旅から生まれた名画 中野京子

第5回

鉄の馬

更新日:2024/06/26

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 遠い未来の旅行はどういう形になるのだろうか。タイトルを失念したが、次のようなSF映画を観たことがある。

 ――舞台はアメリカ。主人公が住む田舎町に巨大隕石が落ちてくる。後でわかるのだが、なぜかその直前にどこからともなく現れた十人前後のツアー客が、被害現場のよく見える安全圏のホテルに滞在し、まるで災害を予期していたかのような言動をし、うまく難を免れた後まもなく忽然と消える、という不可解な出来事があった。主人公が調べると、彼らは他の町、他の時代にも災害現場にいたことがわかる。タイムマシンを使った時間旅行者が、過去に起きた大事件を実際に体験してスリルを味わっていたのだ……。

 この映画は、残念ながらせっかくの面白いアイディアをうまく生かせず、映像的な魅力にも欠けるため、今や忘れられた作品になっている。とはいえ、過去の大惨事の現場にツアーで出かけて楽しむ未来人と、何が起こるか予測不可能な当の被害者たちの苦闘、という対比は出色なので、もっと優れた監督でリメイクされるのを望んでいる。

 さて、タイムトラベルだが、多くの現代人は自分の生きているうちにそうした旅行ができるとはほとんど信じていないだろう。だが一九〇三年にライト兄弟が初飛行したことをリアルタイムで知った同時代人もまた、このわずか十六年後に旅客機が運航し、旅の形が激変するなどとは想像もしていなかった。

 同じことは汽車旅行にも言える。

 馬車より速い乗り物はないと思っていたヴィクトリア朝時代のイギリス人が、煙を噴き上げ、爆音をたてて走る蒸気機関車に驚愕し、「鉄の馬」と異名を付けたのはもっともなことなのだ。

 十八世紀後半、世界初の産業革命が真っ先にイギリスで起こったのには理由がある。政府の重商主義政策、国内商工業の発達、海外市場の確保、石炭など資源の豊富さ、第二次囲い込みで土地を失った農民が安い工業労働者となったこと、そして大量生産のための技術革新だ。

 中学校の社会科で習ったように、一七六九年にワットが蒸気機関を改良。その後は、一八二五年にスティーヴンソンの改良蒸気機関車「ロコモーション号」が実用化、一八三〇年にリヴァプールとマンチェスター間の鉄道開通と、怒涛の展開である。

 しかも一般人にとっては専門家の開発研究はいわば水面下で行われていたようなものだから、昨日までは馬車、今日からは汽車、という変化は実に唐突に感じられた(筆者にとっては、「昨日のワープロ、今日のパソコン」だった)。

 蒸気機関車によって大量輸送が可能になり、目的地までの時間が大幅に短縮されることで距離感は縮まり、世界観が変わる。移動中の安全性も快適性も格段に上がったし、チケット代が座席やサーヴィスに応じて細分化されていたので、上は王侯貴族から下は低賃金労働者まで、ほぼ全ての層が汽車を利用することができた。

 乗客の感想はさまざまで、作家アンデルセンが乗車の興奮と喜びを生き生きと書き記す一方、作曲家ロッシーニは一度試乗してその速度に震えあがり、二度と乗らなかった。両人とも神経過敏な点では甲乙つけがたい性格なのに、汽車旅への反応が真逆なのだから人はわからない。

 そして画家。特に風景画家は新たなテーマを見出した。それまで自然の曲線と対立する建造物といえば、雲突くばかりの高さを誇る大聖堂のような縦の線であったが、今や市内や田園や山裾に敷かれた延々続く蛇のような川のような長いレール、そこを爆走する鉄の馬という、実に未来的な横の線が作る景色があらわれたのだ。その上その黒い鉄の塊は白い蒸気を噴き上げ、猛スピードで動く。そうした動きをどう表現するかが腕の見せ所だから、チャレンジし甲斐もあるというもの。


ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー『雨、蒸気、速度-グレート・ウェスタン鉄道』 1844年 油彩・キャンバス 91×121.8cm ロンドン・ナショナルギャラリー(イギリス) 画像提供/アフロ

 蒸気機関車の勇姿を描いたもっとも有名な作品が、イギリスの風景画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851)の『雨、蒸気、速度 ― グレート・ウェスタン鉄道』だ。

 猛烈な風雨に逆らって、真っ黒な蒸気機関車が驀進してくる。遮るものとてない高い橋梁の上なので、車体がどれほど激しく揺れているか、想像に難くない。ターナーは実際に嵐の日に乗車し、窓から身を乗り出してびしょ濡れになりながら危険なスピードを体感したという。文明の産物と大自然との壮烈な戦いを、我が身で確かめたかったのだ。

 画面左下の川に小舟が浮かび、人が二人乗っている。人力でしか進めない旧文明のこの小さな舟は、風にあおられて舳先が川の流れに沿うことができず、横向きになって波に翻弄されている。

 さらに線路上には、汽車に追われて走る茶色い野ウサギが見える(絵具の劣化で見えにくいが)。ウサギのシンボル性は従来「速さ」だったが、今やその座は蒸気機関車に奪われたということか。

 画面全体が大気の圧倒的エネルギーに満ち満ち、それに抗う鉄の馬もさすがに喘いでいる。そう錯覚させるのは、汽車の顔部分に赤い火が描き込まれているからだ。石炭を燃やす火室は運転席側にあるので、本来は正面から見えるはずがない。なのにターナーが敢えてそうしたのは、心臓の熱い鼓動を想起させ、どこか人間的なところを表現したかったからかもしれない。

 電気で動く「電」車時代になっても、世の「鉄ちゃん」たちが蒸気機関車に魅入られ続けているわけが何となくわかる気がする。


エヴァリスト=ヴィタル・リュミネ『ライヴァル』 1868年頃 油彩・キャンバス サイズ・所蔵先不明 画像提供/アフロ

 ターナーより約半世紀後に生まれた、フランス・アカデミーの画家エヴァリスト=ヴィタル・リュミネ(1821~1896)の『ライヴァル』は、鉄の馬ならぬ本物の馬を全力で走らせることで、蒸気機関車の速さをも仄めかす。

 白と黒褐色の二頭の馬は、鑑賞者である我々の目の前を斜めに走り抜けてゆく。何に怯えて逃げているかは、彼らの後方に目をやればすぐわかる。遠くの地平線沿いを、蒸気機関車が右から左へ驀進中だ。生身の馬にとって、ライヴァルたる鉄の馬の轟音や振動やスピードは、脅威以外の何ものでもない。

 歴史画、特に中世史をテーマに扱ってきたリュミネにとって、馬をリアルに描くことは必須条件だった。宮廷での騎乗槍試合、狩猟風景、戦場、王の騎馬像など、美しく逞しい馬の姿は絵画の花の一つであった。だが馬がこれまで何世紀も担ってきた動力としての役目を解かれれば、一般の人の目に触れることは激減してゆき、ひいては人間と自然との交流も薄れるだろう(実際、そうなった)。

 リュミネは新文明に懐疑的だったのではないか。

 馬と蒸気機関車の関係ばかりではない。本作が生まれた十九世紀後半は、絵画にも革命が生まれていた。画面から物語も意味も排した印象派の登場だ。公共美術館の誕生で、絵画は知的エリートのものではなくなり、歴史画は老いた馬のように思われ始めていた。

 リュミネが正統的アカデミック絵画を馬に、人気の印象派を蒸気機関車に重ねていたかどうかはわからない。しかし失われてゆくものへの哀惜は間違いなくあっただろう。いつの世にも、新しすぎるものへ警戒感を抱く者は一定数いる。


ジョージ・イネス『ラッカワナ渓谷』 1856年頃 油彩・キャンバス 86×127.5cm ワシントン・ナショナルギャラリー(アメリカ) Courtesy National Gallery of Art, Washington

 新大陸を走る鉄の馬も見てみよう。

 地図の彫版師でもあったアメリカ人画家ジョージ・イネス(1825~1894)による『ラッカワナ渓谷』(または『ペンシルヴァニアのデラウェア、ラッカワナ&ウェスタン鉄道株式会社最初の円形機関庫』)。

 画面左の巨大な木のそばに、テンガロンハット風の帽子をかぶり、赤いチョッキを着た男が座って蒸気機関車を見下ろしている。なだらかな丘の上だ。汽車は画面奥からやって来て右へ急カーブし、盛大に煙を上げて男の目の前を横切ろうとしている。

 遠景にドーム型のラウンドハウス(円形機関庫)が見える。これは車体の整備及び保管用の建物で、なぜ円形かといえば、中央にターンテーブル(転車台)を据えるのが最も効率的だからだ。前進走行を旨とする鉄の馬は、車庫に戻って再び出発するまでに方向転換を行う必要があった。


ジョージ・イネス『ラッカワナ渓谷』(部分) ワシントン・ナショナルギャラリー(アメリカ) Courtesy National Gallery of Art, Washington

 ラウンドハウスの周囲には貨物センターや、駅舎も建っている。遠くにはスクラントンの町の教会の塔が見える。その教会のやや右手の広い道路には、コネストーガと呼ばれる大型幌馬車(今でいえば巨大トレーラーに近い)が走っており、当時のアメリカらしさがうかがえよう。

 この絵の制作過程が知られている。

 イネスは鉄道会社から依頼を受け、宣伝用の絵画を制作することになった。テーマは、ラッカワナ渓谷の雄大な風景の中を走る蒸気機関車、張り巡らされた鉄道網(=レール)、そして巨大な円形機関庫だ。さっそく彼は件の渓谷へスケッチに行った。そんな次第で、本作の赤いベストの男がイネス本人ということは大いにあり得る。

 ところが行ってみると、機関庫は未完成。これでは青写真を描けと言うに等しい。会社側の意向としては、この地は将来有望だというアピールのために注文したのであり、手前の丘も住宅地にする予定で樹木をほとんど切り倒していた(鉄道会社が沿線に町を作るのは日本も同じ)。

 画中には全部で四両の機関車が描かれている。イネスが主役に据えたのは丘を力走する手前の一両だった。しかし鉄道会社はこれに満足しない。我が社が所有する四両すべてを描くように――。貧しかったイネスは、けっきょくその要求を呑まざるを得なかった。

 だが画家もさるもの、完全に折れたわけではない。雄大な構図はそのままに小さく描き込まれた機関車は、煙によってその存在を知らしめる程度だ。中景の一両など、手前の機関車の白煙に紛れてしまっている。結果、どうなったかといえば、イネスは約束の報酬を得たものの、この絵が宣伝用に採用されることはなかった。絵がなくともスクラントンの町は鉄道の要衝となり、瞬く間に発展を遂げた。

 アメリカ鉄道時代の小さな出来事。
●ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851)……19世紀のイギリスで活躍したロマン主義の画家。20代半ばでロイヤル・アカデミーの会員となり、風景画家としての地位を確立。初期は写実的な作風だったが、印象派を思わせる大気や光の効果、自然の猛威を劇的に表現した後半生の作品で名高い。
●エヴァリスト=ヴィタル・リュミネ(1821~1896)……19世紀フランスの画家で、サロンで入賞を重ねた実力派。歴史画を得意とし、ゲールやケルト、ノルマンなど、古代~中世初期の非ローマ的世界を題材に描いた作品が多い。代表作に、パリのブルス・ド・コメルス(旧商品取引所)の壁画がある。
●ジョージ・イネス(1825~1894)……19世紀アメリカの風景画家。ニューヨークで地図の彫版師として働きながら、フランス人画家の指導を受け、ナショナル・アカデミー・オブ・デザインでも学ぶ。ハドソン・リヴァー派に感化され、ヨーロッパへの遊学後はバルビゾン派にも傾倒。アメリカの自然を情感豊かに描いた。

著者プロフィール

中野京子(なかの・きょうこ)

北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。西洋の歴史・芸術に関する広範な知識をもとに歴史や名画の解説書、エッセイを数多く執筆。2007年に上梓した『怖い絵』シリーズが好評を博し、2017年に『怖い絵』展、2022年には『星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム』を監修。『名画で読み解く王家12の物語』『名画の謎』などの人気シリーズのほか、『名画の中で働く人々――「仕事」で学ぶ西洋史』『名画と建造物』『愛の絵』など著書多数。最新刊は『中野京子と読み解く クリムトと黄昏のハプスブルク』。著者ブログは、「花つむひとの部屋」

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