第2回
心の旅
更新日:2024/03/27
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心も旅をする。むしろ心のほうが、どこまでも遠く旅ができる。肉体という厄介な荷物を持ち運ぶ必要がないからだ。芭蕉の辞世の句にも曰く、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」。
麻薬でハイになることも俗語で「トリップ(trip=短い旅)する」と言うが、それはどんな旅なのだろう。バッド・トリップに終わるのだろうか。
筆者のバッド・トリップ経験を記してみたい。ただし麻薬ではない。二十年以上前のことだ。テレビをつけると、映画『リング』(中田秀夫監督)で、例の「さだこ」が長い髪をたらして井戸から這い出てくるシーンがいきなり映った。あわててテレビを消し、明日は飲み会だから「さだこ」のことは考えないようにしようと思った。
翌日、案の定、帰宅が夜遅くなる。玄関のドアを開けながら、絶対「さだこ」のことは考えてはいけない、と改めて思った。つまりずっと嫌な予感がしていたわけだ。ベッドに入ってもなかなか寝つけず、ふと気づくと、うつ伏せになっており、何かが私の足の先から這いながら背中のほうへと上がってくるのがわかった。「さだこ」だ!
怖いなんてものじゃない。大パニックである。ところが体はぴくりとも動かず、これが金縛りというものかと初めて知った。何度も金縛りを体験している妹から聞いていたので、声さえ出せば縛りは解けるということを思い出した。頭は猛烈にまわるのだが、しかし声は出ない。「さだこ」は前進し続けている。どんなに頑張っても喉も口も全く動かない。もうだめだ。「さだこ」に首のところまで上がってこられたらお終いだ、それでも必死に口をあけようと頑張る。異様に長い時間がたった気がすると同時に声が出た、それも歌だ。
「あーだから今夜だけは……」
チューリップというバンドのヒット曲『心の旅』だった。自分で驚く。なぜこの歌が出てきたか、わからない。「あ」が母音(赤ちゃんが真っ先に出す音声)だからかもしれない。そしてその瞬間、「さだこ」は足の先へとザアッという感じで下がって消え、外の音が聞こえてきた。車のエンジン音、小鳥の声……いつしか朝になっていたのだ。同時にどこかへ旅していた私の感覚も体にもどってきて、再びの恐怖を、瞬間的に感じた。いったい私はどこへ行っていたのか。帰ることができて本当に良かった。
もう一つ、例をあげたい。体験談ではなく、ショート・ミステリ。作者もタイトルも失念したのに、読後感が強烈で忘れがたい作品だ。
――革命に身を投じた若者が政府軍に捕まり、首に縄を巻かれて橋の上から投げ落とされる。もがいていると縄が切れ、彼は川に落下した。銃弾を浴びながらも川を泳ぎきり、追手をどうにかかわして、何日も走り続け、ようやく故郷へもどる。恋人が駆け寄ってきた。若者も喜びに涙しながら彼女のほうへ走るが、突然、首に激しい痛みを感じる。そして彼の体は、橋と川の間で首を吊られて揺れていた。
死ぬ直前の幸せな「心の旅」だったのだ。
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リチャード・レッドグレイヴ『かわいそうな先生』 1844年 71.1×91.5cm 油彩・キャンバス ヴィクトリア&アルバート美術館蔵(イギリス) 写真提供/アフロ -
リチャード・レッドグレイヴ(1804~1888)が描いた、イギリス・ヴィクトリア朝時代の『かわいそうな先生』も、せめても短い心の旅が幸せなものであったらいいのだが。
ここで言う「先生」とは、日本人が考える学校や塾の先生、あるいは家庭教師とは全く違い、二十世紀前半まで存在した、欧米における女性限定の「ガヴァネス」という職業だ。厳密に定義するならば、「住み込みで中・上流階級の子女に勉学と躾をほどこす、レディ階級に属していた女性教師」を指す。
ありていに言えば、かつてはレディだったが今はレディではない「零落したお嬢様」がつく仕事だ。今もレディのままなら肩身の狭い思いをして他人の家で働くわけもないのだから、多くは実家の没落が運命の分かれ目であり、彼女たちのような立場の女性が辛うじて面目を保つことができる数少ない職業の一つがガヴァネスだった(詳細は拙著『怖い絵 死と乙女篇』角川文庫参照)。
そうした「かわいそうな」境遇にある画中の「先生」は、陽がさんさんと降り注ぐ後景で縄跳びをする教え子たちとは対照的に、暗い室内で黒い喪服に身を包み、沈み込んでいる。右手に持つ手紙には黒枠がほどこされ、「愛する我が子よ」という書き出しの文字が見える。訃報を読み返していたのだ。しかしどんなに大切な人が亡くなっても、彼女は帰れない。休みをとれば馘になるかもしれず、そこまでゆかなくとも母親や弟妹を養うための仕送りが減っては困る。だから帰れない。
ピアノには、「ホーム・スイート・ホーム(懐かしき我が家)」と記された楽譜が置かれている。彼女の心は懐かしい故郷へ、誰からも「かわいそう」などと憐れまれることも蔑まれることもなかった昔へと、遠く旅している。 -
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『窓辺の女性』 1822年 45×32.7cm 油彩・キャンバス 旧国立美術館(ドイツ) 写真提供/アフロ -
ドイツ・ロマン主義を代表するカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774~1840)の『窓辺の女性』も心の中で旅しているようだ。
室内の薄暗さで、夏の外光はいっそう耀かしく、彼女の耳まで薄赤く透かし、並木のポプラもさんざめく。窓の下の川を帆船がすべるように下ってゆく。帆をたたんだ帆柱が真っ直ぐ高い。ここはエルベ川沿いの町ドレスデン。フリードリヒが四年前に結婚した十九歳下の妻と居を構えたアパートメントで、窓辺にいる彼女が妻その人だ。
フリードリヒは孤独癖で神経質なので、結婚にもっとも向いていない人間、と思われていた。それも仕方のないことかもしれない。七歳で母親、八歳で妹、十三歳で弟、さらに十七歳で姉を亡くしていた。しかも弟の死は自分のせいだと罪の意識に苛まれていた。スケート中、氷が割れ、水中に落ちたフリードリヒを助けようとして、弟のほうが溺死してしまったのだ。
こうした死への親和性と自己破壊衝動により、フリードリヒは生涯に三度も自殺未遂をしたという。だが彼には才能があった。己の心象風景のような絵画制作が彼を救った。寒々としたそれら風景画は次第に認められるようになり、四十代半ばで生活も安定したため妻帯する気になった。
その若い妻の後ろ姿を、今フリードリヒは見ている。妻は船を見ている。新婚旅行以来、どこにも連れて行っていない。妻は広い世界への漠然とした憧憬から船を見ているだけだろうか、それとも母や兄弟姉妹がそうだったように、自分を置いて二度ともどれないところへ旅立とうとしているのではと、不安感の強いフリードリヒは思っていただろうか。十字架を連想させる窓枠。
現実には、このおよそ二十年後、妻は老いて病弱となったフリードリヒを最期まで看取ったのである。
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エドワード・バーン=ジョーンズ『「愛」に導かれる巡礼者』 1896~1897年 1557.5×304.8cm 油彩・キャンバス テート美術館(イギリス) 写真提供/アフロ -
イギリスのラファエル前派に属するエドワード・バーン=ジョーンズ(1833~1898)が死の前年に完成させた、ほぼ等身大の大作『「愛」に導かれる巡礼者』は、ロマンティックな男性にありがちな心の旅を描いている。
原案は十三世紀フランスのギヨーム・ド・ロリスによる寓意文学『薔薇物語』で、内容は――
詩人が花園で「愛」に矢を射られ、一輪の薔薇に恋をする。近づこうとすると、「嫉妬」「恐怖」「理性」「危険」「怠惰」などに邪魔をされるが、それら困難を乗り超えてやっと薔薇にキスした途端、薔薇は城に閉じ込められてしまう。
この物語をもとにバーン=ジョーンズは、詩人を巡礼者に見立てて描いた。「愛」に導かれて荒野を彷徨うその巡礼者は、画面左、猛々しい茨の茂みから、深く腰を折ってやっとの思いで抜け出したところだ。まるで死神のような黒装束だが、フードにはホタテ貝が留めてある。これが巡礼者の印で、カトリックの巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)への巡礼者は必ず身につけなければならなかった。
彼の手を取る「愛」の擬人像は、杖のように大きな矢(矢はキューピッドのアトリビュート)を持ち、猛禽類の翼を広げている。その上には夥しい数のナイチンゲールが雲集しており、異様な雰囲気をさらに強める。よく見れば、茨の中にもナイチンゲールがいっぱいいる。この小鳥は詩歌のシンボルなので、詩人と愛のまわりを飛び回るのは必然なのだ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの長旅は、中世においては(いや、近世でも)、時に死と隣り合わせの大変な危険をはらんでいた。追い剥ぎもいれば、戦地もあるし、ペストの蔓延地も歩かねばならない。
たかが花園で薔薇に口づけするだけのことを、そんな巡礼と重ね合わせるとは、詩人の空想力はなんと大仰なものかと思うかもしれないが、そうではない。
恋する者は誰もが詩人だ。だから『薔薇物語』のいう「詩人」はあなたであり、私である。恋の経験があるなら、恋しい人に近づくこと、ましてや口づけにまで至ることは、裸足で荒野を歩き続け、茨の藪で血を流し、それでもナイチンゲールが歌っている限り、諦めずどこまでも心の旅を続けるこの絵の巡礼者と同じだということを肯定できるだろう。
- ●リチャード・レッドグレイヴ(1804~1888)……19世紀イギリスの画家、デザイナー。1840年代には『かわいそうな先生』のほかにも社会的立場の弱い女性をテーマに制作している。後半生には英国王室の所蔵する美術品の調査とその目録制作に携わった。
- ●カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774~1840)……ドイツ・ロマン主義を代表する画家。崇高な自然風景、荒涼とした土地、廃墟などを題材とした、象徴的作風で知られる。人物が登場する場合は、作品の鑑賞者の視線に重なるよう後ろ向きに描かれることが多い。
- ●エドワード・バーン=ジョーンズ(1833~1898)……19世紀イギリスの画家。神学者志望だったが、ラファエル前派のロセッティに弟子入りする。油彩画だけでなく、ステンドグラス、タペストリーやジュエリーデザインなどの工芸の分野にも大きな足跡を残した。
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- 著者プロフィール
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中野京子(なかの・きょうこ)
北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。西洋の歴史・芸術に関する広範な知識をもとに歴史や名画の解説書、エッセイを数多く執筆。2007年に上梓した『怖い絵』シリーズが好評を博し、2017年に『怖い絵』展、2022年には『星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム』を監修。『名画で読み解く王家12の物語』『名画の謎』などの人気シリーズのほか、『名画の中で働く人々――「仕事」で学ぶ西洋史』『名画と建造物』『愛の絵』『中野京子と読み解く クリムトと黄昏のハプスブルク』など著書多数。最新刊は『名画に見る「悪」の系譜』。著者ブログは、「花つむひとの部屋」。