かれています。

 これは、几帳の下から押し出されている女房たちの装束を、実資が観察していたということです。

 装束を何枚も重ねるなど、華美に、贅沢に着飾ることを「過差」(かさ)と言い、朝廷からは、たびたびそれを戒める命令が出されていました。つまり実資は、彰子に仕える女房たちの装束がこの「過差」にあたるかどうか、見定めようとしていたわけです。

 ちょっと意地悪なようでもありますが、この姿勢が、紫式部にはむしろ好ましかったらしく、自分の方からちょっとした雑談を交わすなどして、実資について「いみじくざれ今めく人よりも、けにいとはづかしげにこそおはすべかめりしか」(ひどく洒落て気取って今風にしている人より、一段まさってご立派な様子でいらっしゃるようであった)と記しています。

 ただ、この時の実資は、「さかづきの順のくる」を、恐れていたともあります。これは、謡わされるのを嫌がっていたという意味です。謡うことが苦手だったらしい実資は、「千歳万代(ちとせよろずよ)」という短い神楽歌(かぐらうた)でお茶を濁しました。

 これがきっかけだったかどうか分かりませんが、後年、紫式部は、実資を彰子に取り次ぐ役目を担っていたらしく、「小右記」には紫式部のことと考えられる女房の存在が散見されます。

 紫式部の没年は不明ですが、「小右記」にいつまで彼女と思しき女房が登場するかが、それを推測するための有力な手がかりの一つとされています。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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