いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第7回

準備の章【前編】
ヒトの色覚多様性について知っておくべきこと⑥
~2010年代以降の新検査で「多様で連続的」だとわかる~

更新日:2022/10/12

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2010年代以降の新検査で「多様で連続的」だとわかる

 ヒトの色覚多様性の理解について、2010年代以降に新展開がありました。世界各国で、コンピュータの画面を使った新しい検査方法が開発され、実際に運用され始めたのがきっかけです。

 アメリカ空軍が開発してすでに空軍パイロットの選抜に使われているCCT(Cone Contrast Test) と、イギリスの民間航空局が開発してイギリス、EU諸国、オーストラリアなどで民間航空パイロットなどの選抜に使われているCAD(Colour Assessment and Diagnosis)などがあるのですが、ここでは後者を紹介します。

 CAD検査は、コンピュータのスクリーンに提示した刺激を使って、「色の弁別の閾値」を評価するものです。正確なことは色覚についての理論から説き起こす必要があるので、ここでは「どれだけ微妙な色の違いを見分けられるかを見ている」というざっくりとした理解でかまいません。

CADでは、様々な明るさに変動するグレーを背景に、色のついた正方形が移動する画像が提示される。被験者は、移動の方向を回答する。

 その「閾値」を赤-緑、青-黄の2つの方向で評価します。赤-緑方向の色の感覚は、まさにL錐体とM錐体の応答差から生まれるので、その「閾値」は先天色覚異常の本質的な部分にかかわるものです。一方で、青-黄方向の「閾値」は、先天的にはあまり大きなばらつきはなく、後天的な病気などで影響が出てくる部分です。

 さて、【図17】は、イギリス民間航空局が、CAD検査を実用化するために委託した研究で明らかになったヒトの色覚の多様性です。従来検査で、色覚「正常」な330人と「異常」な401人、あわせて731人を調べました(参考文献【35】)。

CAD検査を受けた731人の検査結果の分布。横軸が赤-緑の弁別にかかわるもので、右に行くほど「色覚異常」の度合いが高い。縦軸は青-黄の弁別にかかわるもので、こちらは横軸ほどの大きなばらつきはない。黒で示されているものは「正常色覚」だが、ここでは日本で通常行われる色覚検査よりもかなり厳しい条件で見たもの。実際には、日本の検査で「正常」とされうる範囲は数倍から10倍ほど広い(詳しくは後述)。

 横軸に注目してください。一つ一つのドットが個人のデータを示していて、横軸の値は、赤-緑方向の閾値です。横軸の値が小さいほど(図の左方向に行くほど)、細かな色の違いを認識できて、横軸の値が大きいほど(図の右方向に行くほど)、大きく色味を変えないと色の違いとして認識できません。左側に近いものが旧来の検査では「正常」とされて、右側に行くほうが「色覚異常」とされる程度が高くなると考えられます。

 この図をはじめて見た時、ぼくが衝撃を受けたのは、まずは、こんなにも切れ目なく連続的なのか、ということです。「正常と異常」というと、どこかではっきり切れ間があるような気がしますが、少なくともこの尺度で見る限り、こんなにも連続していたのです。赤-緑方向の弁別は、先天色覚異常のメカニズムとしてはまさに本質的なものですし、それがきちんとスコアとして出せて、結果が多様かつ連続的だというのは、ものすごい発見のように思われました。

 また、もうひとつ言えるのは、ひとことで「色覚異常」と言われるものでも、その中に本当に幅広い分布があるのだということです。

「色覚多様性」の提唱

 2017年、日本遺伝学会は、用語集である『遺伝単 遺伝学用語集 対訳付き』(日本遺伝学会監修 NTS/参考文献【36】)の中で、「色覚異常」は異常ではないと宣言し、これまで正常、異常とされてきたものを含めて「色覚多様性」として捉える提案をしました。

 ここで注意しなければならないのは、「色覚多様性」は「色覚異常」の言い換えではないことです。でも、世の中ではそのように捉えられているようで、日本遺伝学会は2021年に出版された『改訂 遺伝単』(同/参考文献【37】)の中で、その件について誤解である旨、明言しています。

 なぜそのように誤解されたかというと、おそらくは、日本遺伝学会が「色覚異常は異常ではない」としながらも、代替えの用語を提案せず、医学側と協議したいと呼びかけるのに留めたからだと思われます。その後、協議は行われたようですが、結局、結論は出ていません。

 さて、このように提唱された色覚多様性(英語ではColor vision variation)は、さきほど紹介したCADで明らかになった連続的な分布とあわせて考えるととても興味深い、新たな色覚観を提起しているように思えます。それをひとことで表現するなら、わたしたちヒトの色覚は「多様で連続的」だということです。

「違う見え方」を理解したい

 わたしたちヒトの集団は、「多様で連続的」な色覚を持った個々人からなっています。

 多数派は3色覚で、色の感覚をかなりのところ共有しています。これは「正常」と診断される3色型だけでなく、異常3色型と診断される人の中でも、特に不便なく互いに近い色の世界を共有できる人が多いようです(逆に、はっきりと、色にかかわる困りごとを持つ異常3色覚の当事者も多く、このカテゴリーはとても多様です)。

 一方で、2色覚やそれに近い異常3色覚はかなり見え方が違うことが分かっています。その違いを多数派の3色覚の側から理解することはできるでしょうか。あるいは逆は可能でしょうか。

 これは、まずは純粋な興味です。だって、常に自分たちの中にいる人たちが違った見え方をしているなら、知りたくありませんか? それを知ることは、まわりまわって自分を知ることにもつながります。ヒトの集団が常にそういうチームだったのですから。

 さらに、知ることでもう少し実際的なメリットもありそうです。

 つまり、これまでは3色覚の色世界になんとか自分で適応しなければならなかった当事者の困りごとに対して、社会の側で対応できる可能性が拓けてくるからです。

 連載2回目で紹介したシミュレーションの画像は、赤と緑のピーマンが区別しづらい「困りごと」を多数派の3色覚の色世界の住人にも示すものでした。そして、ピーマンの色はともかく、これが社会の中で大切な情報伝達に使われるものならば、工夫した方がよいですよね。

 実際、21世紀になってから、「色のバリアフリー」という概念が普及しています。情報伝達に色を使う場合には、どんな色を使うのが適切か研究され、理解が深まっていて、例えば、鉄道の路線図、テレビで流される警報、教科書、自治体の様々な告知などで、色覚多様性の両端にいる3色覚と2色覚(そしてその間の人)がみな理解しやすいような対応ができるようになってきました。最近では、コンピュータゲームなどでも、あらかじめ様々な色覚に対応する仕組みを持っていて、ユーザーが自分の好みに切り替えられるものが増えました。

 結局、本人が自分の色覚を理解して工夫することに加えて、社会の側の対応も進めば、従来の困りごともずいぶん減っていくはずなのです。

 この動きはすでに20年近い歴史を持っており、理解が高まってきていますので、今後もっと普及して、社会的な共通認識となっていくことが望まれます。最近、普及したものとして、大雨、洪水、高潮、津波などの防災情報で警戒レベルを表すのに使われる「5色の配色」を挙げておきます。2021年に内閣府が策定したもので、多様な色覚の人たちが共通して識別し、理解しやすいものとして色が調整されています(参考文献【38】)。

【図18】の上の表は、気象庁による警戒レベルについての対応表。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/alertlevel.html
下の2点は「キキクル」で著者が表示させた例。

 今では、気象庁や自治体などからの情報だけでなく、テレビやネットで普通に使われていますので、ご覧になった方も多いでしょう。ぱっと見る限り、別になんということはない配色ですが、様々な色の見え方を理解した上で色を選んでいるからこそ、さりげなく「色のバリアフリー」が実現しているのです。

デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。近刊は『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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