あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第28回

平安のインテリアグッズ

更新日:2024/07/17

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平安の貴族の住まいについて、2回にわたってご紹介してきました。
今回は、室内の調度品についてご説明しましょう。灯り、収納、敷物など、
暮らすためのさまざまな道具が揃えられていました。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q28 当時も畳で暮らしていたの?
A28 はい。でも使い方が今とはちょっと違います。
 近頃では畳を敷き詰めたいわゆる和室は少なくなっていますが、それでも日本家屋の室内というと、一面の畳敷の部屋を思い浮かべる人は多いでしょう。

 しかし、「源氏物語」の時代には、床は板敷きが基本で、畳は敷き詰めて使うのではなく、人が座臥(ざが)するところにだけ置いていました。

 畳の他にも、筵(むしろ)、褥/茵(しとね)、円座(わろうだ)など敷物には様々な種類があり、現代のラグやクッション、座布団に近い使い方をしていました。素材や模様などで格があり、身分の上下によっても使い分けがありました。

 敷物の側によく置かれているのが肘を置いて寄りかかる脇息(きょうそく)。現代だと、将棋の対局風景などでよく見かけます。

 照明には灯台が用いられました(提灯〈ちょうちん〉や行燈〈あんどん〉はこの時代にはまだありません)。高さは三尺(約90㎝)ほどで、油を入れた皿に灯芯(とうしん)を浸して火を点すものです。「源氏物語」には灯りとして「大殿油(おおとなぶら)」という表現がよく出て来ますが、これは灯台のことを指しています。

 懐中電灯のように使う脂燭(しそく)もあります。これは細長く削った松の木を芯にして油を塗り、火を点けるものです。持ち手を紙で巻いて使ったので、紙燭と表記されることも多い道具です。

 収納道具には、厨子(ずし)、二階棚といった戸棚の他、衣服などを入れる唐櫃(からびつ)や衣箱、打乱(うちみだり)の箱、化粧道具を入れる唐櫛笥(からくしげ)、主に文房具を入れる硯箱(すずりばこ)、香壺(こうご)を入れる香壺箱など、用途によって様々な箱が用いられました。いずれも豪華なものになると、漆(うるし)や螺鈿(らでん)、蒔絵(まきえ)などで装飾がほどこされていたようです。

 他に室内の道具としては、身だしなみを整えるための鏡台、泔坏(ゆするつき)、火取(ひとり)、などがあります。

 泔(ゆする)とは米のとぎ汁のことで、これを泔坏に注いで、髪の手入れに使いました。

 火取は、衣服に香をたきしめるための道具です。香炉を漆器の内側に置き、それを高さ九寸(約27㎝)ほどの籠(かご)で覆ったもので、この上に衣服をかけて使います。

「源氏物語」真木柱(まきばしら)巻では、他の女のところへ行こうとしている夫のために、この火取を使って装束に香をたきしめてやろうとする妻が登場します。長年連れ添ってきたのに、あまりに哀れ、健気――と思って読み進むと、その女は突然正気を失い、いきなりこの火取を手にし、夫の背後から「さと沃(い)かけたまふ」(さっと浴びせかけなさった)とあります。

 衣服だけでなく、髪や髭、鼻や目まで灰に塗(まみ)れて啞然(あぜん)とする夫。きっと灰はまだ熱を帯びていたことでしょう。男の装束を調えることが妻の大切な役目とされた時代ならではの、やるせない光景。もはや別れるしかなさそうな、末期的な夫婦関係を描き出す小道具として、この火取はとても印象的です。

 大河ドラマ「光る君へ」第26回では、これに似たシーンが、まひろと宣孝(のぶたか)との間に起きた出来事として描かれていました。


参考文献:『平安時代の信仰と生活』至文堂

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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