NHK大河ドラマ『光る君へ』では、主人公・紫式部(まひろ)は
幼い頃から「書く」こと「読む」ことが好きな少女として描かれています。
彼女が今後どのような経緯で物語を書き始めることになるのか楽しみですが、
「源氏物語」と紫式部に関しては、しばしば取りざたされることとして
「「源氏物語」はほんとうに紫式部が全部書いたの?」という疑問があります。
果たしてどうなのでしょうか。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社刊)の著者であり、
平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。
第6回
「源氏物語」の作者とは
更新日:2024/02/14
- Q6 「源氏物語」は本当に全てが紫式部の作品?
- A6 たぶんそうだと思います。
-
ちょっと歯切れの悪い言い方になってしまって申し訳ありません。
ただ、「源氏物語」に限らず、古い文芸作品のほとんどは、作者自筆の原稿などは残っていません。また「源氏物語」以外の物語や仮名日記などの場合でも、「作者が誰か」が明確に分かる証拠はなかなかありません。
「源氏物語」を紫式部の作だとする、同時代の最も有力な証拠は「紫式部日記」です。この中に、紫式部が女主人である彰子(しょうし/あきこ、藤原道長長女、一条天皇中宮)の意向で物語の冊子を作っている場面や、局に置いてあった物語の草稿を道長に持ち出されてしまった経緯、一条天皇が「源氏物語」の内容を知っていることへの言及などが書かれているので、これらを証左としているわけです。
と言っても、印刷やコピーなどの技術のない時代。現在残っている原文は、多くの人の手による書写の過程を経てきています。見落としや間違いも起きたでしょうし、今のようにオリジナルを尊重する意識が確立していないので、その過程で、表現に作者でない人による改変が入ってしまった可能性を否定できない部分があります。
こうした書写の過程で生ずる「伝本」に関する議論は今も研究者の間で続いていて、まだまだ新たな見解が待たれるところもあります。
また、もともとの物語の構想についても、紫式部一人によるものではないのではないか? 例えば宇治十帖は他の人が書いたのでは? といった議論は行われてきました。
現存の「源氏物語」の本文はおよそ100万文字、400字詰め原稿用紙で約2500枚。登場人物は500余名、物語の始めと終わりでは七十余年の時間が経過しています。
これらを一人で? という疑問を持つ人もあるようですが、言語学者の山口仲美先生は、前編(桐壺から幻まで)と後編(橋姫から夢浮橋まで)に使われている比喩表現(何かを描写するために、他の何かにたとえて表現している箇所)に注目し、分析した上で、前編と後編には「同一の物の見方をする傾向がある」ことを立証し、「後編の作者も、前編の作者と同一の紫式部である」と結論づけています(山口仲美著作集1『言葉から迫る平安文学1 源氏物語』風間書房)。
ちなみに、現代の小説家が単行本一冊で300ページ書く文章の量は、400字詰め原稿用紙換算で400~600枚くらいになっていることが多いです。もちろん、道具が飛躍的に便利になっている現代と簡単に比較はできませんけれど、例えば江戸時代の曲亭馬琴などが遺した著作物の質・量などと比べた場合でも、決して無理な作業量ではないですし、紫式部が一人で全体を構想したとみなすことに、取り立てて無理や矛盾はないと、私は考えています。
「光る君へ」、ついにききょう(のちの清少納言)が登場しましたね。第1回(Q1)で触れたとおり、史実では二人が出会っていた可能性は低いのですが、もしこんなふうに出会ったことがあるのなら?と、ドキドキするような展開。今後がますます楽しみです。 -
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「源氏物語」のイメージが変わります!『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)
バックナンバー
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第4回 藤原道長と紫式部
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第3回 寝殿造のトイレ事情
更新日:2024/01/24
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第2回 十二単を着るときは
更新日:2024/01/17
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第1回 清少納言と紫式部
更新日:2024/01/10
- 著者プロフィール
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奥山景布子(おくやま きょうこ)
1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.
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RICCA(リッカ)
漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic
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