いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第6回

準備の章【前編】
ヒトの色覚多様性について知っておくべきこと⑤
~原型3色型と派生3色覚~

更新日:2022/09/28

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ヒトの色覚多様性〜原型3色型と派生3色覚

 さて、ヒトの色覚多様性として、これまで生物学で言う3色型と2色型を紹介してきました。でも、実は、典型的な3色型と2色型とは別に、その「中間」とでも言うべき色覚型があることが分かっています。

 それを進化生物学者は、「派生3色型」と呼びます。これに対して、典型的な3色型は「祖先型3色型」です。ただこの用語は進化生物学では普通なのですが、一般の言葉としてはちょっと違和感があります。そこで、色覚進化研究の第一人者である東京大学の河村正二教授は「原型3色型」を提唱しています(参考文献【27】)。

 なぜ原型(祖先型)から派生3色覚ができるかというと、L錐体(すいたい)とM錐体がとても似ていることに一つの原因があります。前回述べた通り、もとをたどればヒトを含む霊長類のM錐体は、L錐体から派生したものです(L錐体から見ると、M錐体は派生型です)。だから遺伝子もそっくりです。そこで、L錐体の遺伝子とM錐体の遺伝子がハイブリッドになって中間の性質を持つようになった、いわばL'錐体遺伝子、M'錐体遺伝子、とでも呼ぶべきものがさらに派生して生じることがあるのです。そして、3錐体の組み合わせで、L'-M-Sや、L-M'-Sなど(他にも組み合わせ様々)となった状態を「派生3色型」と呼んでいます。

 単純に、L'錐体、M'錐体と言っても、そこにも様々な違いがあり、L錐体に近いものからM錐体に近いものまで、かなり連続的な性質の変化が見られます。眼科の検査で「正常」と診断される人の3割から4割は、実は派生3色型だと分かっています。これを図にすると、【図14】のようになります。

ヒトの過半数は原型3色型ですが、3〜4割ほどは派生3色型。そして、数パーセントが2色型です。それぞれ集団によって割合は違います。

そもそも「健康」や「医療」とはなんだろう

 色覚をめぐる生物学的な背景、とりわけヒトの色覚がいかに今のかたちに進化してきたのかを見てきました。

 ここからは、わたしたちの社会で時に切実に感じられる「先天色覚異常」について考えていきます。これまでは生物学的な議論だったのが、ひるがえって、眼科的、時には社会的な議論を意識していきます。

 まず、大きく立ち返ってみましょう。

 医療とはなんでしょうか。わたしたちは何気なく医療サービスを受けていますが、実はかなり文化性が高いものです。まず「健康」な状態とはどのようなものかについて様々な側面があり、国や地域、時代によっても受け止め方は様々です。WHOのような国際機関ではそれを「定義」する必要があるのですが、あくまでざっくりと、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」としています(参考文献【28】)。その上で、様々な面について、多くの議論が積み重ねられてきました(参考文献【29】)。当然、「病気」や「障害」、それに対する「診断」や「医療」についても社会文化的な面が強く、一筋縄にはいきません(参考文献【30】【31】【32】)。

 ですから、「21世紀の日本において」、というふうに時間と場所を限定しても、これはまだ大雑把な問いです。本連載の文脈で、蛮勇もふるいつつ、書き下してみると、こんなふうになるでしょうか。

〈利用可能な科学的な知見に基づいて、社会文化的な背景も考慮した上で、「健康/病気」の区別(診断)を行い、「病気」の人には治療や支援を行う行為。診断行為、治療行為、支援行為には、それぞれ受けた人が、デメリットよりメリットを得る証拠が求められる〉

 診断や治療を受けたクライアント(患者)が、本当に利益を得るのかどうか常に問い直すことは、臨床医学の基本的なコンセンサスだと思われます。特にEBM(科学的な根拠に基づいた医療)の考えが1990年代に勃興してからは、そういった考えが強くなりました。日本の医療もその流れの中にあります。

眼科が言う色覚異常とは

 ところが、先天色覚異常は、治療法がありません。それでも、当人に生活上の困難があって、医師あるいは適切な専門家による指導や支援によって本人がメリットを得るなら、検査にも価値が認められるはずです。

 もっとも、歴史的には、色覚の診断は、先天色覚異常の職業適性がクローズアップされる中で、個人の利益ではなく、社会的ニーズに応えるところから始まっています。例えば、色覚検査の代表格ともいえる日本の「石原表」は、1916(大正5)年、徴兵検査のために開発されました。さらにその後、学校での検査用の簡易版も出版され、「何人もその職業選択前に於いて一度色盲検査を受ける必要がある。小学校の身体検査の時にこれを行えば最も適当である。この検査法は極めて簡易である」(参考文献【33】)として、世界的にも類を見ない学校での全員検査が行われるようになりました(参考文献【34】)。

 その時に作られた診断カテゴリーは今も名前を変えつつ存続しています。眼科で検査を受けて、眼科医から言い渡される診断名がそれです。多様な色覚の中で、眼科の検査で区別できるカテゴリーに名称をつけていると考えてよいでしょう。さきほどの生物学的な概念と対比して図の中に言葉を書き入れましたので確認しつつ読んで下さい(【図15】)。

 眼科の概念では、3色覚を「正常な」3色覚と、「異常3色覚」(旧称、色弱)に分けます。「正常な」3色覚の中には、3〜4割は生物学で言う「派生3色型」が混ざっていることが分かっていますが、それは伝統的な検査では見つからないために「正常」の中に含められています。一方、「派生3色型」の中で、色覚検査で見つかるものは「異常3色覚」とされます。よく「生物学の派生3色型」=「眼科の異常3色覚」だと考える人がいるのですが、そこはかなり食い違っています。もっと言えば、自分は「正常な3色覚(眼科の診断)」だと思っている人の中にも、「派生3色型(生物学の言葉)」はたくさんいます≪注ⅰ≫

 そして、眼科で言う「異常3色覚」と「2色覚」をあわせたものが、先天色覚異常です。診断の上では、「異常3色覚」か「2色覚」なのか、必ずしも境界線があきらかではないので、先天色覚異常の「弱度」「中等度」「強度」というふうに区別することもあります。

 なお、先天色覚異常の頻度は、日本では男性の4.5〜5パーセント、女性の0.15〜0.2パーセントとされてきました。また、女性の10パーセントは、本人が「正常」と診断を受ける人でも、先天色覚異常をもたらす遺伝子を持った「保因者」だとされます。

≪注ⅰ≫ 眼科の研究者は「正常」の中にも混ざっているわずかな違いを見つけようと努力し、「微度色覚異常」「色素色色覚異常」といった独特のカテゴリーを設けて、「先天色覚異常」の範囲を拡げようとしたことがありました。しかし、実質的にそれを「異常」とする意義が薄いからか、あるいは検査が難しいからか、コンセンサスを得た診断名にはなりませんでした。本節で述べている、「眼科の診断では正常に含められる派生3色覚」がそのまま、その時に提案されたカテゴリーと合致するわけではないでしょうが、重なる部分もあるはずです。

1型(P型)と2型(D型)について

 もうひとつ診断上、大切な区別があります。

 2色覚には、先天性のものとしては2種類あると説明しました。つまり、錐体細胞が、SとM(Lを持たない)、あるいは、SとL(Mを持たない)、という2つの種類の2色覚です。

 前者を1型2色覚、後者を2型2色覚と呼びます。数字がつながるために、やや頭が混乱しそうな表現です。

 L錐体とM錐体はその差をとって赤-緑の感覚を作るものなので、1型と2型の2色覚では、両者とも赤-緑方向の色の弁別が難しいことは共通しつつも、見え方が違います。

 この区別は、異常3色覚にもあって、1型異常3色覚(L錐体がL’になっているものなど)、2型異常3色覚(M錐体がM’になっているものなど)という、やはりややこしい名前で呼ばれています。

 さらに1型と2型は、英語ではProtanとDeutan(第1、 第2を意味するギリシア語に由来する)なので、略称として1型と2型の2色覚をP(Protanopia)とD(Deuteranopia)、異常3色覚をPA(ProtAnomaly)とDA(DeuterAnomaly)とすることもあり、これは眼科学研究者や視覚研究者にもよく使われています。このあたりは【表2】を参照してください。

色覚の「正常/異常」をめぐる診断名。眼科の捉え方では、●で示したのは「正常に働いている錐体」で、○は「正常に働いていない錐体」だと説明される。3型3色覚で「?」の部分があるのは、S錐体の変異については、まだよく分かっていないことも多いため。1型と2型のそれぞれ異常3色覚と2色覚、あわせて4つのカテゴリーの頻度が高く、先天色覚異常と言う時には、それらを指すことが多い。

 なお、ここには、頻度は低いものの、やはり確実に存在している「1色覚」(旧称、全色盲)も書き入れておきました。錐体細胞を1種類しか持たない「錐体1色覚」と、錐体細胞を持たず桿体(かんたい)細胞だけの「桿体1色覚」があります。こちらの当事者がどのように世界を見ているかは、また別の探求のテーマです≪注ⅱ≫

≪注ⅱ≫ 1色覚について興味がある方には、脳神経医オリヴァー・サックスが1色覚者が多いミクロネシアのピンゲラップ島を訪ねて描いた『色のない島へ』(ハヤカワ文庫 2015年)をおすすめします。1色覚者が、その特性を生かした夜の漁に強い漁師として敬意を払われる存在であるなど、示唆に富んだエピソードが語られています。

 もっともこういった色覚異常のタイプ分けは、検査によって明確に分からない場合もあり、どれだけ詳しい診断が得られるかどうかは、場合によります。一方で、型の違いによって見え方の体験がかなり違うこともあり、当事者としては自己理解のための鍵ともなりうる情報です。

図表作成・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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