いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第19回

第3章 眼科医を訪ねる──伊勢屋貴史さんインタビュー

更新日:2023/11/01

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

 今、色覚検査やカウンセリングの最前線にいる臨床医はどのように捉えているのでしょうか。ちょっと足を伸ばして、そこまで見ておきたいと思います。

 もちろん、数多い眼科医の中で、色覚に対する考えは、まちまちでしょう。医師の中にもジェネレーションギャップがあるかもしれません。そこで、20世紀のしがらみを知らない、しかし、色覚の診断やカウンセリングに熱心な眼科医に話を聞いてみたくなりました。

 宮城県仙台市、「あやし眼科クリニック」の院長、伊勢屋貴史さんです。

 ぼくは、伊勢屋さんと、カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)「友の会」の勉強会で出会いました。伊勢屋さん自身は当事者ではありませんが、眼科医として検査・診断・カウンセリングにかかわる立場で、情報収集するために会に参加していたのだと思います。
なぜ色覚に関心を?
 伊勢屋さんが開業しているのは仙台駅から、東北大学のある青葉山をこえてさらに車で西に走った青葉区愛子(あやし)の一角です。クリニックを訪ねて、直接、対話することができました。

 まず、伊勢屋さんが、色覚に関心を持ったきっかけは何だったのでしょう。

「僕は、今、50歳で、学校ではまだ検査があった世代なんです。だけど、自分が色覚異常ではないこともあって、検査をしたこと自体、覚えていません。医学生としても、ほとんど記憶にないですよね。勤務医の時代にも直接的には接することがなくて、開業するまでは、ほぼ関心がありませんでした」

 伊勢屋さんは、熊本大学医学部を卒業後、2001年に東北大学病院で眼科医としてのキャリアを始め、地域病院の眼科科長などをつとめた後で、2008年に現在の「あやし眼科クリニック」を開業しました。つまり、眼科医としてのキャリアは、色覚検査が学校健診での必須項目から外れた以降とほぼ重なっています。ゆえに、色覚で眼科を受診する人が、劇的に減っていたのだと理解できます。

 そんな伊勢屋さんが、色覚に関心を持ち、熱心に診るようになったきっかけは、主に二つありました。一つは、私的な理由です。


あやし眼科クリニックの伊勢屋貴史院長。

「僕は、きれいな色の車だとか、洋服とかでも色がいいもの、例えばポール・スミスの服は色がいいなとか、そういう色への関心が強かったんです。ある時、色覚異常の見え方を再現するというアプリ『色のシミュレータ』を知って、使ってみると、もう全然違う色になるじゃないですか。「こんな世界なんだ」とびっくりして、もっと知りたくなったというのが一つのきっかけです」

「先天色覚異常」の見え方を模擬するシミュレータは、決して「こんなふうに見えている」わけではないわけですが(https://gakugei.shueisha.co.jp/mori/serial/iroiro/014.html)、はじめて見た人はやはり「こんな世界なんだ」とびっくりします。それは、眼科医でも同じだったようです。
当初のカウンセリングを反省
 そして、こういった個人的な関心とリンクするものに加えて、もう一つ、別の理由がありました。

「開業して少したった頃に、話題になっていたんですが、例えば、パイロットになりたかった少年が検査をしなかったために、直前で夢を断念することになったという話を聞いたりして。これはきちんと啓蒙しないといけないのかなと思って勉強を始めたんです。眼科医会の講習会に出たりして、最初はそこで言われたことを伝えていました。パイロットにはなれないですよとか、肉の焼け具合が分かりにくいようですとか、気をつけないと不利益がありますよと。どうしても医者は、色覚異常も病気として捉えて、ちょっと脅すような言い方をしてしまうんですね。でも、そうすると、保護者、たいていお母さんですが、すごくネガティヴに感じて、「子どもが不憫で」と悲しそうにすることがあるんです。これはよくないなと思いはじめました」
当事者の声を素直に聞く──凄腕デザイナーと「焼肉マスター」
 ここで伊勢屋さんは、別のアプローチを取ります。知り合いの当事者に話を聞いて、知見を広めることにしたのです。聞き取った内容は、クリニックのブログ内に掲載することにしました。
https://ameblo.jp/ayashiganka/entry-12608697627.html

「そうすると、なぜこの人が『色覚異常』なのだろうという人にも出会うんです。僕は、車が好きで、レースに出ているんですが、僕の車のステッカーをデザインしてくれたデザイナーさんが当事者だというので検査させてもらいました。そうすると、診断上は『強度の色覚異常』になりました。でも、僕好みのきれいな色使いのデザインを仕上げてくれて、僕自身、それが気に入っているし、違和感はまったくありません。デザイナーは色の感覚が大切で、顧客と色の感じ方が違うと仕事として成り立たないのかと思っていました。さらに話を聞くと、他の人と見え方が違うと感じたことも不便を感じたこともないそうです。色覚検査の結果と生活レベルでの色覚異常の程度が一致しておらず、見え方にこんなにも多様性があるのだと学ばせていただきましたね」

 ここで伊勢屋さんが、当事者の声を「素直に」聞き取っていることに注目すべきでしょう。以前でしたら、いや、今も、当時者が言うことは信じてはいけないというのがセオリーです(眼科医向けの色覚の教科書にもそう書いてありました)。当事者は基本的に「自覚できていない」か、場合によっては「偽っている」とされてきました。しかし、伊勢屋さんは、その声を素直に受け入れました。おそらくは、実際に、そのデザイナーさんと一緒に仕事をしてきた経験が大きかったのだと思います。

 その後、伊勢屋さんは、ブログで「当事者に聞く」シリーズを随時更新していますが、「強度」の人には難しいと世間では思われている「焼肉」がむしろ得意で、「焼肉マスター」のように扱われている当事者も登場して、おもしろいことになっています。なにしろ「一般色覚の人の中には、肉の色だけにとらわれて、何度もひっくり返す人がいる。そうすると、せっかくの肉汁が落ちて美味しさが落ちてしまう」のだそうです。
「悲しそうな」保護者が激減!
 そのような当事者との対話を経て、またCUDO友の会のような団体との交流も経て、伊勢屋さんのカウンセリングは変化していったといいます。以前のように「悲しそうな」保護者は、激減したそうです。おそらくは、「ポジティヴな説明」になったのがその原因だと想像します。

 今、色覚検査で伊勢屋さんのクリニックを訪れる人数は、月に3、4人です。

 学校の1学期、学校健診がよく行われる時期には、小学生が保護者に伴われてやってくる場合が多く、秋以降、冬には、就職試験の前や、あるいは就職試験で「色覚異常」だと言われたという人が来るといった季節性があるそうです。

 地域はやはり、仙台市が多いのですが、県外からの来院もあるとか。クリニックのウェブサイトに「色覚専門外来」のページを設けている眼科は少なく、多少遠くてもカウンセリングを受けたいと思う人がいるのでしょう。

 もっとも、職業上の問題で相談を受けた場合、「ポジティヴな説明」であろうがなかろうが、誠実に回答しようとすればするほど、眼科医は、やはり困難に直面します。鉄道の運転士に必要な「動力車操縦者運転免許」や、航空パイロットになるための航空身体検査のように基準が公開されていても、それは常に変更される可能性があります。主だった分野だけでも、知識を常にアップデートしておくのは、至難の業です。ましてや「苦労するだろう」「難しいだろう」という「推論」ばかりが幅を利かせているような分野では、どう伝えればよいのか迷います。
広く情報をつのる
 例えば、「調理師」がいい例かもしれません。調理師免許を取るのに色覚は問われませんし、就職の際にも検査をするとは聞きません。でも「肉の焼け具合がわからないのでは?」などといった懸念から、ネガティヴな「推論」の余地があります。ソーシャルメディアを見ていても、時々、そのような発言を目にします。

 伊勢屋さんは、調理師志望の若者が受診した際に、はたと困りました。

「調理師の学校の実習で、色味が分からなくなって困ったという方でした。それで、このまま調理師になっていいのだろうかと悩んでおり、検査を受けに来られたんです」

 眼科医は検査をして診断を下すことはできます。しかし、「調理師になるとどんな苦労があるか」ということについては、その仕事を熟知しているわけではありませんし、カウンセリングするのは無理があります。それでも、今の仕組みでは、受け皿は眼科医にならざるをえません。

 そこで、伊勢屋さんが取った解決方法は、「苦労することもあるかもしれない」「気をつけるように」などと「推論」して自制を求めるのではなく、「調べて伝える」ことでした。

 伊勢屋さんは、ある日、調理師の仕事と色覚の関係について情報を募る文章をFacebookにアップしました。

 ぼくは、伊勢屋さんとすでに「友達」になっていましたので、すぐに気づいて、その問いかけをシェアしました。伊勢屋さんとぼくの共通の「友達」には、色覚関係者といいますか、当事者団体のメンバーや研究者などが多いので、すぐに他の人もシェアして、多くの情報が集まってきました。

 具体的には──

 調理師の仕事といっても、様々な料理の分野があるし、また調理することばかりでもないので、それほど気にすることはないのではないか。

 当事者の調理師が、実際に活躍している。

 肉の焼き加減については、きちんと芯温を計りながら温度管理して焼くので、表面の色で判断することはない(これはフランス料理の名店で修業したシェフからの情報提供で、色で判断するなんてありえない!みたいなトーンでした)。

 結局、調理師の仕事をしたいなら、多少の工夫が必要になろうとも、いくらでもやりようがありそうだという情報が多く集まったと記憶しています。

「一回目の受診では、一般的な話をして、その後、Facebookなどで情報をもらって、二回目に伝えました。ただ、一回目と二回目の間に、お母さんが心配をされて、本人もやめようかと考え始めていて、伝えることは伝えましたが、その後は、受診がありませんね」

 結局、この当事者がどう決断したのかは不明です。しかし、色覚だけにことさら執着した「推論」だけで決めないでもらえたらと願ってやみません。

現代の医師が、素のままで色覚の問題に出会ったら
 これは眼科だけの問題ではなく、「どこまでが医療の範疇なのか」「わたしたち(社会)は何を医療に負託するのか」という大きな問いにもつながっていきます。

 かつてのように、何から何まで眼科医に期待するのは不健全です。また、眼科医自身が、すべてを背負うことができると考えるのも無理があるでしょう。伊勢屋さんも、「今以上に対応するのは難しいなとは思っているところ」だそうです。カウンセリングには細心の注意が必要で、なおかつ長い時間がかかります。それは通常の眼科の診断や治療の仕事の流れの中には収まりきらないものになりがちです。

「でも、それもやり方次第で、改善できることはあると思っています。例えばうちだったらスタッフに勉強してもらっているので、最初にある程度、説明しておいてもらう、ですとか。色覚ではなくても、他の病気でも、そういうことはあるんです。例えば白内障では、高齢者が多いので、耳が遠かったりするとなかなか伝わりません。そういうときに、後で他のスタッフにじっくり説明してもらったりします。それを色覚でも応用できるかなというのは最近考えはじめています」

 ちなみに、伊勢屋さんのクリニックのスタッフの中には、「色彩検定 UC(色のユニバーサルデザイン) 級」を受検して合格している方も複数いるそうです。いわゆる「色のバリアフリー」を学んでおり、それは、当事者の生活上の困難や、保護者が気をつけるべきことについて一通りの知識を持っているということでもあります。クリニックのスタッフが、こういった実践的な知識を持って助言してくれるなら、それは心強いことでしょう。

 それでも、眼科医がとても大事な役割を求められ続けているのは間違いありません。21世紀になって眼科医になった伊勢屋さんのような医師が、クリニックのドアを叩いたクライアント(当事者)の声に耳を傾けた上で、これまでの思い込みの「推論」を踏襲するのではなく、さらに広いところで耳を澄ますというのは、とても心強いことです。

 現代の医師が、素のままで色覚の問題に出会ったとき、最初は、かつての「残存」的なものにとらわれたとしても、すぐにそれを振りほどいて、新しい段階に進むことができるのではないかという期待を感じてやみません。
【追記】
 現在、色覚と職業適性について、通常のルートでは、眼科を受診して診断を受けた上で、カウンセリングを受ける流れの中で、質問することになります。しかし、眼科医が、色覚と職業の関係に必ずしも詳しいわけではないことは、本文中でも述べました。伊勢屋さんのように調べて伝える医師は珍しいでしょうし、伊勢屋さんも常にそうできるわけではないと思います。当連載では、医師の説明では十分ではなかった場合、当事者団体に相談するという手もあることを紹介しました。連載第12回には、現在活動していることを把握できている当事者団体・支援団体のリストがあります。

写真撮影:川端裕人、編集部
デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

バックナンバー

Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

バックナンバー

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.