

第26回
第6章 色覚マイノリティの先生たち①
更新日:2025/03/12
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本連載が始まったときに、いずれインタビューしたい人として「学校の先生」が頭の中にありました。
学校という場には、色覚問題の様々な要素が凝縮しています。まず、学校健診での色覚検査という、今もどうするのが正解なのかわからない問題の現場です。当事者が教員であれば、これまで本連載で聞いてきたような、自分自身の職業上の工夫だけでなく、児童生徒とのかかわりから生じる、様々なトピックを教えてもらえるでしょう。
しかし、なかなか出会いがありませんでした。大学の教育学部は、20世紀の一番最後の時期まで、「先天色覚異常」に対する制限を課していたので、その影響もあるのかもしれません。特に、初等教育教員養成課程(小学校の先生になるための課程)は、少しの「異常」も認められない厳しいものでした。とはいっても、そういった制限もすでに全廃されていますので、今では多くの当事者が学校で働いているはずです。
昨年(2024年)、「色覚多様性や色覚問題を正しく理解する」ことを目標にして活動している「しきかく学習カラーメイト」の学習会にオンライン参加しました。そして、その学習会で、自分自身が当事者だと生徒に伝えた上で、「人権教育」として色覚問題を取り上げている高校の先生に二人、出会いました。
宮崎県立都城工業高等学校の岩﨑真寿美先生(教科は国語)と、福岡県立八幡工業高等学校の田口陽一先生(教科は数学)です。お二人の個人史的な部分から始めて、高校の現場で教師としてかかわる「色覚」の問題について聞かせていただきました。
- ●スポーツマンと結婚しなさい??(岩﨑さんの場合)
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本連載でもときどき話題にしてきた通り、20世紀には色覚をめぐって、ひどい状況がありました。お二人とお話しして、印象的だったことを、それぞれ簡単に触れておきます。
1959年生まれの岩﨑さんは、小学校6年生の学校健診で、色覚検査を受けました。その後、眼科を受診したときに、忘れられない記憶があります。
「赤緑色盲か赤緑色弱(当時の診断名)と診断されました。そして、お医者さんに、『スポーツマンと結婚しなさい』と言われたんです。なぜ、そんなことを言われたのか、聞き返すこともしませんでしたので、いまだに謎です。これは遺伝にかかわることなんだということは、図書室で調べて理解をしたんですね。私は結婚できないかもしれない、という思いを抱くようになりました」
この時点では、「先天色覚異常」が、中学校の保健体育の教科書の「遺伝病」の説明の中で例示されて、「結婚はよく考えるように」と書いてあった時代も遠くありませんでした。眼科医は、岩﨑さんが結婚して子をなしたときのために助言をくれたのでしょう。とはいえ、なぜスポーツマンなのか謎ではあります。子どもが頑健であれば、色にまつわる業務があまりないような力仕事で生きていけるだろう(そのような言説を目にしたことがあります)、ということだったのでしょうか。
そして、岩﨑さんは進路についても制限があることに気づきます。
「中学校3年生のとき、友人が高専(高等工業専門学校)を受けるので一緒に受けようかなと調べたら、当時は、色覚少数者は受験できなかったんです。将来は先生になりたいと考えていましたので、最終的には高校の普通科に入学し、文学部へ進んで国語の教員になろうと思いました」
- ●理系に進むと苦労する??(田口さんの場合)
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一方、1963年生まれの田口さんは、小学校の図画工作の時間に、「間違った」色を塗っていると指導の対象になるような、本連載では何度も「聞いたことがある」経験を語ってくれました。そして、中学、高校では、やはり典型的な進路指導を受けました。
「高校の1年生の時に、先生から、理系でも行ける進路には限りがあるぞと言われました。なぜかというと、理科には『色』が関係するからだ、と。物理も、化学も、生物も、地学も、全部、色が関係するだろう、と。そんな分野で勉強していても途中で多分挫折すると言われました。『理系に行くのをやめたらどう?』みたいな圧力があったんです。私は、そんなに色が関係するかなと思いつつ、それに対抗するように理系に執着して、じゃあ数学なら問題ないですよねと言いました」
当時の理学部は、ほとんど制限はなかったはずなのですが、「行っても苦労する」という善意からのアドバイスが、生徒にとっては「圧力」となるのでした。
岩﨑さんも田口さんも、進学に際して、「当事者であること」によって、何がしかの影響を受けました。「受験できない」という直接的な問題に加えて、「苦労するだろう」という社会通念に基づいた善意のアドバイスですら、かなり大きな影響を及ぼすものなのです。
そして、ふたりとも、そのような経験を経たうえで、教育の現場に今度は教員として戻ってきたのです。
- ●職務上はとくに苦労はない
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田口さんは数学の教員で、岩﨑さんは国語の教員です。それでは、二人とも、教員になって、まずは業務上、色覚ゆえに苦労したことはあったでしょうか。
「私は今、専門高校に在籍していますが、もしも普通高校の進学校だった場合、立体図形をパソコンのグラフィックを使って教える時に、もしかしたら困ることがあるかもしれません。ただ、現代の私たちは自分がわかるような色に塗り替えることもできますし、苦労というほどの苦労はなかったと思います」と田口さん。
「教科、教材などで苦労したということでは、思い浮かぶものはありません。ただ、自分自身の色覚について勉強する中で、私以上に色の見えにくさを感じる子がいる可能性を考えて、できるだけ赤いチョークは使わず、板書で強調したい部分は、他の色の線を引くというようなことはやってきました。これは私だけの取り組みというより、勤めた学校で、学習環境整備の一環として、他の職員にも呼びかけてきました」と岩﨑さん。
このように、二人とも「当事者」として、職場の環境で困ることはなかったとのことです。多くの職業では、自分が特に苦労がないならそこで良しとすることが多いでしょう。しかし、教師である二人は、今度は色覚について「教える」ことに取り組みます。
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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )
- 著者プロフィール
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川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html
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