あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第40回

紫式部のライバル!?

更新日:2024/10/16

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彰子に仕える女房たちの中には、紫式部も一目置くような、
文才のある女性たちがほかにもいました。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q40 彰子サロンでの、紫式部のライバルは?
A40 ズバリ、この二人でしょう!
 この連載の第1回で、紫式部と清少納言との関係をご紹介しました。

「紫式部日記」の、清少納言批評の前段には、紫式部と同じく彰子に仕えた二人の女性の文才について、言及したところがあります。

 一人は和泉式部(いずみしきぶ、大江雅致〈おおえのまさむね〉の娘)。紫式部より少し年下の彼女は、女房としても後輩にあたりますが、歌人としての名声は圧倒的で、気になる存在だったようです。

「和泉式部は、手紙などを面白く書く人らしい。けれど、振る舞いによろしくない点がある。とはいえ、何気ない言葉の選び方に才気があって斬新で、歌はとっても見事。でもきちんと学んだ上での詠みぶりというわけではなく、即興の言葉に魅力がある。けど、人の批評なんかをしているのを見ると、そんなによく理解している感じには見えず、どうやら言葉が口からこぼれてくるタイプみたい。こちらが恥ずかしくなるほど立派とまでは思えない」

「紫式部日記」に書かれた和泉式部評の大意を示すとこんな感じになります。褒めたりけなしたりを繰り返した挙げ句に「そんなに立派ではない」と言っているあたりに、かえって紫式部のコンプレックスが窺えるような気がしてしまうのは、私だけではないと思います。

 和泉式部は勅撰集に246首を採用されるなど、平安時代だけに留まらない高い評価を得た歌人。一方で夫のある身でありながら、二人の親王(為尊〈ためたか〉親王、敦道〈あつみち〉親王。いずれも冷泉〈れいぜい〉天皇の皇子)と相次いで恋仲になるなど、恋多き女として、スキャンダラスな側面も取り沙汰される人です。

 天性、そして情熱の歌人――同じく「文才のある女房」と言っても、自分とは対照的なタイプと感じて、穏やかでない、ざわつく思いを抱いていたのでしょう。

「源氏物語」の朧月夜の君の人物造型には、和泉式部の影響が感じられます(詳しくは『フェミニスト紫式部の生活と意見』第五講をご参照ください)。

 もう一人は赤染衛門(あかぞめえもん、赤染時用〈あかぞめのときもち〉の娘)。紫式部よりかなり年上で、はじめは源倫子(みなもとのりんし/みちこ/ともこ、藤原彰子〈しょうし/あきこ〉の母。道長の妻)に仕えていました。

「紫式部日記」では、彼女には「匡衡衛門〈まさひらえもん〉」とのあだ名があったと記しています。匡衡とは夫の大江匡衡〈おおえのまさひら〉のことで、夫婦仲が大変に良かったため、この名がついたとされます。

「とても本格的な歌人で、だからといってやたらと歌を詠んでひけらかしたりはしないけれど、何かの折に詠んだものは、ほんのちょっとした言葉遣いも、敬服すべき詠みぶりです」

「紫式部日記」ではこんなふうに描かれており、「匡衡衛門」の夫婦円満ぶりも含め、先ほどの和泉式部とことさら対照的に記述しているように読めます。

 赤染衛門は勅撰集に93首入集している他、「栄花物語」の正編の作者ではないかと言われています。

「栄花物語」には、明らかに「源氏物語」や「紫式部日記」の影響と考えられる箇所もあり、紫式部にとって、赤染衛門はおそらく、頼りがいがあって、自分のことも認めてくれる、良き先輩だったのではないかと思います。

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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