いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第5回

準備の章【前編】
ヒトの色覚多様性について知っておくべきこと④
~進化から見た、ヒトの3色覚と2色覚~

更新日:2022/09/14

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 前回までで、ヒトの色覚には、多数派の3色覚と、少数派の2色覚があることが分かりました(さらに「中間型」があることは、先の回でお話しします)。今回は、そのような色覚の「多型」が、進化の歴史の中でどのように生まれてきたのかを見ます。

生き物の色覚の進化を振り返る〜魚類、爬虫類、鳥類は4色型

 ヒトは、集団の中に3色覚と2色覚をあわせ持った、珍しい種です。

 今の知見では、こういった多様性を持っていることがヒトにとって普通であり、むしろ「正常」な状態なのかもしれない、と言えます。また、このような集団であることが、進化の中で重要な意義を持ってきたのであろうとも示唆されています。

 こういった理解は、今後の「色覚観」を創っていくために重要なことなので、少しだけ遠回りして「色覚と進化」について考えてみましょう。

 わたしたち脊椎動物の色覚の基本形は、実を言うと錐体(すいたい)細胞の種類が、2種類でも3種類でもなく、4種類です。

 そのようなタイプの色覚を生物学では「4色型」と呼びます。

 ここで注意喚起しておくと、「4色型」であって「4色覚」とは呼びません。実は、これまで使ってきた、3色覚や2色覚という用語はヒトを対象にした視覚研究や医学に由来するもので、生物学的な話としては、これらも「3色型」と「2色型」です。今後、生物進化の話をする時には用語を切り替えます。

 さて、脊椎動物の共通祖先の時点で、すでに4色型の色覚が獲得されていたようで、今も多くの魚類、爬虫類、鳥類が、それを維持しています(参考文献【17】)。もちろん、夜行性になったり、そもそも光がほとんどない深海や洞窟に棲み着いた種は、速やかに4色型を失い、場合によっては色覚すらなくしてしまうことも多いのですが。

 4色型の特徴は、L、M、Sの3錐体だけでなく、ヒトには見えない紫外線域に感度を持ったもう一つの錐体細胞(VS=Very Short)を持っていることです。紫外線域をもカバーする4つ目の光センサーまで使って、様々な応答差から色を構成するわけですから、ヒトとは比べ物にならないくらい多彩な色世界を持っていると考えられています。こういったことは、連載2回目でも少し触れました。

哺乳類は2色型へ

 ところが、わたしたち哺乳類の祖先は、4色型から2色型に進化しました。具体的には、M錐体とVS錐体をなくして、L錐体とS錐体の2種類の錐体細胞だけを残すことにしました。本当はもっとややこしいことが起きているのですが、ここは簡単に概念的な理解に留めます。

 これを「退化」と捉える人がいます。以前に比べて錐体細胞の種類が減って、色世界が貧弱になったから、退化であろうと。でも、それは明確に違います。その環境の中で有利な視覚が選択された結果、2色型になったのです。

 哺乳類の祖先が三畳紀後期(2億2500万年ほど前)に登場した後、恐竜の最盛期であるジュラ紀、白亜紀が続きます。その頃の哺乳類は夜行性の生活を選んだため、暗い中で感度優先の視覚が有利だったと言われています。明るいところでしか使えない錐体細胞は、その数も種類も減らして、暗所で有利な桿体(かんたい)細胞を増やして高感度の目を手に入れました。

 その結果、今も哺乳類には2色型の生き物が多いのです。わたしたちにとって身近な伴侶動物である犬や猫も、動物園で出会えるような様々な哺乳類も(ゾウも、キリンも、ライオンも、トラも、クマも)、多くが2色型です。

昼の世界に飛び出した霊長類

 恐竜時代が終わった後、哺乳類の中の一グループである霊長類では、新たな色覚タイプが生まれます。

 それが、3色型です。霊長類は、恐竜時代の後で昼間の世界に進出した最初の哺乳類のひとつです。いったんL錐体とS錐体だけの2色型になった後なので、以前と同じ4色型というわけにはいきませんでした。そのかわりに、L錐体から派生した新たなM錐体を持つことで3色型を実現しました。

 その3色型の特徴は、新しいM錐体が、そのもとになったL錐体と特性がとても似ていることです。

 鳥の4錐体の感度の分布と、霊長類の3錐体の感度分布を比べてみると一目瞭然です。鳥のM錐体は、S錐体とL錐体のちょうど中間におさまって「いい感じ」ですが、霊長類のM錐体はL錐体とかなり重なっています。さらにこれをミツバチと比べてみると、違いが際立ちます。ミツバチも3種類の視細胞(ミツバチには錐体細胞はありませんが、別の種類の視細胞があります)を持っており、その分布も「いい感じ」です。ただし、全体的に短波長側(紫外線側)にずれているので、ヒトが赤みを感じるような長波長の光は感じません。同じ3色型といっても、ずいぶん違いがあるはずです(参考文献【18】【19】【20】【21】【22】【23】)。ミツバチの色の世界では、ヒトとは色の仕分け方が違いそうだということは、すでに連載2回目で少し紹介しました。

様々な生き物が持つ視物質の吸収波長特性の比較。視物質とは、本連載で「光センサー」としてきた視細胞(脊椎動物では錐体細胞や桿体細胞など、複眼を持つ節足動物では感桿型視細胞などと呼ばれる)の中で光を受け取るタンパク質と色素の複合体。視細胞の感度分布は、視物質の特性に依存している(さらに言えば、視物質の特性は、そのタンパク質部分であるオプシンに大きく依存している)。ヒトの被験者の協力で得た錐体細胞の感度分布はすでに示したが(連載第3回【図6】)、今回は、様々な動物の視物質を「試験管の中で」構成して調べた特性を比較している。(a)はヒトの多数派や多くのサルが持つ3色型(L、M、S)の視物質の吸収波長特性。連載第3回でも触れた通り、LとMがとても似ているのが特徴。(b)はミツバチ(3色型)の場合。L、M、Sが等間隔でバランス良く配置されているが、実は全体に短波長に寄っており、ヒトが赤と感じるような光は吸収しないので、つまり、見えない。(c)は多くの鳥類(4色型)の場合。VSの視物質は、紫外線も吸収する。(d)は12種類の視物質を持つシャコの場合。ただし、それが直ちに12色型の色覚だということは意味しない(すべてを色弁別に使っているわけではなく、目の仕組みも神経回路も脊椎動物とは違う)。

 さて、霊長類の3色型は、ある意味、絶妙なもので、森の葉を背景にして、熟した果実を見つけるのに役に立つことが分かっています。これらは、明るさの情報だけでは区別しにくいのですが、反射光の波長の分布の違いを手がかりにして「緑をバックに、赤いものが浮き上がって見える」ように感じることができるわけです。これによって実際に果実の採食効率が上がることは、野生の霊長類の観察で確認されています。

3色覚と2色覚を混在させるヒト

 そして、霊長類の中でも、ヒトはさらに独特の色覚を持つように進化しました。

 霊長類の3色型は、そのままヒトの3色覚に相当すると考えてよいのですが、そこからさらに新しく2色型を派生させたのです。それが、ヒトの2色覚です。

 ややこしい話ですが、これは多くの哺乳類が持っている2色型に「先祖返り」したわけではありません。ヒト独自の新たな色覚タイプです。進化生物学の言葉では、「祖先型」の3色型に対して「派生型」に相当するのがヒトの2色型です。

【図13】の(a)は【図12】の(a)でも示したヒトの3色型の感度分布。(b)はLとSを持つ2色型、(c)はMとSを持つ2色型。

 哺乳類の2色型との違いは、視覚システム全体を考えると際立ちます。

 多くの哺乳類の2色型は、夜行性への適応として出てきたものなので、暗がりでも見やすいように感度を優先しています。だから、錐体細胞ではなく、桿体細胞を多く持っていることが多いようです。

 わたしたちにとって身近な犬や猫もまさにそれです。色覚としては2色型で、空間分解能(視力)は低く(犬や猫の視力はせいぜい0.1〜0.3くらいなどとよく言われていますよね)、一方で、暗いところではヒトよりもずっとよく見えます。タペタムという反射層を持っていたり、わずかな光に反応できる桿体細胞を多く配置しているからです。

 一方で、ヒトの2色型である2色覚は、高解像度仕様の、昼の世界で役立つ2色型です。空間分解能は犬や猫よりもはるかに高い一方で、桿体細胞は少なめで、暗い環境ではあまり見えません。これは生物の進化の中で、かなりオリジナリティの高いコンセプトだと言ってよいと思います。

 そして、ヒトの場合、3色型か2色型かどちらかだけになるわけではなく、集団の中でそれらが共存するようになったというのが、さらなるオリジナリティです。アジアやアフリカのサルや類人猿の仲間の色覚はかなりよく調べられているのですが、2色型の頻度はとても低いことが分かっています。例えば、日本の研究者が、ニホンザルやカニクイザルなどを含むマカカ属という分類群のサルで、日本国内で飼育されている700頭ほどを調べたところ、その中には一頭も見つかりませんでした。その後さらに、野生のものまで含めて3153頭の遺伝子を確認したところ、インドネシアのとある地域の特定のカニクイザルの群れで、3頭だけ見つかったそうです(参考文献【24】【25】)。

集団として強くなる

 それでは、なぜヒトは、3色型と2色型を集団の中で混在させることになったのでしょうか。

 ヒトは森を出た霊長類だということにヒントがありそうです。また、わたしたちホモ・サピエンスは、それまでのヒト(Homo)属の中で、誰も行かなかった高緯度の土地や、海洋世界などに進出したということも関係があるかもしれません。

 今、進化生物学者が、視覚研究者、眼科学研究者による2色型(2色覚)についての知見を織り込んで語っているのは、このような仮説です。

・森を出て草原で狩りをする際、2色型の方が色のカモフラージュに騙されにくく、と同時に2色型の方が、メカニズム的に空間分解能(視力)が高いなどという理由から、獲物を見つけやすかった(参考文献【9】【10】【13】【14】)。

・高緯度地域に進出した際、薄暗く色彩に乏しい環境において、2色型の方が暗がりに強かったり、明暗のコントラストの違いに敏感で有利なことがあった(参考文献【12】)。

 などです。

 こういったことが提唱されるまでには長い研究史があり、それについては拙著『「色のふしぎ」と不思議な社会』(筑摩書房)で一章を割いて詳しく書きましたので、関心のある方はぜひごらんください。ここでは結論部分だけをお知らせするに留めます。

 ヒトの2色型が圧倒的に有利ということはなさそうですが(もしそうなら3色型が淘汰されるでしょう)、逆に淘汰されてしまうほど不利というわけでもなく(世界中のどこの民族集団でも一定頻度いることが証拠です)、むしろ有利な局面もあったわけです(最近の研究で支持されています)。

 特に集団で狩りをする時など、チームの中にちょっと違う見方をして早く獲物を見つけられる人がいると重宝されたはずです。薄暗い時期が長く色彩に乏しい高緯度地域では、「色覚異常」の頻度が高いことが報告されていますが、赤や緑などの色を区別するよりも、むしろ、暗がりでも見えやすいことや、物の輪郭、形を検出することが大切なのかもしれません(参考文献【26】【27】)。

 今でも、ぼくの2色覚の知人たちの中には「子どもの頃、虫を見つけるのが他の子より早かった」「水の下にいる魚の姿をわずかなコントラストの差で見つけるのが得意だった」「吹雪の中で自動車を運転していて、3色覚の友人よりもよりはっきりと前方を確認できることに気づいた」というような経験を持っている人が多くいます(後の回でまたお話しします)。こういったことは、あくまで「逸話的」ではあるのですが、ここまで話してきた知見と整合するものです。

 近代になって、産業化された社会で色を使ったコミュニケーションが促進されるようになった頃、まだ色覚についての知識は十分ではなかったため、多数派に合わせる形で色の使い方が決まっていきました。その場合、少数派は不利になってしまいます。それで、ヒトの2色型や、これから紹介する「中間型」で「先天色覚異常」(細かな診断名としては「異常3色覚」)と診断された人は、「色間違い」をする社会的に危険で劣った存在だと思われるようになりました。

 今でこそ、それらは、ヒトの多様な色覚の一部であって「優劣ではない」という理解が広まりつつあります。それでも、いまだに「3色覚にとっては当たり前の色が区別できない(=劣っている)」という理解も根強いようです。実際は、多数派の3色覚の色世界の中で、少数派として弱者になっているだけなのに、当事者も自分自身の色覚について劣等感を持たざるをえないような状況が決して払拭されていません。

 自分自身について肯定的なイメージを持てるのはとても大事なことです。ですから、2色覚の当事者、特に検査で判明して自分がそうだと知った子どもたちに、まずは「あなたの色覚タイプは、長い人類の歴史の中で、多数派とは違う見方を提供してきたかけがえないものなのだ」と伝えていただけないかと思います。また、ここでは、説明を簡単にするために、2色覚を具体例にして話を進めましたが、「中間型」の人も同様です。

 次回は、これまでに紹介した3色覚、2色覚、さらに「中間型」の存在もふくめた「色覚多様性」が、どのようなものか紹介します。そして、それらが、眼科で言う「先天色覚異常」とどう関係しているのか見ていきます。

図表作成・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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