あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第26回

貴族たちの住まい

更新日:2024/07/03

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平安貴族の住まいといえば、寝殿造。
その規模は? 建物は? 庭は? どのように手入れされていた?
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q26 貴族の邸宅はどうなっている?
A26 寝殿造ですね。まずは外観をご案内しましょう。
 現在残っている当時の寝殿造建築というのはありませんが、史料からの推定によると、四位以上の上級貴族たちの住まいの基本区画は「一町(ひとまち)」という単位です。

 これは40丈(じょう)四方。1丈は約3メートルなので、現代の面積にすると約1万4400平方メートル、坪数で言うと4364坪になります。

 紫式部が生きていた頃の平安京には、大路(おおじ)、小路(こうじ)と呼ばれる道路が横(東西)に39本、縦(南北)に33本、碁盤の目状に通っていました。その碁盤の目ひとつ分が「一町」に相当します。

 復元した模型などを上から見てみると、この区画の際をぐるりと囲んで道路と隔てているのが築地(ついじ)。土を固めて作られていて、上に瓦や板で屋根が設けられています。

 敷地の南側は、池や築山(つきやま)があしらわれた庭になっており、それを眺められるよう、南を正面にして建っているのがメインとなる寝殿(しんでん)。寝殿と渡殿(わたどの、渡り廊下)でつながっている建物が対屋(たいのや)です。渡殿の途中には中門(ちゅうもん)があります。

 対屋は東、西、北にあると説明されることが多いですが、東と西はどちらか一つだけ、あるいはどちらかがごく小さいこともありました。また北には、台盤所(だいばんどころ、キッチンや生活用品の倉庫などを兼ねた場所)がある他、住む人の暮らしに応じて、現代なら書庫やクローゼットに当たる雑舎が建てられることもありました。

 東と西の対(たい)の南には、泉殿(いずみどの、泉の出るところ)や釣殿(つりどの、池を臨む建物)があり、やはり渡殿でつながっています。

 さて、訪問する時は、まず築地の東西にある表門から入ります。自分より身分の高い人のお屋敷を訪問する場合は、表門で牛車から降りますが、同じくらいなら乗ったまま中へ入り、中門で降ります。中門の近くには、車宿り(くるまやどり、駐車場)が設けられています。

 自分の方が身分が高い場合は、さらに牛車のまま寝殿の正面まで入ることができました。

 広大でしかも建物、設備の多い寝殿造。当然ながら、親から受け継いだものがだんだん管理しきれなくなり、家や庭が荒れてきてしまうことも多々あったでしょう。

「源氏物語」に出てくる末摘花(すえつむはな)という姫は、父が親王という高貴な生まれですが、死別の後は侘しい暮らしになり、狐や梟(ふくろう)が住みついたり、「木霊」(こだま、樹木の精霊)の気配がするほどだったと描写されています。築地も外との隔てとしてはまるで役に立たないほどに崩れてしまっていたとか(蓬生〈よもぎう〉巻)。

 荒れた邸(やしき)に美しい女が住んでいたら――というのは、当時の男性たちの願望だったようで、和歌の素材になったりしていました。

 一方で、実際にそんな立場に置かれた女は、どう生きていけば良いのか――。

「源氏物語」ではむしろ、そのあたりをリアルに描くことに重きが置かれていたように思われます。ご興味のある方は拙著『フェミニスト紫式部の生活と意見』の第三講、あるいは第六講をご一読ください。


参考文献:『京都時代MAP 平安京編』光村推古書院
     清水好子・森一郎・山本利達『源氏物語手鏡』新潮選書
     川村裕子『はじめての王朝文化辞典』角川ソフィア文庫
     京都文化博物館『光源氏と平安貴族』

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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