紫式部の弟は、姉に比べて……という言われ方をすることが
多いようですが、実は、あまり知られていない才能もありました。
『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(集英社刊)の著者であり、平安文学研究者出身の作家・奥山景布子さんが解説します。
第44回
紫式部の弟
更新日:2024/11/13
- Q44 紫式部の弟は出世した?
- A44 とは言えないようですが……。
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父・為時(ためとき)の教える漢籍をなかなか習得できなかった逸話が「紫式部日記」に残るなど、ちょっと頼りない印象の弟(兄とする説もあります)が、藤原惟規(のぶのり/これのぶ)です。
「紫式部日記」には他にも、宮中に賊が侵入し、女房二人が着ていた装束を奪われる被害にあった折、事態を把握した紫式部が、当時蔵人(くろうど)だった惟規を呼んで応対をさせようとしたところ、すでに退出したあとだったため「つらきことかぎりなし」(恨めしいことといったらない)と愚痴をこぼすといった記述があります。頼りにならない、こういうときに働いてくれたら宮中での評判も上がるのにと、残念がる姉としての顔が垣間見えるようです。
他にも、一条(いちじょう)天皇の使者として中宮彰子(しょうし/あきこ)への手紙を土御門殿(つちみかどどの)へ届けた折、酔い潰れてしまったなど、ちょっと残念な逸話が多い惟規ですが、一方で、歌人として評価されていた一面もありました。
惟規は、大斎院選子(せんし/のぶこ、本連載第43回をご参照ください)に仕える女房と恋仲だった時期がありました。
斎院は神域ですから、男性の出入りは厳しく制限されたはず。ところが惟規は、夜な夜なその女房の局に入り込んでいました。
ある晩、惟規は警固の侍たちに怪しまれ、門を閉ざされて外へ出られなくなってしまいます。
相手の女房が選子にこのことを伝えると、「その人は歌人なので許してやれ」とのお言葉が。惟規はお礼に歌を詠みますが、この歌が天智(てんじ)天皇(第三十八代天皇。在位は626年~672年)の故事を踏まえた、その場にふさわしいものであったので、選子は感心したそうです。
ちなみに、この惟規の恋人が、本連載第43回で取り上げた中将の君であったと考えられます。
こうした惟規の「色好みの風流歌人」的な逸話は、彼の臨終の様子としても伝わっています。
寛弘四(1007)年の正月に六位蔵人になった惟規は、4年後の寛弘八年に、従五位下に叙されます。本連載の第19回でも触れたように、五位への昇叙(しょうじょ)は、当時の貴族社会では重大なことでした。
ところが惟規はほどなく、京を離れてしまうのです。向かった先は越後。父の為時がその年、越後守に任命されていたのでした。
自分の出世への意欲より、年老いた父への心配の方がまさったのでしょうか。惟規の真意は分かりません。ただ、残念なことに、惟規は越後で病に倒れてしまいます。
為時は、息子の死が近いと悟ったのでしょう、とある高僧を来世への導師として、惟規の枕元に迎えました。
死出の旅路の孤独を説き、覚悟を促す僧侶に向かい、惟規はこう言いました。「そこには嵐に吹かれる紅葉、風に靡く薄(すすき)、その下で鳴く松虫などはないのか」
僧は呆れて立ち去ってしまったと言いますが、むしろこうした逸話が残っているところに、惟規の愛すべき人柄が現れているように思います。
なお、惟規の歌は、「後拾遺和歌集」以下の勅撰集に10首入集している他、家集(個人の歌集)として「藤原惟規集」が残っています。 -
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「源氏物語」のイメージが変わります!『「フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』
(奥山景布子著、集英社刊)
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- 著者プロフィール
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奥山景布子(おくやま きょうこ)
1966年生まれ。小説家(主なジャンルは歴史・時代小説)。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。主な研究対象は平安文学。高校講師、大学教員などを経て、2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞し作家デビュー。受賞作を含む『源平六花撰』(文藝春秋)を2009年に刊行。2018年、『葵の残葉』(文藝春秋)で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞をW受賞。近刊は『フェミニスト紫式部の生活と意見~現代用語で読み解く「源氏物語」~』(集英社)『ワケあり式部とおつかれ道長』(中央公論新社)など。文庫オリジナルの『寄席品川清州亭』シリーズ(集英社文庫)や、児童向けの古典案内・人物伝記も精力的に執筆。古典芸能にも詳しく、落語や能楽をテーマにした小説のほか、朗読劇や歴史ミュージカルの台本なども手掛ける。「紫式部」を素材にした書籍としては、ほかに紫式部と清少納言が現代の子どもに向かって話しかけるスタイルの児童向け伝記『千年前から人気作家!清少納言と紫式部<伝記シリーズ>』(集英社みらい文庫)がある。
公式ブログ http://okehuko.blog.fc2.com/.
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RICCA(リッカ)
漫画家、イラストレーター。群馬県出身。児童向け作品を多く手掛け、漫画作品に、『<集英社版・学習まんが世界の伝記NEXT>津田梅子』(監修/津田塾大学津田梅子資料室、シナリオ/蛭海隆志)、『<集英社学習まんが日本の伝記SENGOKU>武田信玄と上杉謙信』(監修/河合敦、シナリオ/三上修平)、『胸キュン?!日本史』(4コマ漫画担当、著/堀口茉純、イラスト/瀧波ユカリ、集英社刊)。イラスト担当作品に集英社みらい文庫の『真田幸村と十勇士』シリーズ、『三国志ヒーローズ!!』(いずれも著/奥山景布子)ほか多数。歴史好き。推し武将、推し文豪の聖地巡礼にも赴く。ソロキャンプも趣味。X https://twitter.com/ricca_comic
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