いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第15回

第1章 CUDOの2人に聞く──2色覚はどんな色の世界?③
~当事者が語る「見え方」の問題と、色覚都市伝説について~

更新日:2023/04/12

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■赤や緑の「鮮やかさ」は感じるのか
 さて、ここからは、もう少しざっくばらんに、実感としての「2色覚の見え方」を表現してもらいましょう。

 これまでお話を伺ってきた伊賀さんに加えて、同じくCUDOの副理事である田中陽介さんにも参加してもらいます。

 1型(P型)2色覚の伊賀さんに対して、田中さんは2型(D型)2色覚、つまり、M錐体を持たないタイプです。ただ、伊賀さんははっきり2色覚と診断されるそうですが、田中さんの「2型(D型)」は、診断技術上、厳密に2色覚と「異常3色覚」を判断することが難しいこともあり、同程度なのに「異常3色覚」の強度とされる人もいるようです。

 最初にお二人に聞いてみたかったのは、「鮮やかさ」についてです。

 知識を持たずにシミュレーション画像を見た3色覚の人の中には、先に少し触れたように、「こんな彩りに乏しい世界に住んでいるのは哀れ」みたいな捉え方をする人がいるようです。実際、シミュレーションでは、鮮やかな赤も、鮮やかな緑も、彩度の低い、名前をつけがたいような(茶とも黄土色ともいい難いような)色に置き換えるので、そういう印象を持つ人がいても仕方がないのです。

 では、実際のところはどうなのでしょう。2色覚だという人が、会話の中で「鮮やかな赤」「鮮やかな緑」と話すのを聞いたことがあります。では、「鮮やかな感覚」は実際にあるのでしょうか。

「そのへんは、後天的な感覚だと思います。育っていく中で、こういうもののことを巷では鮮やかっていうんだと学習するんです。だから、違う文化で育つと、鮮やかだと感じるものも違ってくるかもしれません」(田中)

「パーティの雑音の中から知人の声だけを聞き分けるというカクテルパーティ効果みたいなものかなと思っています。なにか関心があるものが目の前にあると、浮き上がって見えてくるじゃないですか。関心があるからいろんなことに気づくし、その中に「鮮やか」という言葉で言語化できるような部分もあって、でも、それが本当に鮮やかなのかは実は誰もわからないです。世間一般でこういうのは鮮やかな赤と言ってるんだからと──多数派に忖度するって僕は言っていますけど──わざとそういう風な言い回しをする傾向もあると思いますね」(伊賀)

 やはり、赤-緑軸の色味は、2色覚の人にとっては、鮮やかさの感覚そのものが薄く、個々人が識別する違いの中で、3色覚の人の色の表現を参考にしつつ、「鮮やか」と言っているというのが、お二人の意見でした。ただし、まったく鮮やかさに差がないわけではないので、わずかな差を拡大して(カクテルパーティ効果?)自分の尺度で「鮮やか」を頭の中に構築している場合もありそうです。

 伊賀さんは多数を占める3色覚側に「忖度する」という表現をしました。これは重要な指摘です。多数派とコミュニケーションする中で、自分たちの見え方とは違っても、そういった語彙を使わざるを得ないことがあるわけです。

 では、赤-緑ではなく、青-黄の方向はどうなのでしょうか。こちらはさきほど(連載第14回)の楕円の色相環で言えば、潰れてしまう短軸ではなく、色と色の距離が保たれた長軸の側の話です。2色覚の人の話の中で、「自分の見え方では黄色がすごく鮮やかに目立つ」という発言を聞いたり、読んだりしたことがあります。これは、2色覚の色世界で、とても鮮やかな色なのでしょうか。

「おっしゃるとおり、僕も黄色はものすごく鮮やかだと思いますね。白黒灰色からの離れ度がすごいっていう感じです。もちろん青側もすごく離れているけど、そこに赤や緑がまざるような色、例えば、紫とか緑みのある青なんかは、彩度は低く感じますね」(伊賀)

「青と黄の鮮やかさは私も同じですね。でも、鮮やかな青だなと思っていたのが、実は赤みが入って紫がかなり強かったみたいなことは普通にあります。また、鮮やかなまっ黄っ黄の黄色だと思っていたら、実は緑みが入っていた、あるいは赤みが入っていたみたいなこともあります」(田中)

 つまり、青-黄の鮮やかさ(白黒灰色の無彩色からの離れ具合)は間違いなく大きいけれど、そこに赤みや緑みがかかわってくるような色になると、3色型の人が感じる色のカテゴリーとは、また別のものになるということです。
■1型(P型)と2型(D型)の見え方の違い
 さらに非常に素朴な疑問ですが、1型(P型)2色覚の伊賀さんと、2型(D型)2色覚の田中さん、お二人がいるところで、ぜひ聞いてみたいことがありました。

 1型(P型)と2型(D型)はどれほど見え方に違いがあるのだろう、ということです。両方ともざっくりと語ると「赤-緑方向の色が近くなる」ことには違いないし、だからこそ、「赤緑色覚異常」という言葉で総称されることがあります。

 もう一度、例のピーマンの画像を見てみましょう。これまでは多数を占める3色覚(C型と表記)と1型(P型)との比較をしてきたわけですが、「色のシミュレータ」では模擬する色覚タイプを簡単に切り替えることができるので、ここに2型(D型)のシミュレーション画像も加えてみました(【写真12】)。さらに、ピンクから赤系の色の花が咲いたチューリップの写真でも同じ操作をしてみます(【写真13】)。


【スマホアプリ「色のシミュレータ」を使った色覚シミュレーション。それぞれ、上から、一般的な3色覚(C型)、1型(P型)、2型(D型)を示していく。1型(P型)、2型(D型)のシミュレーションについては、区別しにくい色の組み合わせをすべて似た色に塗ることでその「区別のしにくさ」を表現したものであり、このように見えているわけではないことは前回述べた通り。

 読者で、一般的な3色覚の人は、これらをどう見るでしょうか。

 たぶん、PとDはとても似ていると感じる人が多いのではないでしょうか。特に緑ピーマンと赤ピーマンは、双方のシミュレーションでいずれも、茶なのか黄土色なのかよくわからない地味な色になっていて、似たり寄ったりだと感じる人が多いのではないかと思います。

 一方、チューリップの方は、少し違いがありますね。2型(D型)では、花と葉がとても似た色になる半面、1型(P型)では花と葉の「色の距離」はやや大きいようです。それでも、全体としては、やはり赤-緑の鮮やかさが消えて、似た印象には違いないと思います。

 では、こういったことは、当事者にはどう見えるのでしょうか。

「多数派のC型とP型、D型のシミュレーション結果を3つ並べて見ると、C型の人にとってはP型とD型が似て見えるのは、そうだと思います。PもDも、Cと比べたら両方とも100ぐらいの違いがあるとしたら、PとDの間は、せいぜい2、3ぐらいの違いのことを言ってるに過ぎないんじゃないかと。でも、僕たちにしてみるとその小さな差が、結構目立つってことは事実ですね」(伊賀)

「実は、私のD型については、厳密なシミュレーション自体が難しいんだなって思ってます。本当にシミュレーションがうまくいっている場合、もとの絵とシミュレーションした絵が同じに見えるわけなんですが、P型の人よりも、D型の方がばらつきますね。それがあるので、D型にとってはどのみち正確なシミュレーションになってないと感じてしまう部分があります」(田中)

 シミュレーションはあくまで、「多数を占める3色覚での色の組み合わせの中で、2色覚の人にとってはどのあたりが区別しにくいか」を表現したものです。だから、1型(P型)の人が2型(D型)のシミュレーションを見た時(あるいはその逆の場合)の見え方がどんな意味を持つのかは、慎重に解釈しなければならないところです。そのうえで、伊賀さんは「結構違う」と感じていて、田中さんは「そもそもシミュレーションは完全にぴたっとくるわけではない」というのでした。

 お二人の色の世界は、やはり別々のものであることは間違いないにしても、それを今、シミュレーションの結果を並べて論じるには無理があるのかもしれません。「現在のシミュレーション全体の平均点は100点満点で70点くらい」と伊賀さんは言っていました。
■焼肉と色覚都市伝説
 ネットなどでよく「強度の色覚異常だとこんなことに困る」と、ある意味、病気自慢のような(病気ではないですが)主張が出回ることがあります。代表的なものとしては、本章の最初で話題にした「焼肉の焼き加減がわからずに困る。食中毒になりかねない」といった説です。それは、どの程度、真実だと考えるべきでしょう。

 それらについて、まず田中さんはこう言いました。

「自分だけではなく他の人に聞いたりしていると、自分なりのテクニックを編み出している人もいれば、そうでない人もいると思います。で、私なんかは、絶対、他の人が手を付けてから手をつけるとか、どちらかというと時間で見ているみたいなところがありますね」

 一方、伊賀さんはこんなふうに説明してくれました。

「僕は、これはいわば色覚都市伝説の一つだと思うんです。要はきちんと教えてもらったことがないのにわかるわけないじゃんって。焼肉の焼き方を研究して学べばわかるのではないかっていうので、過去3回ぐらい色弱者だけで焼肉を食べる焼肉研究会というのをやったことがあるんですが、ちゃんと見れば、焼けたのは分かりますよ」

 たしかにシミュレーション画像で見れば、生肉と焼けたものとの差が小さくてわかりにくい時があるけれど、まったく違いがないわけではないし、そもそも3色覚の人も色だけで見分けるというわけでもないでしょう。色に頼らない「目印」を見つけられれば、それでよいはずです。

「実は、僕たちの焼肉研究会をやる前に参考にした盲人焼肉研究会というのがまずあって、目が見えない人たちだけで焼肉へ行って、それを実に見事に、肉の厚さとか焼ける音とかでタイミングをはかる経験を積んでいたんです。彼らは、完全に焼き上がったところで、ここですって言えるんですね。一緒に参加させてもらったら、言っていることはよく分かります。最初水が飛んでいる音がするよって。それがブチブチになってバチバチになった瞬間にひっくり返して、って。

 それで、僕らも研究して、いろいろな焼肉の表面が、焼いている途中に白っぽく無彩色の方向に行くので、それを目安にすると大抵うまくいくと分かりました。だけどもうハナからあきらめて、聞く耳を持たないで「焼肉はできないんだ」って言う人は、たぶん一生できないままでしょうねって、この前Yahoo!の記事で言ったら、抗議のメールがいっぱい来ました(笑)。

「そんなこと言っても、自分はわからない!」っておっしゃるので、「一緒にやれば多分分かるようになると思います」と返事しましたけどね」

 伊賀さんたちが研究会で見出したのは、色みだけでなく、微妙な明暗や彩度の変化のようです。また、他にも、焼いている途中の音の変化も役立つでしょうし、熱が入ると肉は縮むのでそれもよい目印になるでしょう。

 田中さんのように、時間をかけて慎重に、というのもよい指針でしょう。きっと他にも利用できるサインはあるのではないでしょうか。つまり、様々な変化を見ながら注意深く焼けばいいわけで、「食中毒になる」というのは言い過ぎでしょう。もし困るような局面があるとしたら、3色覚の人を相手にして「焼肉の早食い競争」をしなければならない、みたいな特殊な状況だけかもしれません。

 そもそも考えてみれば、多数を占める3色覚の人たちが肉の焼け具合を「正しく」判断できるのは、どんな状態になると焼き上がっているのか教えてもらうからだということにも思い当たりました。3色覚の人も、生まれてはじめて自分で焼肉を焼いて、最初から焼き加減が分かっているなんて人はいないのではないでしょうか。物心ついた頃に、自然と親などに教えてもらって、いつのまにか当たり前になっているのだと思います。

 でも、色弱者の人はそれが期待できないのが大きな問題かもしれません。例えば、ある男の子が2色覚だとして、一番身近な「2色覚の仲間」は母方の祖父で、男の子の両親はともに3色覚の可能性が高いのです。

 なお、伊賀さんが先のようなことを語った時に、抗議のメールを送ってきたのは当事者です。当事者には、実は工夫の仕方もあるのに「できない」という呪いを自分にかけてしまっていることもあるのかもしれません。
■2色型のサルと3色型のサル
 この話を聞いて、色覚進化研究の第一人者である、東京大学の河村正二さんたちの研究を思い出したので、ここで少しお話ししておきます(参考文献【17】【27】)。

 中南米のサルには、ヒトと同じように、同じグループの中に3色型と2色型が混在しているものがあるそうです。河村さんたちが研究対象にしたのは、そういったサルの一種であるコスタリカのオマキザルの群れです。

 河村さんたちのチームは、サルを一頭一頭見分けた上で、糞を拾ってDNAを抽出して、色覚のタイプを調べました。そのうえで、観察データと突き合わせると、面白いことが分かりました。

 3色型も2色型もそれぞれ得手不得手があって、どちらかが常に優れているというわけではないようなのです。

 まず、2色型は、カモフラージュされた昆虫などを探すのがうまく、少し暗いところだと、3色型の3倍の効率で昆虫を食べたそうです。一方、3色型は、緑の葉の中にある赤や黄の果実を見つけるのがうまく、2色型よりも効率的に果実を食べることができました。

 今年(2023年度)の大学入試・共通テスト「生物」では、河村さんたちの研究の結果をまとめたグラフを見せてその意味を問う出題があり、話題になりました(【図29】図1、図2)。


2023年度共通テスト「生物」より。河村さんたちの研究を元にして作られた図表。暗い場所での昆虫の発見効率は2色型が秀で(明るい場所では違いはない)、赤や黄の果実の発見効率は3色型が優れている(緑色の果実では違いはない)という研究結果を図示している。単純化しているため、論文の図と同じではないが、その本質的な部分を読み取ることができるように表現されている。テストでは、これらから導かれる適切な推論を、提示された選択肢の中から選ばせた。

 もっとも、この研究にはさらに先があります。3色型の方が「赤や黄の果実を見つける」ことが得意だと差がはっきり出るのは、コドモの頃だけで、オトナではその差が縮まることも一緒にわかったのです。全体として差は小さくなるため、14ヶ月もの長きにわたって観察したことで、やっと統計的に有意な違いが見えてきたのだといいます。

 これは、経験が少ない未熟なコドモの頃は差があるけれど、その後、オトナになると、まさに経験の積み重ねによって差が縮まる、という解釈も成り立つと思います。さっきの「焼肉研究会」の話と似ていませんか?

 また、研究チームを率いた河村さんは、こんなふうにも述べました。

「つまるところ、みんな自分のもっている感覚を総動員して生きているわけで、一つの感覚の性能のみで全体を語るのには慎重でなければならないと思っています」

 これも、先の話に通じる部分があります。別に色覚だけ、視覚だけでなく、多くの感覚を総動員して、みんな生きているわけですから。

写真撮影・画像加工:川端裕人
デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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