いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第2回

準備の章【前編】
ヒトの色覚多様性について知っておくべきこと①
~光そのものに色はついていない~

更新日:2022/08/03

 では、さっそく、この「準備の章(前編)」では、驚くほどの広がりを持った色覚多様性を知るために必要な情報、ヒトの色覚のしくみなどを説明していきます。

3種類のピーマンの話

 まずは写真を見て下さい【写真1】【写真2】。

 【写真1】は、多くの人にとって、緑、黄、赤の3色のピーマンが見えると思います。

【写真1】は、ヒトの多数派(3色覚)の画像。【写真2】は少数派の中の一つの類型「1型(P型)2色覚」のシミュレーション。実際にこのように見えているわけではなくて、3色覚の人が自明に区別している色の組み合わせが、2色覚では区別しにくいことを表現している(本文参照)。

 でも、一部の人にとっては緑(左端)と赤(右端)のピーマンが似た色に見えていることが分かっています。その状態を表現したのが【写真2】です。

 これは、「2色覚」と呼ばれる色覚のシミュレーションです。【写真1】では、多数派の色覚である「3色覚」の見え方が示され、【写真2】では、少数派の中でもその特徴が際立ってあらわれる「2色覚」(さらに言うと1型(P型)というタイプの2色覚)の見え方が模擬されています。「色のシミュレータ」という無料のスマホアプリを使って生成しました。

 あくまで、多数派の人に説明するための便宜的なもので、「実際にこう見えている」わけではないことには気をつけてください。多くの人たちが普通に区別している「赤と緑」などの色の違いが、少数派の人たちにとっては自明ではないことを理論的に計算して、多数派の人たちにもそれが分かるように画像上で表現したのが、このシミュレーションなのです。

 ここで言えることは、
・多くの人には明らかに違って見えるピーマンの色が、少数の人には似た色に見える。
・そのような特定の色覚を持った少数の人には、(シミュレーションがうまくいっていれば)【写真1】と【写真2】が同じに見える。
 ということです。

 ここではあくまで、多数派の3色覚の人に説明する目的で、「色の区別のしにくさ」という点に絞って模擬しているので、2色覚の人が区別する色が少ないことばかりが強調されますが、視覚システム全体としてみると、それぞれメリットとデメリットがあります(これについては後の回で詳しく述べます)。

 ここでは、色というものすごく「当たり前」のことにも、これくらいの違いがありうるのだということを理解していただければと思います。これは、ヒトという生き物の珍しい特徴で、ヒトのヒトらしさにもつながっています。

「光そのものに色はついていない」(ニュートンの指摘)

 では、ヒトの色覚の謎に迫っていきましょう。

 そもそも「色」とはどのようなものなのでしょうか。

 近代科学の父とも呼ばれるアイザック・ニュートンは、著書『光学』(1704年)で「色」についてこんなことを書いています(参考文献【1】)。

 〈正確に言うと、光そのものに色はついていない。光には人間の視覚に様々な色の感覚を引き起こす力と性質があるだけである〉

 18世紀のはじめ頃の著作ですが、示唆に満ちた言葉です。

 色の感覚というのは、視覚の一部と言えます。

 まず光がないと、色もありません(もちろん、光がなくても、色を思い浮かべたりできますが、それはまた別の話として)。

 しかし、「光そのものに色はついていない」とニュートンは言うのです。

 では、どこで「色」が出てくるかというと、それは、わたしたちの感覚器官(眼)と情報処理の仕組み(脳)の中でのことです。

 地球上では様々な生き物が視覚を持っていますが、それぞれの眼と情報処理の仕組みが違うため、同じ光を見ても、色の区別が同じとは限りません(参考文献【2】【3】)。

 例えば、わたしたちには黄一色に見える花の多くは、ミツバチやチョウには、原色レベルでくっきり違う2つの色に分かれて見えているようです。花の表面にヒトには見えない紫外線を反射する部分と反射しない部分があり、ミツバチやチョウはその違いまで感じた上で色の感覚を構成しているからです。特に花の中心部が別の色に見えると、蜜がある場所が分かりやすくなって(蜜標、ハニーガイド、ネクターガイド、などと呼ばれます)、効率的に蜜にたどり着けますし、花にしてみても花粉をたくさん運んでもらえることになります【図1】。

 また、ヒトの目には黒一色に思えるカラスの体にも、やはり紫外線を反射する部分があり、ヒトには分からない模様が描かれているそうです。カラスも紫外線を見ることができるので、その模様で仲間を見分けているという話もあります【図2】。さらに、ヒトの目には雌雄が同じ色に見える鳥139種類(スズメ目)を調べたところ、その9割以上が、鳥の色覚では雌雄が違って見えるものだったという研究もあります(参考文献【4】)。こういった例には、枚挙にいとまがありません。それぞれの見え方は、その生き物のものの見方であって、どれが正しい色、というわけではないのです。

 ニュートンが看破したのは、色は光そのものの属性としてもともとあるわけではなく、個々人や個々の生き物が持っているそれぞれのやり方で光の特徴を整理した上で、頭の中で塗り分けたものだということです。

 だから、その整理の仕方によって、色は違ってきます。ニュートン自身が考えていたメカニズムは、現在分かっていることとはかなり違うのですが、それでも、色が、光の物理的な性質に基づきながらも観察者に依存して決められていることを見抜いた点は非常に鋭いことでした。

ミツバチは、多数派のヒトと同じく「3色覚(3色型)」だが、その感度の分布は全体的に「短波長側」、つまり、紫外線側にずれている。ヒトには黄一色に見える花でも、中心部と外側で、紫外線の反射の度合いが違うものが多く、その場合、ミツバチには2色に分かれて見えることになる。イラストでは花の外側は黄色に、内側は紫色で表現した(実際にこのように見えているわけではなく、ミツバチの見え方をヒトがそのまま体験することはできない)。一方で、ミツバチは、ヒトの大多数が「赤み」として感じるような「長波長側」の光は利用していない(「波長」については後述。【図3】も参照)。

鳥類の多くはヒトが見ている光の範囲に加えて、紫外線も見えており、そこまで含めて色の感覚を作っている。カラスの羽には紫外線を反射する模様があり、仲間同士で相手を見分けるのに用いられているとも言われる。これはヒトの色覚では区別できないので、イラストではヒトに分かる色で表現した。実際にこう見えているわけではなく、「別の色に見えている」ことを示したもの。

可視光線とは?

 それでは、どんな仕組みで色の感覚が作られるのでしょうか。本稿ではヒトの色覚について考えていくことになるので、ヒトの目を例にとって進めます。

 まず「光」とは、空間を伝わるある種の波、電磁波です。日常的な言葉では、その電磁波のうち目で捉えられる範囲を「光」、少し専門的には「可視光線」と言います。

 電磁波というのは本当に幅広く、科学者たちはそれらを「波長」(その波の1周期の長さ)や「周波数」(1秒間に振動する回数)によって区別しています。電磁波の速度は決まっているので、「波長」と「周波数」はどちらかが決まれば、もう片方も決まる関係です。【図3】では、波長ごとに電磁波がどのように呼ばれるかを示しました。

 まず、可視光線が、電磁波のごくごく一部だと印象付けられるのではないでしょうか。ヒトの目には見えない電磁波は、短波長側には紫外線、エックス線、ガンマ線があり、長波長側には赤外線、マイクロ波、電波がつらなります。これらの呼び名は人が便宜的につけたもので、境界も物理的に決まっているわけではありませんが、いずれも本質的には電磁波です。そして、可視光線は、わたしたちにとって、電磁波を感じ取って、視覚で世界を把握するために開かれた窓のようなものです。

電磁波の中で可視光線は、ヒトが視覚的に世界を把握するための「窓」となっている。なお、「光」の範囲は厳密に決まっているわけではない。例えば、紫外線、赤外線は、ヒトにとっては可視光線ではないが、そこまで含めて「光」と呼ぶことも多い(実際、多くの鳥やミツバチなどの昆虫にとっては、紫外線も可視光線だ)。さらに、天文学者や宇宙物理学者は、それぞれの文脈の中で、電磁波をすべてまとめて「光」と呼ぶこともある。物理学的な立場に立てば、「電磁波」と呼ぼうが「光」と呼ぼうが本質は変わらない。

 では、この「光」が、ヒトの目に入り、どのように「色」を感じさせるのか、次回はそのことについて考えます。

写真撮影・画像加工:川端裕人
イラスト:瀬川尚志
図表作成・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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