あなをかし、3分でわかる!「源氏物語」と紫式部 奥山景布子

第21回

牛車でGO⁉

更新日:2024/05/29

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平安時代の代表的な乗り物、牛車(ぎっしゃ)。
この牛車、実は、現代の自動車でいうところの
高級車から大衆車、のようなグレードや種類があったのです。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。

Q21 牛車にも車種があった?
A21 はい。身分や性別によって違いがありました。
 平安貴族の代表的な乗り物といえば牛車(人が乗る「箱」を車輪のついた台に載せたものを「ぎっしゃ」、荷物運搬用を「うしぐるま」と呼び分けていたようです)。広まったのは九世紀頃と言われます。

 構造や素材、装飾によって呼び名があり、さらにそれに乗ってよい人にも決まりがありました。高級とされる順にご紹介しましょう。

 最高級が唐車(からぐるま、唐庇〈からびさし〉車とも)。建物のように立派な屋根が特徴で、上皇や皇后、皇太子といった限られた皇族や摂政、関白が、身分を明かして外出する時に用いられました。パレード用の豪華リムジンといったところでしょうか。

 次は檳榔毛(びろうげの)車。檳榔という植物の葉を細かく裂いて白くさらしたもので箱を覆った牛車で、こちらは四位以上の位を持つ人に許されていました。

 糸毛車(いとげのくるま)というのもあります。こちらは染色した糸で箱全体を飾ったもので、青は皇后、皇太子、摂政、関白、紫は更衣(こうい)、尚侍(ないしのかみ)、典侍(ないしのすけ)などのように、色によって乗ってよい人が決まっていました。

 特に決まりがなく、一般的なのが網代車(あじろぐるま)。箱を網代(細くした檜皮〈ひわだ〉や竹を編んだもの)で覆ったものです。

 牛車と言えば「源氏物語」葵巻(「車争い」)を思い浮かべる人が多いでしょう。

 あの時、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)は、「網代のすこし馴れたる」(網代車の少し古びたもの)に乗っていました。彼女の身分なら当然、檳榔毛や糸毛に乗ってよいのですが、あえてそうしなかったのは、素性を隠したかったからです。

 とはいえ、中に女性が乗っていることを示す「下簾(したすだれ、牛車の簾の下から垂らした布)」や、箱の外に少しはみ出た装束の袖や裾の色が「いときよら」(とても見事)で、「ことさらにやつれたる」(あえてやつしている)様子だったというのは、現代なら芸能人がカジュアルな洋服にサングラスやマスク、帽子を着用してスマートに出かける感覚に喩えられるかもしれません(ちなみに、箱から装束をチラ見せするのは「出衣(いだしぎぬ)」と呼ばれ、中に女性が乗っていることを示す風俗でした)。

 一方の葵上(あおいのうえ)が乗っていた車が何かは明記されていませんが、こちらは素性を明かして堂々と出かけていますので、おそらく豪華な檳榔毛車でしょう。

 従者同士が争ったせいで、御息所の車は、「副車(ひとだまひ)の奥に押しやられ」たとあります。「副車」とは、お供の人を乗せるために用意された車を指します。

 元は皇太子妃だった御息所。左大臣家の姫である葵上と比べて、身分が劣るわけではありません。それなのに、あろうことか「副車」に自分の車を押しやられ、壊されてしまった上、隠していた素性まで明かされてしまいました。

 しかもその時乗っていたのが彼女が通常乗るはずの檳榔毛車ではなく、「網代のすこし馴れたる」であった――御息所の心が深く傷ついたのも、無理のないことだったでしょう。

 なお、牛車用の牛をケアし、車を進める者を牛飼童(うしかいわらわ)と呼びますが、皆が少年というわけではなく、被り物をしない童形のまま、年を経た者も交じっていたようです。


参考文献:京樂真帆子『牛車で行こう!』吉川弘文館
     櫻井芳昭『牛車〈ものと人間の文化史160〉』法政大学出版局
     デジタル版『国史大辞典』吉川弘文館

タイトルデザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)

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著者プロフィール

奥山景布子(おくやま きょうこ)

1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.

RICCA(リッカ)

漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic

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