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工藤律子

時事問題や社会現象、文化、スポーツまで現代の動きを各界の専門家が解説。

「次世代の経済」を築くための欧州の挑戦 「欧州社会的経済会議」にみる最先端の課題

 欧州では、ここ数年、「社会的連帯経済(SSE : Social and Solidarity Economy)」推進の気運が高まっている。簡単に言えば、企業間の競争による利潤の追求とそれを基盤とする経済成長よりも、協同組合や社会的企業などによる、人と(地球)環境を第一に考えた経済を広めようという動きだ。欧州連合(EU)は、1989年から「欧州社会的(連帯)経済会議」を開き、SSE普及の道筋を模索してきた。この会議は、半年ごとに代わるEU議長国が主催するもので、2023年11月には、議長国のスペインがバスク州サン・セバスティアンで開催した。


欧州社会的経済会議のオープニングセッションの参加者たち。中央(オレンジ色のネクタイ)が、欧州委員会の仕事・社会的権利担当委員ニコラス・シュミット。撮影:篠田有史

 サン・セバスティアンのあるバスク州ギプスコア県は、世界的に知られる協同組合連合体「モンドラゴン・コーポレーション(以下、モンドラゴン)」の本拠地。現在、県内の雇用の10%以上、工業部門に限れば20%以上をSSEの従事者が占める。欧州でも特にSSEが盛んな地域だ。今回の会議には、欧州19カ国からSSE関係の行政担当者や事業組織関係者、研究者ら500人以上が集まった。

欧州におけるSSEの重要性

 欧州では、なぜ30年以上も前からSSEについて議論されてきたのか。今回の会議を運営したスペインのSSE関係組織の1つ、「社会的経済スペイン企業連合(CEPES)」の国際関係担当カルロス・ロサーノによれば、その源流は1901年にフランスで生まれた「アソシエーション法」にある。この法律は、個人の自由意思で、2名以上が「利益分配以外の目的」のために知識や活動を共有する組織を設立・運営し、その活動への共感者が参加もしくは寄付することに法的根拠を与えた。それ以降、スポーツや娯楽、福祉、芸術など、様々な分野で非営利活動を行う組織が設立されていく。そこに協同組合や共済組合などが加わり、「社会的経済」という概念が誕生したと言う。欧州では、この言葉がSSEを指す言葉として多用されている。【注】
 SSEが欧州で発展してきたのは、「その理念が、EUの基盤である"連帯・民主主義・公平な競争"という原則にとって、とても重要だから」と、ロサーノは指摘する。さらに2021年12月には、EUの欧州委員会が、社会的経済に関するアクションプラン(起業への投資や税の優遇措置、SSEに関する研究や研修など、60以上の措置)を作成。SSE推進が加速した。それは、パンデミックの経験や気候危機の深刻な現実を前に、既存の資本主義経済システムでは「誰も取り残さない」持続可能な社会を実現するのは不可能だと、官民を問わず、誰もが実感したからだ。


欧州における社会的連帯経済の意義を話す「社会的経済スペイン企業連合」理事長で、EUの社会的経済推進グループ「ソーシャル・エコノミー・ヨーロッパ」代表も務めるフアン・アントニオ・ペドレーニョ(左から3人目)と、ベルギー・ワロン地域副首相クリスティ・モレイアレ(左端)、「モンドラゴン・コーペレーション」理事長イニゴ・ウシン(左から2人目)。右端は手話通訳。撮影:篠田有史

多様な欧州の協同的発展

 ところで「欧州のSSE」と言っても、その姿は多様だ。CEPESのロサーノは、次のように説明する。
 例えばフランス、スペイン、ポルトガル、イタリアといったラテン諸国やベルギー、スウェーデンでは、SSE関連がGDPの9~10%を占めているが、2%以下という国もある。また、スペインではSSEの中心は協同組合だが、旧ソ連圏の東欧で協同組合と言えば「国家主導」や「共産主義」をイメージする人が多く、SSEの事業は社会的企業が中心に担っている。
 一方、ドイツやデンマーク、オランダ、オーストリアなどでは、SSEの事業組織がそれぞれ別々に進化、発展してきたため、「SSE」や「協同組合」といった言葉自体が比較的新しいものとして捉えられている。これらの国では、SSEが経済的側面から議論されてきたのに対し、フランスやスペインなどのラテン諸国では、市民の権利保障や雇用創出の側面から推進されてきた。そうした発展の違いが、各国の法律や政策の違いを生んでいる。
 欧州が地域全体としてSSEを推進するには、違いを認め合ったうえで協同で発展していくための政策をとらなければならない。ロサーノは言う。
「私たちは、今、各国の事情に合わせて、助言や事業者訓練、ワークショップなどを提供し、事業組織立ち上げの支援をして、共にSSE普及の環境を築いているのです」
 欧州のSSE発展のための協同は、政治的イデオロギーも超えた形で進む。EU内にはSSE推進のための超党派グループがあり、反欧州主義の2政党を除く6つの政党が、右派から左派まで協同で働く。
「SSEで働く人が多様なのと同様に、それを推進する人も多様。SSEは皆の幸せのために必要だからです」(ロサーノ)


欧州の社会的連帯経済の全体像を語る「社会的経済スペイン企業連合(CEPES)」のカルロス・ロサーノ。撮影:篠田有史

「次世代の経済」を創る

 2022年6月には、経済協力開発機構(OECD)がSSEに関する勧告文を発表し、続いて国際労働機関(ILO)がSSE推進を決議、2023年4月には国連総会もSSE推進決議案を採択した。こうした世界的な流れの中で開催された今回のサン・セバスティアンでの会議では、国や立場に関係なく、次の2点が強調された。

  ・世界を脅かす分断と貧困、気候危機、民主主義の危機を乗り越えるには、「人」と「(地球)環境」を中心に据えたSSEが不可欠。
  ・SSEを推進するためには、何より国や立場を超えた「連帯」が重要。

 会議初日に登場した欧州委員会の仕事・社会的権利担当委員のニコラス・シュミットは、真剣な眼差しでこう述べた。
「欧州の民主主義に不安を感じる日が来るとは思いもしませんでしたが、今それは危機的状況にあります。社会から取り残されている人々の状況を改善し、民主的な欧州を築くには、社会的経済を広めなければ」
 EUは、SSE推進を通して、欧州内の地域格差を解消したいと考えている。
 さらにそのために、パンデミックからの復興だけでなく、その先の「持続可能な社会」の実現に向けて掲げたのが、予算8069億ユーロ(約130兆円)の「次世代のEU(Next Generation EU)」計画だ。「誰もが暮らしやすい、よりグリーンで、デジタルで、健康的で、逞しい、平等な欧州を築く」というこの計画において、SSEは大切な役割を担う。
 欧州の重要課題であるエネルギー、住宅、食料価格、移民・難民問題への対応策として、市民参加による再生可能エネルギーの拡大、社会的住宅の普及、食料の地産地消、移民・難民の雇用創出など、SSEを通してできることは多い。
 EUでは現在、雇用の約10%、GDPの約8%をSSE関連事業が担う。そこでは約1400万人の労働者が働いており、これを「2030年までに2200万人に」と、CEPES理事長のフアン・アントニオ・ペドレーニョは、呼びかける。
「SSEは、より多くの人に、より多くの場所で、よりよい雇用を提供するための中心的アクターにならなければ」
 また、SSEが次世代の経済の主役となるために欠かせない要素として、スペイン労働・社会的経済省長官のホアキン・ペレスが挙げたのは、「SSEが普及しやすい政治環境を創ること」だ。政府は従来、大企業との間でのみ政策協議を行ってきたが、そこにSSEの代表を迎え入れ、SSEの理念と活動様式を政策に反映することで、企業全体の経営もより民主的なものに変えていこうと提案する。
 このようにEUは、欧州全体として、SSEを推進することで未来のために連帯し、次世代の経済を創ろうとしている。その目的達成の鍵を握る要素として、今回の会議で取り上げられたのが、若者・女性・資金だ。


スペイン政府の組閣時期と重なり、出席が叶わなかったヨランダ・ディアス大臣に代わり、国の政策として社会的経済を推進することの重要性を訴えるスペイン労働・社会的経済省長官ホアキン・ペレス。撮影:篠田有史

未来への鍵1 若者

 OECDの社会的経済・イノベーションユニット代表のアントネッラ・ノヤによれば、欧州の若者の45%は、大学を出たら起業したいと考えているが、実行するのは5%だと言う。資金準備の困難さや法的手続きの複雑さのために、諦める者が多いからだ。そんな彼らがSSEの枠組みにおいて起業できるよう、EUと各国は、SSE事業組織のための融資や設立支援の組織を創り、若者がより自由に持続可能な未来のための起業に挑戦できる環境を整える必要があると考えている。
 それと同時に、SSEの魅力をもっと若者にアピールすべきだと、スペインの労働者協同組合「ユース・タセバエス(Youth TAZEBAEZ)」のアナ・アギーレは主張する。
「例えば協同組合は、社会問題を解決する、人間的で民主的かつ世代間交流の豊かな職場ですが、若い人たちは自分たちには向いていないという先入観を抱いています」
 それを変えるために、アギーレたちは「トラベリング・ユニバーシティ」というプロジェクトを通じて、世界各地の大学を巡り、若者に労働者協同組合による起業の魅力とノウハウを伝えている。
 従来は若者と縁遠いと考えられてきた農業関係の協同組合も、これからは若者の活躍の場になると話す事業者もいる。6年前、当時25歳でスペイン西部の農産物生産者協同組合「ヘルテ渓谷協同組合グループ(15の小さな協同組合の集まり)」の経営責任者となったモニカ・ティエルノは、若者こそ農業分野にやりがいのある仕事を見つけられると語る。
「例えば、私たちの協同組合のような小農家の集まりでは、技術革新やマーケティングに力を入れてこそ、皆の生活が安定します。それを可能にするのは(技術や経営などを学んだ)私たち若者です」
 アギーレとティエルノは共に、SSE関係の集まりには必ず若者の参加を促し、SSEの事業現場にも若者を招いてその魅力を直に感じてもらうことが、変革を起こすために欠かせないと訴えた。


「ヘルテ渓谷協同組合グループ」経営責任者モニカ・ティエルノは、「未来のためには、誰もが地元の生産者が作るものを食べて暮らせることが大事」と語る。撮影:篠田有史

未来への鍵2 女性

 スペインの「オルタナティブ連帯経済ネットワーク(REAS)」の調査によると、スペインのSSEで働く者の64%は、女性だ。一般企業では40%前後なので、その割合は高いと言える。ほかのEU主要国でも同じような傾向が見られるようだ。だが、リーダーを担う女性が少ないのが課題だと、今回の会議に参加したSSE関係の女性研究者や事業者らは口をそろえた。欧州社会にはまだ男性優位の価値観が根強いのが、原因だと言う。
 そんな現状を変えるべく、会議ではSSEの事業組織で女性を対象とする職業訓練や起業支援を行うことや、現場で活躍している女性たちがその魅力をアピールする機会を作ること、SSE関係の会議には必ず様々なジェンダーの参加者を集めることなどが提案された。
「大陸間SSE推進ネットワーク(RIPESS)」事務局長のサンドラ・モレーノは、SSEにおけるあらゆるジェンダー間の連帯を生むリーダーシップを、女性が率先して担おうと呼びかけた。
「家事労働を含む、資本主義経済の中で『インフォーマル経済』の一部と見なされている労働を『フォーマル経済』に引き入れるために、女性ができることは多々あります」
 すべての労働者の尊厳が守られる経済を築くために、女性たちの活躍の場が増えることが期待されている。

未来への鍵3 資金

 会議参加者の間では、SSEが安定した発展を遂げるには、柔軟な資金調達の仕組みが必要であることが確認された。SSEも「経済」である以上、十分な資金確保が不可欠ということだ。EUは、SSE推進のための独自資金を、将来EU加盟が期待される国々のためにも使っている。
 また、SSEが浸透している国から東欧諸国のようにまだこれからという国のSSE関連事業への資金提供や、SSE事業組織間での資金協力制度、SSE事業組織への国の補助金や優遇税制の適用なども、議論された。将来は、「必要な資金は自ら生み出す」SSE事業組織になることが、望まれている。
 SSEの事業組織として資金的に成功しているのが、先述のモンドラゴンだ。モンドラゴンは、連合体を構成する81の協同組合それぞれの組織内、協同組合間、そして地域社会との間での連帯を軸に、工業分野を中心に発展してきた。現在、約8万人が働き(内76%が組合員)、世界37カ国に104の工場を持ち150カ国以上で販売するという、世界的な競争力を誇る。その事業資金は、収益や組合員の出資金、協同組合間の資金融通など、90%が連合体内で賄われている。公的補助金・助成金などの外部からの資金は、10%以下だ。
「規模の大きい事業体にしたのは、社会を変えるインパクトを持つため」というモンドラゴンは、行政とも積極的に連携し、地域社会を支えてきた。それができるのは、財政的に自立しているからだろう。欧州のSSE全体も、財政的な自立と安定を得て、自らの理想に基づき社会を変えていく力を持つことを目指している。

最大の課題は「きちんと知ってもらうこと」

 サン・セバスティアンの会議閉会後には、第2回「欧州社会的経済賞」の授賞式が行われた。社会革新、人材スキルアップ、環境活動、デジタル化など、SSEとして力を入れている分野で欧州の先端をいく個人・事業組織に贈られる賞だ。「自治体と市民が出資する協同組合が風力発電所を運営し、貧困層に安い電気を届ける」「障がい者がデジタル技術を身につけて自ら仕事を生み出す」など、様々な事業の受賞者が並ぶ中、特に目を引いたのは、「AIを駆使して、遠隔操作で災害現場や紛争地での遺体身元確認を行う」労働者協同組合だ。若い先端技術者たちが「平等で社会的意義のある職場」として労働者協同組合を選択し働く姿は、まさに「次世代の経済」だと言える。


第2回「欧州社会的経済賞」の授賞式にビデオメッセージを送る、スペイン政府第二副首相兼労働・社会的経済相のヨランダ・ディアス。撮影:篠田有史

 ただ今回の会議では、SSE最大の課題として、「可視化」が挙げられた。その存在や中身を、もっと「きちんと知ってもらうこと」が必要だと言う。そのため、次の目標が掲げられた。

  ・高等教育でSSEコースを増やし、義務教育においても、公立・私立を問わず、SSEに触れる機会を創る。
  ・自治体やSSE独自のメディア主導で、SSEの情報を社会に広める。
  ・SSEが社会にもたらすメリットを研究し、具体的なデータで示すことで、EUや各国政府を動かす。

 例えばスペインでは、CEPESが、SSEが雇用と社会的包摂を生むと証明するデータを示したことで政府を動かし、現在欧州唯一の「社会的経済省」が創設された。CEPESのロサーノはこう強調する。
「SSEを広めるには、そこに関わる当事者が、自分たちの事業の内容とメリットを人々や行政に説明し、『支援があれば、もっとこんなことが実現できる』と具体的に伝えることが、最も大切です」

 SSEの先進地域だと言える欧州。だが、まだその認知度は低いと、当事者たちは感じている。だからこそ、国際機関も巻き込み、その推進に一致団結して取り組む。そこに欧州の、そして人と地球の未来がかかっているからだ。

【注】
ロサーノは、「(社会的経済は)基本的に意味することはSSEと同じ」だとしつつも、連帯という言葉にはより政治的な社会変革を目指す意思が含まれているため、SSEが環境・社会運動と深くつながっているラテンアメリカでは、むしろ「連帯経済」という表現が主流なのだと説明する。国際機関はSSEという表現を採用している。

工藤律子(ジャーナリスト)

著者プロフィール

工藤律子 (くどう りつこ)

ジャーナリスト
1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に「仲間と誇りと夢と」(JULA出版局)、「ストリートチルドレン」(岩波ジュニア新書)、「マラス 暴力に支配される少年たち」(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、「マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々」(岩波書店)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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