いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第4回

準備の章【前編】
ヒトの色覚多様性について知っておくべきこと③
~少数派である2色覚の仕組み~

更新日:2022/08/24

 前回は、ヒトの多数派が持っている3色覚の仕組みについて説明しました。3種類の光センサー(L、M、Sの3錐体(すいたい))を持っていて、その応答の差から色の感覚を作っている、というのが骨子でした。今回は、少数派の中でも、際立った存在である「2色覚」について、その仕組みと、3色覚との違いを簡単に見ます。

 2色覚は、ある意味で「典型的な色覚多様性の例」として扱われていて、例えば、連載第2回で紹介した「赤と緑のピーマンが区別しにくくなる」画像(【写真1】【写真2】)も、2色覚を模擬したものでした。ああいった画像が何を意味していて、「実際にどのように色が見えるのか」というのは、後で詳しく考えるテーマです。今回は、仕組みを理解していただければと思います。また、3色覚と2色覚が、視覚システムとしては、単純に優劣があるわけではなく、それぞれ有利な点と不利な点があることにも触れます。

2錐体で色を作る2色覚のヒト

 3錐体が揃った3色覚に対して、2錐体だけを持つのが2色覚です。

 L、M、Sの3錐体のうち、「M錐体かS錐体のみ(L錐体を持たない)」、あるいは、「L錐体かS錐体のみ(M錐体を持たない)」のタイプが、ヒトの集団には常に混ざっています。理論上は、「L錐体とM錐体のみ(S錐体を持たない)」のタイプがいてもよさそうですが、先天性としてはめったに見られません。

 それぞれのタイプの網膜上の錐体の分布を図としてみると、このようになります。個々人によってこの分布はかなり違うのですが、模式的な例として提示します【図11】(参考文献【8】)。

(a)は、連載第3回【図5】でも示した、ヒトの3色覚の、網膜上での錐体細胞の分布例。(b)は、(a)のM錐体をL錐体に置き換えて、LとSの2錐体のみの状態にしたもの。2型(D型)2色覚に相当。(c)(a)のL錐体をM錐体に置き換えて、MとSの2錐体のみの状態にしたもの。1型(P型)2色覚に相当。

 3色覚では、S錐体がまばらである中で、L錐体とM錐体がある程度のまとまりを作りつつ不規則に分布していました。一方、2色覚では、S錐体はまばらなまま、それ以外は「L錐体のみ」か「M錐体のみ」になるので、つまり、L錐体かM錐体のどちらかのみが網膜上に稠密に配置されることになります。

3色覚と2色覚は違う設計コンセプト

 工学的な知識がある人は、これを見て、3色覚と2色覚では設計のコンセプトが違うと感じるのではないでしょうか。

 まず3色覚は、M錐体とL錐体の応答の差から赤-緑の感覚を形作ると連載第3回で説明しました。

 一方、2色覚では、M錐体とL錐体のどちらかしか持っていないわけですから、それらの差から色の感覚を作ることはできません。M錐体同士か、L錐体同士か、同じ種類の光センサーで、隣り合うものの間に応答の差があるとしたら、それは色のもとになる情報ではなく、むしろ、見ているものの輪郭や明暗差、コントラストにかかわる情報だということになります。

 だから、2色覚の人は、赤-緑の感覚を持たなかったり、薄かったりする半面、空間分解能(視力)や、コントラストの検出が、メカニズム的に優れているという説があり、実際にそのような2色覚の人が多いという研究もあります(参考文献【9】【10】【11】)。また、暗いところで見えやすいようだというエピソードを、ぼくは当事者からよく聞くのですが、それも実際に研究で確かめられています(参考文献【12】)。

 もちろん、3色覚の見え方を基準にした色の世界では、2色覚の人は「色を混同する」ことになるため、不利です。そもそも、わたしたちが日常用語で「色」と言う時、それは「ヒトの3色覚で見た時の色」であることが前提になっています。2色覚の色世界は、違うコンセプトの視覚システムに基づいているので、不利になるのは当然のことです。

3色覚の色世界でも、2色覚有利な場面がある研究

 ただ、3色覚の色を基準にした世界でも、2色覚が常に不利かというとそういうこともないようです。

 まず、色のカモフラージュにひっかかりにくいことはかなり前から知られていて、実験的に示した論文がいくつもあります(参考文献【13】【14】)。

 さらに、最近の研究では、赤みを帯びた背景、あるいは緑みを帯びた背景の中で、青-黄の色味の違いをもとに何かを探索する場合、 2色覚の方が素早く見つけられる局面があるという結果が出ています。3色覚は色にまつわる情報を多く受け取るわけですが、それはノイズが増えることも意味していて、探索タスクにおいて不利になる場合もあるわけです(参考文献【15】)。

 なぜこんなことを強調したかというと、古くから色覚の診断をしている医師の中には、眼科的には強度の先天色覚異常である2色覚について、「色にかかわることで、「正常」の人より優れている部分は何もない」とおっしゃる方がいて、さすがにそれは言いすぎだし、フェアでもないだろうと思うからです。わたしたちは、有限のリソースを使って視覚を形作っているので、かなりの部分がトレードオフ(何かに秀でようとすると、別の部分を犠牲にすること)になるのです。

男性の2%、人口の1%

 では、2色覚の人は、わたしたちの中にどれくらいいるのでしょうか。

 今の眼科の診断では、2色覚は、「先天色覚異常」とされます(本連載では、「異常」ではなく、わたしたちの集団が持っている正統な多様性の一部と捉えます)。そして、眼科が診断する「先天色覚異常」は、日本の場合、男性の4.5%から5%、女性の0.15%から0.2%程度と言われます。しかし、これらの中には、多数派の3色覚と2色覚の間の「中間型」も含まれるので、すべてが2色覚というわけではありません。

 20世紀に行われていた小学校での全員検査の結果をまとめた報告では、「先天色覚異常」と診断される人の中で、2色覚は、さらにその3-4割くらいだとされています(参考文献【16】)。そこで、日本の人口を1億2000万人としてざっと計算すると、だいたい100万人規模の2色覚者が、わたしたちの社会には常にいて、3色覚の人と共存しているのです。

イラスト:瀬川尚志
図表作成・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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