貴族女性の交友範囲がごく限られたものだった平安時代。紫式部も
家族以外の男性との関わりが多かったとは考えられませんが、
女房として勤めに出てからは、有名な公達とのエピソードも残っています。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。
第38回
紫式部と男性貴族
更新日:2024/10/02
- Q38 紫式部は、道長以外の男性貴族たちとも接点があった?
- A38 はい。有名なのは藤原公任です。
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藤原彰子(しょうし/あきこ)のもとに出仕して「藤式部(とうしきぶ)」と名乗るようになる前の紫式部の存在が、どれほど人々に知られていたかは、不明としか言えません。
ただ父・為時(ためとき)は、漢詩や和歌をとおして、道長や藤原行成(こうぜい/ゆきなり)らと接点がありました。その中で、娘の存在が何かの噂になることはあったかもしれません。
また、「紫式部集」32によると、夫の宣孝(のぶたか)が彼女の「文」を他人に見せていたようです。これがどういう手紙だったかは分かりませんが、宣孝は妻の文才をひけらかしたかったのかもしれません。
出仕の後は、当然女房として多くの男性貴族たちと関わることになりましたが、中でも「源氏物語」にまつわるエピソードを残していて有名なのは、藤原公任(きんとう)です。
「紫式部日記」寛弘五(1008)年十一月一日条には、土御門邸(つちみかどてい、彰子の実家。もともとは彰子の母である倫子の生家)での宴の折、公任が女房たちの座っている方へやってきて、几帳の間から「あなかしこ、このわたりに、わかむらさきやさぶらふ」(失礼ですが、このあたりに若紫〈わかむらさき〉はいますか)と声をかけてきたと記されています。
若紫は、「源氏物語」の巻の名です。また、この巻から紫の上が登場することから、少女時代の彼女のことを、読者がこう呼ぶこともあります(物語の本文ではこの呼び方はされていません)。
このことから、この時点で「源氏物語」が少なくとも若紫の巻まではすでに書かれ、ある程度広まっていたこと、公任も読者の一人であったことが、ほぼ確定できます。
公任と言えば、「大鏡」太政大臣頼忠伝に記された「三舟の才」の逸話を思い浮かべる人も多いでしょう。「作文(漢詩)」「管絃(音楽)」「和歌」、当時の貴族に重んじられた教養の三つの分野、すべてに秀でていたというのです。
言わば、当代における超一流の文化人。「物語」というジャンルの文化的地位が決して高くはなかった(「漢詩」「音楽」「和歌」の方が「格上」という価値観がありました)この時代に、公任のような人が「自分も読者です」と大勢の前で明かしてくれたのですから、紫式部もうれしくなかったはずはないと思うのですが、彼女は公任の呼びかけに応じようとはしませんでした。
「源氏に似るべき人も見えたまはぬに、かの上はまいていかでものしたまはむと、聞きゐたり」(光源氏ににていそうな人もお見えにならないのに、あの上が、まして、どうしておいでになるはずがあろうかと、聞き流したままでいた)
紫式部がなぜここで呼びかけに応じなかったのか。表向きの理由はこの一文のとおりですが、この背景には、彼女と物語とをめぐる、複雑で深い理由や事情があると私は考察しています。
これについては、『フェミニスト紫式部の生活と意見』の「はじめに」で詳述しましたので、ぜひご参照ください。
それにしても、公任はきっと、精一杯洒落た呼びかけをしたつもりだったでしょうに、こんなふうに無視されては、さぞかし残念でばつの悪い思いをしたことでしょう。 -
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「源氏物語」のイメージが変わります!『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)
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- 著者プロフィール
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奥山景布子(おくやま きょうこ)
1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.
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RICCA(リッカ)
漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic
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