あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第41回

光源氏の老害描写!?

更新日:2024/10/23

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誰もが心をとらわれるほど魅力的だった光源氏ですが、中年期以降は、
若い登場人物たちに嫌がられるふるまいをする描写も出てきます。
紫式部は、どういうところからそういう人物造型を考えたのでしょうか?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q41 「源氏物語」後半の光源氏が「おっさん」ぽいって本当?
A41 本当です……モデルを探ってみましょう。
 年配の男性を一概に「おっさん」というのは表現が不穏当ですので、ここでは老若男女を問わず、「デリカシーに欠け」、「セクハラ的ふるまいをしがち」な人、と仮に定義して、お話を進めたいと思います。

「源氏物語」の後半、薄雲(うすぐも)巻や胡蝶(こちょう)巻には、光源氏が自分の養女に対して恋情を仄めかし、相手に「むつかし」(恐ろしい、煩わしい)と思われてしまう場面があります。正直読者としては嫌悪感を抱いてしまうと同時に、「ああ、光源氏もついにおっさんになったのか」とため息をついてしまったりもします。セクハラだと感じる方もあるでしょう(詳しくは『フェミニスト紫式部の生活と意見』第七講をご参照ください)。

 紫式部も自身がこんな厭な思いをしたり、あるいは誰かがそうした目に遭っているのを見たりしたことがあるのだろうか? と思って周辺を探ってみると、「紫式部日記」のなかにいくつかそんな記述が見つかりました。

 本連載の第38回でも触れた、寛弘五(1008)年十一月一日条の、土御門邸(つちみかどてい、彰子〈しょうし/あきこ〉の実家。もともとは彰子の母である倫子〈りんし/みちこ/ともこ〉の生家)での宴では、女房数人が座っているところへ、酔った右大臣の藤原顕光(ふじわらのあきみつ)が近づき、几帳の垂れ絹を引きちぎり、さらに女房たちの扇を奪って、「たはぶれごとのはしたなきも多かり」(戯れ言のみっともないことが多くある)とあります。おぼめかして書いていますが、おそらくは下品な冗談を言いかけてきたものでしょう。女房たちが顔を覆っている扇を奪うというのも、現代で言えば、人の帽子やマスクに手を掛けて強引に剥ぎ取るのに近い行為。女房たちにはきっと嫌われたに違いありません。

 顕光は、道長より22歳年上で、道長が左大臣の間、20年以上にわたって右大臣をつとめ、さらに後には左大臣にも昇った、いわば政界の重鎮です。にもかかわらず、「小右記(しょうゆうき)」などによれば、男性貴族たちからも軽んじられていた節があるのは、こうした品性のなさにも一因があるのでしょう。

 一方、藤原道長にも、「おっさん」的な行為が見られます。被害に遭ったのは、本連載第40回で登場した和泉式部(いずみしきぶ)。置いてあった彼女の扇に、「浮かれ女(め)の扇」=「遊び女の扇」と落書きをするという、いささか悪質ないたずらをしたのです。

 和泉式部は、第40回でご紹介した二人の親王以外にも、恋愛関係が疑われる貴族男性が複数あり、そのあたりをからかったのでしょう。和泉式部にとって、道長は職場の事実上の雇い主。現代ならば、こうしたプライベートを揶揄する戯れ言は、当然セクハラにあたります。

 この時、和泉式部は黙ってやり過ごしたりはしませんでした。歌人らしく、毅然と歌で抗議したのです。

「こえもせむこさずもあらむ 逢坂の関守ならぬ人なとがめそ(和泉式部正集226)」(私が誰とどう付き合おうとあなたには関係ないでしょ? 関所の番人みたいに、いちいち探らないでください)

 恋多き女と言われる和泉式部。言うべきことは言う人だったようです。

 そして紫式部は、こうしたまわりの人々の言動をつぶさに観察しつつ、「源氏物語」の人物造型やストーリー作りに活かしていったのだと思われます。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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