第11回
準備の章【後編】 とても悩ましい色覚検査の問題③
~どのような場合、検査の「メリット」があるのか~
更新日:2022/12/21
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前回は、現状の日本での眼科の検査が、必ずしも、「困りごと」を教えてくれる結果にならないことをお話ししました。20世紀には、「困りごと」がないのに「困っている」と決めつけられることも多く、その数は、「異常」と診断される人の半分くらい(男性の場合。女性は95パーセント)に達したかもしれないことも、お話ししました。
にもかかわらず、職業的な制限に、眼科の検査である「正常」を要求する職業は、今も若干残っているため、「みんな受けたほうがいい」という主張が一定の説得力を持つことも見ました。
しかし、誰も彼もが受診すればいいものではありません。現状の検査では、きちんと潜在的受益者に絞って行わないと、様々な望ましくない副作用がありそうだというのが前回までの結論です。 -
では、今の検査を受けるか迷っている場合、どのような場合なら、メリットが期待できるでしょうか。ぼくは、先に述べたような理由から、学校での全員検査については明確に反対ですが、検査を受けてメリットを得る人がいること自体は疑っていません。問題は、どんな場合なら、現状でも検査を受ける価値があるか、です。まずはそれを見てから、中長期的に、検査とそれをめぐる環境がどう変わるべきか考えましょう。
- とはいえ検査したい場合は
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結論から書きます。検査によるメリットがデメリットを上回る可能性があるとぼくが考えるのは、次のような場合です。
1) 日常生活の中で、自分が(あるいは保護者などが観察していて)、多数派の色覚ではないかもしれないと思うような局面があったり、家族歴があったり(例えば、きょうだい、母方の祖父やおじ(伯父・叔父)が「困りごとのある先天色覚異常である」など)する人で、なおかつ、受けておきたいと思う人。
2) 職業選択で、民間航空の自社養成のパイロット、鉄道の運転士、大型船舶の航海士など、今も制限がある職業を目指そうと決めた人。
3) 心配だからどうしても受けたい人。
- メリットがデメリットを上回る場合
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さて、3つの類型のうち、1)は、困りごとがある「潜在的受益者」の可能性が高い人、という意味です。外から見ていて徴候があったり、本人がそうかもしれないと思っている場合は、つまり困りごとがある当事者であることが多いですし、あるいは、家族に、困りごとを自覚している当事者がいる場合も同様です。
自覚できる困りごとがある人は、現状の検査でも判定できることが多く、自分の特性を知ることでメリットがあると期待できる(メリットがデメリットを上回る)可能性がある人たちでもあります。
- 早すぎる誘導が不利益になることも
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続く2)は、目指す職業において、現状の検査方法によって決まる「正常/異常」の判定が、そのまま採用基準になっているために、受けざるをえない場合です。「困りごと」の有無や程度ではなく、検査そのものが障壁になっている現状は嘆かわしいですが、今この瞬間を生きる者にとっては、明日急に変わるわけでもないので、受けざるをえません。
ただし、これも早く受ければよいというわけではなく、本人が進路を検討し始めた時期がよいのではないかと思っています。なぜなら、こういった基準は今後変わる可能性も高く、幼い頃に受けて「この子の夢を諦めさせなければ」と保護者が必死に誘導しても、実は成長した頃には条件が変わっていた、ということがありうるからです。
ぼくの世代ですと、子どもの頃に「医学部に入れない」と言われて、早々に夢を諦めたものの大学入試の頃には制限がなくなっていたという人たちがたくさんいます。21世紀になってからは、警察官になれないと言われていたのに、2010年くらいまでにすべての都道府県で、眼科の診断で「正常」である必要はなくなり、「職務遂行に支障がない」ことが条件に変わりました。これによって、実質的に「強度」と診断される人以外は採用されるようになりました。消防士も、よく誤解されがちですが、色覚を問わない自治体が増えています(参考文献【50】、【図23】)。
また、一般の眼科医が、制限があるすべての職業に詳しいわけではないことにも留意する必要があると思います。例えば、航空身体検査に詳しい眼科医と、海技士免許に詳しい眼科医は、通常は別々です。
希望する進路を決めて適切な眼科医を訪ねないと「制限があるらしいから気をつけて」という一般論で終わったり、間違った知識を伝えられる可能性もあります。 -
カラーユニバーサルデザイン推進ネットワークHP「消防全国調査資料」「消防調査全国MAP」http://cudn.jp -
なお、合理的な理由がなく、今も旧来の基準をそのまま使っている職種は、今後、基準を再考する時がやってくると思われます。また、「色のバリアフリー」の普及で、問題が小さくなる職業も増えると思います。≪注ⅶ≫
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というわけで、1)と2)に該当する人は、それぞれ適切なタイミングで(特に2)については事情に詳しい眼科医で)検査を受ける意義があるかもしれないというのが、ぼくの現時点における意見です。
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≪注ⅶ≫ 今の小さなお子さんが大人になる頃に変わっているかもしれない職業的な制限として、鉄道運転士と航空パイロットがあるのではないかと期待しています。
実は、航空パイロットの国家資格(航空従事者技能証明書)は、すでに「色覚正常」にこだわっておらず、国の航空身体検査では、石原表で「異常」でもパネルD15(色並べ的な検査)をパスすればよくなっています。一方で、航空会社の自社養成パイロット候補の採用試験は、かなり厳しい基準になるようです(非公開)。一般的には、後者が、「航空パイロットになる夢」を持つ若者にとって、色覚の条件として意識されるものでしょうから、今も「厳しい」ままという理解でよいでしょう。
一方、鉄道運転士は、各社があくまで「眼科の診断で正常」の人のみを、登用しています(就職自体は色覚を問わない社が増えているそうですが、運転士の業務は「正常」のみに限られます)。この理由は、「鉄道営業法」(明治33年)に基づく「動力車操縦者運転免許に関する省令」(昭和31年)の別表で、「色覚正常」が要求されているからです。とても古い法律に基づいた古い省令の、さらにその別表によって、「色覚正常」と書かれたがゆえに、運転士は「眼科の診断による色覚正常」が求められます。ただ、これは国会で作る法律ではなく、行政による省令なので、機運が高まれば、すみやかに変更されることは有り得ます。
安全にかかわる仕事ですから、なにがなんでも緩めればいいというわけではありませんが、イギリスのロンドン地下鉄が、同国の民間航空パイロットと同じ基準を採用していることは大いに参考になりそうです。また、鉄道会社は、自社の路線の範囲内において、自らの責任で環境整備をしているわけですから、運転士の色にかかわるタスクをリストアップして、「色のバリアフリー」に対応することも比較的取り組みやすいはずです。粘り強く働きかけている当事者団体もあります(参考文献【51】)。
- 「困りごと」に即した無料テストもある
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さらに3)のように、家族歴も、生活の中で気づくこともないけれど、「どうしても心配だから」という方も止めはしません。ただ、必要のない「異常」の診断を得るリスクは、理解しておいてください。進路について、過剰な指導を受けることは今もあるようで(後述)、そういったこともリスクのうちです。
本当に受診する意味があるかの材料にするために(つまり、1)の条件に合致するか)、ネットで入手できテストを自分で受けてみて確認してからというのもありえるでしょう。
もっとも、ネットで娯楽的に提供されている「色覚テスト」と称するものは、科学的な背景がはっきりせず、いったい何を見ているのか分からないものが多いのも事実です。その点で科学的な裏付けがはっきりしたスクリーニングとして紹介できるのは、英国のCAD検査のマイナー版で、ロンドン大学シティ校の応用視覚研究センターが提供するCVS(Colour Vision Screener)です。日本の眼科の診断結果と100パーセント一致するわけではありませんが、自分が(あるいは自分の子が)、「困りごと」を抱えているかどうかについて、科学的な裏付けのある判断材料を無料で提供しています。ただし、WEBでのサービスではなく、ソフトウェアをWindowsパソコンにインストールする必要があります(参考文献【52】、以下の動画参照)。 -
- 学校生活での「困りごと」を見つけるCMT
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また、学校生活における「困りごと」を見つけるために役立つとされる検査表として、「教育用色覚検査表CMT」(参考文献【53】、【図24】)が、市販されています。眼科の検査とは違いますので、診断を得ることはできませんが、例えば、児童の保護者が、学校生活で色にまつわる困りごとがあるかどうかを知る手がかりとしては、有用でしょう。書店でも入手できる『先天色覚異常の方のための色の確認表』(参考文献【54】)も、それと近い用途に役立つかもしれません。
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「教育用色覚検査表 CMT 取扱説明書 改訂新版」を頒布する「しきかく学習カラーメイト」HPの商品ページより。
https://colormate.base.shop/items/61061177 -
それでは、いざ、眼科を受診する際には、どんなことに気をつける必要があるでしょうか。あくまで、現行の検査に慎重な立場から、次回、注意点をお話しします。
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参考文献/references
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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )
- 著者プロフィール
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川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html
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