いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第14回

第1章 CUDOの2人に聞く──2色覚はどんな色の世界?②
~色覚シミュレーションの仕組みと、「地味な色」を使うわけ~

更新日:2023/03/29

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■楕円の色相環

「こういった色弱者の色の見え方を表現するには、昔から説明に使われてきた『楕円の色相環』が役立つかもしれません」と伊賀さんが指摘してくれました。

 色相環とは、色相の違う色をぐるりと環状に配置したものですよね。美術の授業で習った人も多いはずです。本連載では、多数派の3色覚のメカニズムを理解する時にすでに登場しています(第3回)。

 わたしたちが目にする色相環は、平均的な3色覚の人の見え方を前提にして作られており、基本的にはまん丸に描かれています。円の反対側にある色が補色にあたるというのは、美術の授業で習いましたよね。つまり、円の中心を挟んで反対側にある色は、なにはともあれ「隔たった色」だと考えてよいわけです。そして、色弱者の色の見え方は、まん丸の円を潰して楕円にすることで、概念的には表現できます(【図27】)。


 平均的な3色覚の色相環をベースに、派生型色覚の色相環を描いた模式的な図。原図では「弱度」は、眼科で言う「異常3色覚」の中で弱度のもの、「強度」は2色覚や「異常3色覚」の強度のものとされていた。1型(P型)と2型(D型)で楕円の軸の方向が異なるのは、それぞれの微妙な違いを反映したもの。なお、これらの図解は、平均的な3色覚の色相環が円形に表現されることも含めて、あくまでざっくりしたものであることに注意。例えば、科学的な議論で使われる色度図(CIE色度図)は、円形ではなく馬蹄形に表現される。(参考文献【56】)

 【図27】は1型(P型)と2型(D型)の2色覚の例ですが、それぞれ楕円の軸の方向が違うことに注意してください。いずれも楕円の短軸に近いところに、赤と緑などがあって距離が近くなっています。それは、つまり、3色覚にとっては遠く離れた色である赤と緑が、近い色になって区別がつきにくくなることが表現されています。一方で、長軸方面にある青と黄の違いは、遠く離れて明瞭なままです。

 1型(P型)と2型(D型)で楕円の軸の方向が違うのは、実際に区別のつきにくい色の組み合わせが微妙に違うからです。図から読み取れるものとしては、1型(P型)では青紫と紫は似た色で、青はそれよりも少し離れた色です。一方、2型(D型)にとっては、青紫と青は似た色で、紫は少し離れた色に見えるようです。

 さて、2色覚の楕円の色相環は、この図の「強度」に相当しますが、本連載の2回目、3回目などで触れた色覚の仕組みに即して考えると、結局、直線になるようにも思えます。しかし、実際には、当事者に聞いてみても、また測定してみても、短軸方向の色の組み合わせの区別が完全になくなるわけではないので、直線ではなく細長い楕円として表現することが多いようです。いずれにしても、この図は概念的なもので、定量的な理解を目的としていないことは申し添えておきます。

■色覚シミュレーションのしくみ

 以上のように楕円の色相環を用いることで、概念的な理解にまでは到達できるのではないかと思います。加えて、さらに工学的な知識があれば、多数派の3色覚の色の世界と、色弱者の色の世界をつなぐための計算を行うこともできます。それをここでお伝えするのは専門的すぎるのですが、今の時代、その計算を機械に任せることができます。

「それがつまり、色覚シミュレータなんですよ。「色がどれくらい離れているか」を、パソコンやスマホで評価して見せてくれているわけなので」と伊賀さんは教えてくれました。

 つまり、本連載で最初から活用してきた色覚シミュレーションは、色弱者にとって色と色がどれくらい離れているかを計算して、それを3色覚の人にも分かるように画像的に表現するものなのです。

 具体的に言いますと、色弱者にとって見分けにくい色の組み合わせを画像の中で見つけ出して、それらを同じ色、似た色として表現しています。そうすることで、多数派の3色覚の人にとって、はっきり区別できていたうちのある部分が、区別をつけられなくなったり、つきにくくなったりするのを理解してもらおうとしているのです。

 伊賀さんたちのCUDOでも、シミュレーション画像を、色弱者の見え方の説明ツールとして積極的に使ってきており、大きな成果を得てきました。これまで色覚の違いについての理解が「色がわからないらしい」という間違ったものだったり、少し勉強しても「赤と緑の区別がつきにくい」という曖昧で部分的な理解にとどまったりするのに比べて、擬似的にでも視覚化して説明できることは大きいからです。「こういったことで困っている」ときちんとみんなにわかるように説明できれば、ではそれを改善しましょうと、色のバリアフリーを推進するきっかけになりますよね。ちゃんと理解した上で使えば、大きな武器になります。

■シミュレーション画像が地味な茶系の色であるわけ

 もっとも注意すべきことがあります。色覚シミュレーションで表現しているのは、区別しにくさであって、実際にそう見えているわけではない、ということです。

 ここで、本連載の「準備の章」でお見せした、赤ピーマン、緑ピーマンの写真を思い出してください(【写真1】【写真2】)。その写真では、3色覚の見え方でははっきりと違う赤ピーマンと緑ピーマンの色がかなり似た色になって、区別がつきにくいように表現されていました。

 シミュレーションでは、あえて、多数派の3色覚にとっての地味な色を選んでいるのですが、それにはわけがあるのだそうです。伊賀さんが解説してくれました。

 「全部、赤にするようなシミュレーションもできますし、緑にすることもできます。色の差があまりないよということを表現できればいいわけなので。でも、鮮やかな色にするとみなさんびっくりしてしまうので、地味な色を選んでいるんです。他にも、白がピンクになったり、青が紫になったりするシミュレーションもできるんですけど、それも、できるだけ、白は白、青は青というふうに表現していこうとしているんですね」

 たしかに、シミュレーションでピーマンをすべて赤く塗ることにしたならば、「緑ピーマンが赤ピーマンになった!」という別の意味での驚きが生じて、本来の「区別しづらい」「色と色の距離が近づく」ことが伝わりにくくなるでしょう。なにか名前を付けにくいような地味な色を選ぶのには、やはり理由があるのでした。

「結局、シミュレーションは、色覚によって異なる「色と色の差」を調べるために使うものだ、ということです。赤と緑は近く見えるんだということがわかってもらえばいいんです。そして、近く見えすぎる色の組み合わせが使われている時は、うまく調整してわかりやすい色の組み合わせにしたり、色以外の手がかりを加えればいいだろうというのが、カラーユニバーサルデザインですから、シミュレーションはそのために使える道具だということです。逆に、なにかの写真をシミュレーションにかけてみたら、例えば、刺し身の写真が腐っているみたいに見えたとか、赤が黄土色みたいな変な色に見えて哀れだ、といったふうに受け取るのは間違いだということです」

 ここはとても大切な部分だと思います。

 色覚シミュレーションの画像を見て、「変な色に見えて哀れだ」と感じる人が実際にいるようなのです。また、よく耳にするところによると、「先天色覚異常」だと診断を受けた当事者(たいてい小学生)の母親が、シミュレーション画像を見て泣いてしまうようなことが、しばしば起きるといいます。「先天色覚異常」は遺伝の仕組み上、「保因者」である母親が持っていた遺伝子が息子に伝わって表に出ることが多いので、お母さんは「自分からの遺伝のせいで、息子がこんなくすんだ色しか見えず申し訳ない」と感じてしまうようなのです。

 しかし、実際に「こう見えている」わけではありません。多数派の3色覚の人を驚かさないために、あえて地味な色を選んでいるわけですから、その色使いだけを3色覚の感じ方で評価して、哀れんだり、嘆き悲しむのはナンセンスです。

 また、こういったシミュレーションがあくまで「色の区別」にかかわることだけに特化しており、色弱者の方がメリットを持っている可能性がある、空間解像能(視力)や、コントラストの検出、暗がりでの視力といった要素(連載第5回参照)はなんら反映されていないことも注意が必要です。

 もちろん、色覚シミュレーションの登場によって、色弱者の困りごとを可視化して、色のバリアフリーを推進しやすくなったことは間違いありません。それは大きなメリットです。

 しかし、そのために、また別の誤解が拡大してしまうのは困ったことですから、色覚シミュレーションを使う人は、「実際にこう見えているわけではない」ということを繰り返し確認する必要があると注意喚起しておきます。色弱者の見え方を再現しているわけではなく、「色の区別の付きづらさ」だけに焦点を当てて、多数派の3色覚の人に分かりやすいように表現しているというのが適切な理解だと思います。

■それぞれの色覚タイプでも見え方は違う

「もうひとつ言っておかなければならないことがあります」と伊賀さんは付け加えました。

「これまで話してきたことは2色覚の人の話なので、実際にはP型、D型の中にも、C型(多数派の3色覚。用語については連載8回目を参照)との中間の人たち、PAやDAの人たちがいますし、C型の中にもいろんな見え方の人がいます。だから、このシミュレーションだけを見て、色弱者がみんながそうなんだと思わないでほしいんですね」

 PAとDAは眼科の診断名の「異常3色覚」の略号で、これはまさにぼくが、本連載の本節冒頭(第13回)で述べた違和感にもつながっています。

 つまり、生物学的には派生3色型の人がたくさんいて、これらの人たちは2色型(2色覚)の人たちと、「色の区別の付きにくさ」が違います。だから、2色型(2色覚)を前提にしたシミュレーションは当てはまりません。

 眼科的な診断として、2色型は2色覚とほぼ同じで、派生3色型の一部が「異常3色覚」と診断され、残りの派生3色型と原型的な3色覚の多くが「正常色覚」と診断されるという話は、ややこしいですけれど「準備の章」で説明しました(【図15】)。

 とするなら、派生3色型の見え方は、3色覚と2色覚の中間、みたいなものなのでしょうか。さきほどの楕円の色相環でも、派生3色覚の場合は、2色覚に近い細長い楕円から、ほとんどまん丸に近いものまで様々な場合があります。あくまでも概念的なものですが、楕円のつぶれ方の程度で、先天的な色覚の違いの多様性と連続性を表現できそうです。

 では、それは見え方としては、どのような違いを生むのでしょうか。「色のシミュレータ」には、1型(P型)と、2型(D型)の度合いを変えて表示する機能があります。それを使って、その「多様性」が表現できるか試してみました。例によって、さきほどのピーマンの写真を使います(【写真6】~【写真11】)。

 スライダーを操作して0%に、おそらく多数派の3色型の平均的なもの(視覚研究でいう標準観察者に相当するもの)だと思われます(【写真6】)。そして、デフォルトの設定では、1型(P型)を選ぶと100%、つまり2色覚に相当するシミュレーション結果が表示されます(【写真7】)。そして、その間が、おそらくは派生3色型の色覚に相当するものでしょう。

 実際にスライダーを動かしてみましょう。100%のシミュレーションから、75%に値をへらすと、やや赤みと緑みが感じられ、左右端のピーマンの色の距離が少し離れますが、まだまだ区別がしにくいままです(【写真8】)。しかし、50%になるとかなり赤み緑みが見えるようになって(つまり左右端の差がはっきりしてきて、【写真9】)、25%では「ちょっと彩度を落としたモードで撮影した写真」くらいに見えてきます(【写真10】)。10%になるともう隣に並べて見比べないと違いがわからないでしょう(【写真11】)。

 これらがどれだけ派生型3色覚の見え方に忠実に即しているかは、ちゃんと研究されていないのですが、概念的な理解としてはこんなかんじでよいのだと思います。

 なお念のために繰り返しますが、派生型の3色覚は、眼科の診断で異常3色覚と診断される人たちだけでなく、実は「正常」の中にも3割~4割います。以前(連載6回目)に説明しましたし、【図15】にも表現されています。これまで検査で「正常」の診断を受けてきた人も、実は自分もこういった微妙な差を持った当事者の一人なのかもしれないと思いを馳せていただければと思います。

写真撮影・画像加工/川端裕人
図表作成・デザイン/小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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