あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第19回

平安貴族のお財布事情

更新日:2024/05/15

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

紫式部の父・為時(ためとき)は、優秀な学者でしたが、
なかなか官職を得られない時期が長くありました。
大河ドラマ「光る君へ」でも、豊かでない生活を送る様子が描かれていました。
平安貴族たちは、どのように収入を得ていたのでしょうか。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q19 貴族たちの収入って?
A19 位と職によって違います。
 貴族とは、基本はみな朝廷に仕える官僚。今で言うなら議員や公務員です。

 仕事の内容とは別に、全員に序列があり、これを「位(くらい/い)」で表します。一番上が「正一位(しょういちい)」で、そこから二、三~八、初位(しょい)までに分けられています。

 私たちはつい、この「位」を持っている人は全員「貴族」なのかな? と思ってしまいがちなのですが、実際には一位から三位までが「貴(き)」、四位と五位が「通貴(つうき、貴人に通じる階層)」なので、六位以下は、官僚ではあっても貴族のうちには入らないのです。

 さて、現代の国家と同じように朝廷には多くの省庁があり、様々な役職(仕事)がありました。すべてを統括するのが「太政官(だいじょうかん)」のトップである「大臣(だいじん/おとど)」です(原則は左〈左大臣、さだいじん〉と右〈右大臣、うだいじん〉の二人。太政〈太政大臣、だいじょうだいじん〉と内〈内大臣、ないだいじん〉は常に置かれるわけではありません)。

 収入には様々な名目がありますが、いずれも、「位」によって得られるものと、役職(「職」〈しき/つかさ〉)によるものの二本立てになります。

 位によるものには、毎月もらえる「月料」(げつりょう、米で支給)、年に二度の「季禄」(きろく、絁〈あしぎぬ、安価な絹〉や綿、鍬など)、年に一度の「位禄」(いろく、絁、綿など主に布類の支給)、「位封」(いふ、一定数の家からの税〈租庸調〉を所有する権利)、「位田」(いでん、田地を所有する権利)がありました。

 一方、職による収入が「職封(しきふ)」「職田(しきでん)」です。他に、何か特別な功績などによって与えられる「功封(こうふ)」「功田(こうでん)」もありました(今でいう勲章のようなものでしょうか)。

 紫式部の父である藤原為時は、花山(かざん)天皇の出家によって「職」を失ってしまいます。この時点で為時は「六位」でした。

 六位がもらえるのは「月料」と「季禄」のみでした。「月料」としてもらえるのは、一日あたり八合ほどの米(一合=150グラムとして1.2キログラム。三〇日分だと36キログラム)。これを主食とする、あるいは必要に応じて他のものに交換するのが、日々の暮らしだったと考えられます。

「季禄」で支給される品も貴重だったことでしょう。また学問のあった為時ですから、漢籍の書写などを副業としていたかもしれません。

 ただ、ここでご紹介した「律令」の規定は、あくまで班田収授の制度を原則にしたもの。一方で、紫式部の生きた時代には、多くの貴族たちが荘園を個々に所有していました(注:班田収授が施行されはじめたのは7世紀末。「源氏物語」の成立時期は11世紀初頭といわれる)。

 為時の祖父、兼輔(かねすけ)は、従三位・権中納言(じゅさんみ・ごんのちゅうなごん)まで昇っています。また、式部の母の祖父とされる藤原文範(ふみのり)も極官(ごっかん、生涯でついた地位の最高位)は従二位・中納言(じゅにい・ちゅうなごん)でしたから、荘園を持っていた可能性があります。

 そうした荘園の権利が、為時に伝わっていたかは不明ですが、もしそうであれば、もう少しゆとりのある暮らしができていた可能性もあります。

 為時がいつ五位に上がったかは不明ですが、長徳二(996)年一月には、従五位下(じゅごいげ)、越前守(えちぜんのかみ)。これで「位田」八町(一町=9917㎡)、「位禄」、さらに「職田」「職封」も得られます。ずいぶん生活が変わって、紫式部もほっとしたのではないでしょうか。


参考文献:和田英松『官職要解』講談社学術文庫
     山口博『日本人の給与明細』角川ソフィア文庫
     上原作和『紫式部伝』勉誠社

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

好評発売中!

目からウロコの新解釈!
「源氏物語」のイメージが変わります!

『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

バックナンバー

著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

バックナンバー

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.