いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第3回

準備の章【前編】
ヒトの色覚多様性について知っておくべきこと②
~ヒトの多数派、3色覚はどんなふうに色を構成するのか~

更新日:2022/08/10

 前回に引き続いて、ヒトの色覚の仕組みについてお話しします。今回は、網膜上にある光センサー、錐体(すいたい)細胞への刺激が、いかにして色の感覚につながっていくか、多数派の3色覚の場合をざっくり説明します。

色にかかわる光センサー、錐体細胞

 さて、目に入った光は、レンズである水晶体を通って、目の奥の網膜に達します。網膜には様々な種類の光センサーが敷き詰められていて、それらが興奮することで光を感じることができます。
 わたしたちが使っている光センサーは、大きく分けると桿体(かんたい)細胞と錐体細胞の2種類です。前者は暗いところで働くもので、色の感覚と基本的には関係ありません(関係する場合もありますが、ここでは触れません)【図4】。

目の断面図。目の奥には網膜があり、光を感じる「視細胞(錐体細胞、桿体細胞)」がたくさん分布する。そのうちの「錐体細胞」の応答が色の感覚のもとになる。なお、ヒトの目は、入ってきた光が視細胞に到達する手前の位置に、神経節細胞などが配置されており、視細胞が影になるのではないかと心配になるが、特に不都合はないらしい。

 一方で、錐体細胞は、明るいところで働くもので、さらに細かく何種類かに分かれます。ヒトの場合、それが3種類あります。それぞれ、感じる光の特徴から、L錐体、M錐体、S錐体と呼ばれています。専門的な言い方をするなら、波長が長い(Long、別の言い方としては「周波数が低い」)光、中くらい(Middle/Medium)の光、短い(Short、別の言い方としては「周波数が高い」)光にそれぞれ応答する錐体、という意味です。

「波長」「周波数」については、連載第2回の「可視光線」の説明の中で一度出てきましたが、物理学の用語なので、少しとっつきにくいかもしれません。そんな場合、空気中を伝わる波である音波で考えてみるといいかもしれません。波長が長い(周波数が低い)音波は、わたしたちには低い音に聞こえ、波長が短い(周波数が高い)音波は高い音に聞こえます。また、異なる波長(周波数)の音波が組み合わさると、和音に聞こえたり、不協和音に聞こえたり、ホワイトノイズになったりします。

 聴覚は視覚とかなり仕組みが違うので直接対比することはできませんが、「波」が持っている「波長」「周波数」という特徴をどんなふうに感じうるのか、一つの例を提供してくれていることは事実です。そして、色の見え方も、「波長」「周波数」(とその分布)への感じ方の一つの例なのです。

3錐体の分布

【図5】を見て下さい。これはヒトの網膜上の3種類の錐体細胞の分布例をイラストにしたものです。まずS錐体がまばらなことに気づくかと思います。これはヒトが共有する特徴です。また、L錐体とM錐体が、ある程度のまとまりを持ちつつ不規則に分布しているのも分かりますね。デジタルカメラの光センサーのように規則正しく並んでいるわけではないようです(参考文献【5】)。

ヒトの3色覚の、網膜上での錐体細胞(L、M、S)の分布を例示したもの。まず、S錐体の数が少ないことに気づく。L錐体とM錐体は、ある程度のまとまりを作りつつ不規則に並んでいる。実際には個人差が大きく、L錐体とM錐体の数の比率が10倍以上違う人もいる。

3錐体は赤、緑、青に対応するわけではない

 ところで、L、M、Sの3錐体は、赤錐体、緑錐体、青錐体と呼ばれることがあります。この図でも、L錐体を赤、M錐体を緑、S錐体を青で表現しました。

 デジカメなどの撮像素子もRGBで、まさに赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)なので、網膜上の光センサーである錐体細胞も似たものだと考えると分かりやすく、3種類の錐体をRGBに例える説明はよく使われます。しかし、実はちょっと誤解のもとにもなっています。

 L、M、Sの3錐体は、直接、色に対応するわけではありません。例えば、L錐体が一番強く応答する光は、多数派のヒトにとって赤く見える光ではなく、黄緑に見える光です。また、S錐体の場合は青というよりも藍色に見える光に応答のピークがあります【図6】(参考文献【6】)。

 そもそもグラフの下につけた色のスケール自体、光そのものが持っている属性ではなく、多数派のヒトの目にはそう見えるという意味のものである点は気をつけて下さい(連載第2回参照)。

3錐体(S、M、L)の波長ごとの感度分布。横軸は波長(単位:ナノメートル〔nm〕)。L錐体とM錐体が非常に似ているのに対し、S錐体が応答する範囲が大きく違っている。また、L錐体がもっとも強く応答するのは、3色覚のヒトの目には赤ではなくて黄緑色に見える光である。S錐体も、青ではなく藍に見える光にピークを持つ。
なお、グラフの下につけた「色のスケール」は、あくまで多数派の3色覚にとってそう見えることを念頭に置いたもので、光そのものに色がついているというふうには理解すべきではない。例えば、ある個人にとって「青に見える光」は存在するが、「青い光」は客観的には存在しない。あくまで便宜上の表現だと、本連載では意識したい。

 さらに、ヒトを被験者にした実験でも、例えば、L錐体への刺激がそのまま赤の感覚につながるわけではないと示されています。今の技術では、被験者の網膜上の錐体細胞一つ一つにピンポイントで刺激を与えることができるのですが、その技術を使って一つのL錐体のみを刺激したところ、被験者が感じる色は、多い順に白、赤、緑と様々だったそうです。単体の錐体細胞を刺激しても、理屈の上で想定される色を感じるわけではないというのは、実に不思議で興味をそそられます(参考文献【7】)。

「赤み」と「緑み」をつくる

 では、3錐体の応答は、どんなふうにして色の感覚につながっているのでしょうか。網膜上で起きていることはかなり詳しく分かっています。

 まず、赤-緑の感覚がどのようにできるかを説明します。網膜上では、近くにあるL錐体とM錐体の応答の差がすぐに計算されます( L-M という引き算です。L錐体からは興奮性、M錐体からは抑制性の信号を受け取るので、 L-M と表記されています)。そして、それが脳に送られて赤-緑の感覚のもとになっているとされます。つまり、Lの応答がMの応答よりも大きければ、赤みを感じ、逆だと緑みを感じるということです【図7】。

L錐体とM錐体の応答の差から、赤-緑の感覚が生まれる。これによって、森の中で住んでいた霊長類の祖先が、森の木の葉の中で果物を見つけやすいようになったと言われている。

 ただこの際、自然界の光にあらかじめ赤や緑の色がついているわけでないことは意識しておきたいことです。むしろ順番は逆で、網膜が受けた光に由来する信号を、こういった神経回路の働きで整理し、脳でカテゴライズしたものを、わたしたちは赤や緑と呼んでいるのです。森に住んでいたわたしたちの祖先の霊長類にとって、この感覚は、木々の葉の中で熟した果物を見つけるのに便利だったために、生存上有利で、定着したと言われています。

「青み」と「黄み」をつくる

 一方、S錐体と「周囲のL錐体やM錐体」の興奮の差も計算されます( S-(L+М) と表記されます)。そして、これも脳に送られ青-黄の感覚のもとになります【図8】。

 これも、なぜ、こういった計算をした結果が、青や黄の感覚につながるのか、というのはもっともな疑問です。ただ、前述の赤-緑と同じように、むしろ、様々な光の特徴をこのように整理した結果を、わたしたちは青、黄と呼んでいるというのが、実際に起きていることです。この感覚は、赤-緑の感覚よりも前からあるもので、目に入った光の可視光線の範囲で、短波長成分が多い場合(S錐体が強く応答)に青みを感じ、中波長・長波長成分が多い場合(L錐体、M錐体が強く応答)には黄みを感じるというふうな対応があると考えてよいでしょう。

S錐体と、「L錐体とM錐体」の応答の差から、青-黄の色の感覚が得られる。連載第4回で触れるが、L錐体とM錐体は、進化の歴史の中でもともと同じものだったので(M錐体はL錐体から派生した)、かつてこの回路は、S錐体とL錐体の応答の差を取るものだった。今、ヒトの3色覚では、L錐体とM錐体が別のものであるため、説明が少しややこしいことになっているが、目に入った光に「短波長成分が多いか」「中波長・長波長成分が多いか」を比較することが、青-黄の色の感覚のもとになっていると考えるとよい。

色が「輪っか」になる訳

 そして、赤-緑、青-黄の色のセットが手に入れば、そこから自然に他の色も出てきます。みなさんは、美術の授業で「色相環」を学んだことがあると思います。そこで「色の輪っか」の中で相対する位置にある赤-緑、青-黄が補色の関係にあると覚えている人も多いはずです。【図9】に掲げたのは、19世紀の生理学者、ヘリングが作った色相環です。ヘリングは赤-緑、青-黄の2組の「反対色」を想定して、それらから他の色相が導かれる様を環状に表現しました。

ヘリングの色相環。19世紀から20世紀初頭の色覚をめぐる研究では、ヒトがどのように色の感覚を得ているのか、「3色説」と「反対色説(4色説)」が争っており、ヘリングは「赤-緑」「青-黄」の4色を重視する後者の論者だった。これらは、一見、両立不可能だが、20世紀になってからの研究で、ヒトが色の感覚を作るために使っている錐体細胞が3種類という点では3色説に親和的だが、その後の処理は反対色説に親和的で、「いずれも正しかった」ことが分かり、「段階説」として統合された。

 こういった表現ができる背景には、先に説明したような、3錐体の応答の差を取って、赤-緑、青-黄の感覚のもとにする、ヒトの色覚のメカニズムがあったわけです。このことをはじめて知った時、ぼくは素直に感動しました(もっとも、ここで説明した網膜上での信号処理の後に、脳ではさらに様々な処理がなされるので、あくまでざっくりとした議論としては、という話です)。

明暗の感覚をつくる

 最後に、網膜上での信号処理で、もう一つの回路があることを紹介しておきます。網膜上で数が多いL錐体とM錐体の応答を足し合わせて脳に送るルート(L+M)で、これは色相ではなく、明暗の感覚のもとになっています【図10】。

L錐体とM錐体の応答を足し合わせたものから、明暗の感覚が生まれる。これも、広い意味で色の感覚の一部を形作っている。

 色相の違いには影響を与えませんが、わたしたちは、例えば「明るい黄」と「暗い黄」、「明るい青」と「暗い青」などを、同じ色相でも別の色として意識することが多いので、そういった意味ではこれも「色」にかかわる回路と言えます。

 以上、多数派である3色覚について説明しました。「必要最小限」とはいえ、すこし込み入った話にならざるをえませんでした。

 次回は、いよいよ少数派の色覚の色の見え方について考えます。

イラスト:瀬川尚志
図表作成・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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