第22回
第4章 2色覚の臨床検査技師とスーパーソニック(超音波)ワールド①
~2色覚の当事者が、超音波検査に出会うまで~
更新日:2024/05/15
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なにか体に不調を覚えて、病院を訪ねたとします。
訴えによっては、採血や採尿をして検体検査が必要かもしれません。また、超音波検査で体内を見たり、心電図や脳波を取ることもあるでしょう。さらに、臓器に病変がありそうな場合は、その組織を採取して確認する場合も出てきます。
そういった一連の検査を受け持つのが、「臨床検査技師」と呼ばれる国家資格を持った専門家です。患者と接する立場なので、わたしたちにとって身近な存在といえます。
今回、お話をうかがった服部博明さんは、超音波検査の分野で活躍する臨床検査技師で、1型(P型)2色覚の当事者です。フリーランスの技師として複数の病院と契約しつつ、超音波検査の初学者や学ぶ機会を求めている技師向けのオンラインセミナーを開催するなど、技術の普及活動にも力を入れています。
そんな服部さんは、超音波検査にかかわる仕事を、自分の視覚の特徴に適したものだと感じているそうです。それも「白黒の画像を見るのだからハンデにならない」というだけでなく、「形を見分けることについて得意かもしれない」と言います。
服部さんが、どのようにして自分の得意分野を見つけ、活躍するに至ったのか。必ずしも平坦だったわけではない道のりも含めて、話していただきます。
- 臨床検査技師の仕事
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まずは、臨床検査技師というのは、どんな仕事を患者さんに対してしているのでしょうか。まずはその解説をしていただきましょう。
「日本の臨床検査技師は、ものすごく特徴的で、とても広い範囲を受け持っているんです。海外ですと、検体検査、つまり、血液だったりとか人間の尿だったりとかを検査する人が臨床検査技師だという国が多いようなんですが、日本の場合は、それに加えて、病理学的なこと、切った組織を染色して見るとか、細菌、培養してきた細菌を見て、どういう菌がいるか確認するのも守備範囲に入ります。また、生理検査、つまり、心電図、脳波、超音波など、患者さんを直接検査することも含めて、臨床検査技師の仕事です。さらに最近では、認知症領域の検査というのも新しく出てきていますね」
ここでは、服部さんが挙げた最初の三要素、検体検査(血液、尿など)、病理学的検査(組織など)、生理検査(心電図、脳波、超音波など)が、臨床検査技師が請け負う仕事の柱だというふうに理解しておきましょう。少々異質な面もあるそれらの要素が、一つの国家資格の中に束ねられているのです。
「僕自身は、幼少期から病院にかかることが多かったので、医学系のことに興味を持っていました。でも、医師になるのは試験が難しいだけでなく、色覚のこともあってダメなのだと思っていました(注・これは実は誤解で、当時、医師になるために色覚の制限はすでに廃止されていました)。高校時代に職業関連の本を見ていたら、臨床検査技師はMRI検査ができると書いてあって、色は関係なさそうだな、という考えで、医学部の臨床検査技師のコースを受験しようと決めました」
もっとも、MRI検査は、多くの病院や検査センターで、CT検査、つまり放射線(エックス線)を使う検査とセットで、診療放射線技師が担当することが多いことを、当時の服部さんは知りませんでした。MRI検査そのものは放射線を使わないので、臨床検査技師でも対応できるのですが、CT検査とセットにしたほうが、病院や検査センターの仕事の流れとしては適しているようなのです。
ある意味、誤解から始まった志望で、服部さんは大学に進みます。
- 「グラム染色」でつまずく
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色にまつわる壁にあたったのは、大学2年生のときでした。細菌学の授業で学ぶ、「グラム染色」、つまり、培養した細菌を、色素を使って染色し、見分ける基本的な方法が、服部さんには難しかったのです。
「染色して見える色としては、紫とピンクの色分けが一般的なんです。紫ならグラム陽性、ピンクならグラム陰性といって、細菌を特定していくスクリーニングの最初の段階で行います。僕はそれが、全然、わからなくって。まず、見えたものを色鉛筆でスケッチするように言われたとき、みんなが紫に塗っているものをピンクに塗ったりしていました。しっかり色濃く出てくれてたら僕にもわかるんですけど、染料液の塗り方、細菌の種類によっては僕には区別しにくい混同色になっていました。それが、他の人にとっては、はっきり違うんだと気づきました」
服部さんが提供してくれたグラム染色の画像を見てみましょう。黄色ブドウ球菌(グラム陽性で紫)と、大腸菌(グラム陰性でピンク)は、いずれもわたしたちが日常的に接している細菌です。 -
グラム染色の例。左の黄色ブドウ球菌はグラム陽性で紫、右の大腸菌はグラム陰性でピンクに染まっている
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グラム陽性の黄色ブドウ菌は、その名の通り、丸い一つ一つの細菌が、ブドウの房のような塊を作っています。ここでは青に近い紫に染まっています。
一方、グラム陰性の大腸菌は円筒状なので、細長い棒のように映った菌が、ピンクに染まっています。少し青みの成分も感じる、赤紫に近いピンクですね。
服部さんの1型(P型)2色覚は、3色覚の人が赤っぽく感じる成分への感度が低いので、2種類の細菌の色から赤みを抜いたらどうなるか、まずは想像してみてください。
その上で、「色のシミュレータ」で作った模擬画像をご覧ください。模擬画像で見ると、3色覚の人にとってもかなり区別しにくいものになっているのがわかるでしょう。 -
1型(P型)2色覚の模擬画像。左右の染色がどの程度、近い色に見えるかを表現しており、実際にこのように見えているというわけではない。「色のシミュレータ」で作成。
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これらを並べれば「似ているけれど微妙に違う別の色」だと思うかもしれません。しかし、個別に見せられて、色の情報だけで「グラム陽性か陰性か」を問われたら、判断に困りそうです。もしも、2色覚の人が多い社会で、染色による細菌のスクリーニングを考えるなら、もっと別の染色液を探す努力がなされたはずです。しかし、この方法は3色覚の人にとっては大変優れており、19世紀に確立したまま今に至ります。
1型(P型)2色覚の服部さんにとっては、まさに「混同色」なので、色鉛筆で塗り分けるときに、逆の色を選ぶことになりました。なお、色鉛筆の色も、3色覚の人の基準での色だということも思い出してください。そういう意味では、染色の識別と、それを自分の色覚とは別の基準で作られた画材で塗るという二重の困難がここにはあるわけです。
- 「なぜきみはここに在籍しているのか」
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グラム染色の色分けが識別できなくても、臨床検査技師の仕事は多様で、細菌学以外の場所に行けばよいと、服部さんは当初は考えていたそうです。しかし、さらに別の分野でも困難に出合います。
「病理検査のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)というものが、次に来ました。これも病理学のまず第一歩の検査で、紫やピンクといった僕には区別しづらい色で色分けをします。実習のときに、やっぱり、僕は反対の色で塗っていて、それを見た先生が『なんでそんなふざけたことをしているんだ』などと言いはじめました。それで自分の色覚のことを伝えると、今度は『じゃあ、なぜきみはここに在籍しているのか。きみは臨床検査技師なんかなれないから、辞めたほうがいい』みたいなことを言われちゃって。でも、親にお金を出してもらって、もう2年通っちゃったし、今更退学って無理だよな、なんて、結構いろんな葛藤がありました。一人で、結構、悩んでしまって」
これが2007年のことだそうです。21世紀になっても、そのような大学教員がいたのは悲しいことですが、とにかくそのときの服部さんとっては、単に悲しいことであるどころか、絶望的な気持ちにさせられたでしょう。
- 超音波に出会う
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そんな服部さんを救ったのは、さらにその次に組まれていた「画像診断学」の講義だったそうです。
「同じ学期の後半ぐらいに、超音波などを扱っている先生が来たんです。超音波の画像を見せてもらったときに、『これは白黒だ。これならできるから僕はこれで生きていくぞ』とその時点で思いました。大学4年生になると、自分のテーマを持って課題研究に取り組むんですけど、僕はこういう事情もあってどうしても超音波とか、生理検査をやりたいとその先生に相談しました」
生理検査というのは、前述の通り、超音波、心電図、脳波などの検査のことを指します。服部さんは、まず学部生の時代に脳波について課題研究をすることにしました。
「脳波も、波形を見るので、色を使う必要がほぼない検査です。大学院で必ず超音波に取り組むなら、一緒に脳波も習っておけば、武器が2つになると思って、大学4年生の課題研究は脳波を選んだんです」
そして、大学院では、計画通り超音波を使った検査の研究に取り組みます。
「最初は果てしない壁に思えました。白黒でいいと言いつつも、体って、いろんなものがひしめきあっていて、腸とかもぐにゃぐにゃぐにゃとあって、どうやったらちゃんと検査できるようになるんだろうって、先生にも結構怒られたりしながらトレーニングをしていました。僕が研究対象にしていたのは胆のうという、小さな袋みたいな臓器なのですが、そうすると、平面じゃなくて立体で把握して検査しないと、病変を見落としてしまうんです。超音波を、この角度、この角度、というふうに、いろんな方向から当てて迫らないといけないんだと理解できたときに、ふっと道が開けたみたいな感じでした」
というわけで、服部さんは大学で、超音波検査と脳波の検査という、2つの分野を深く学び、卒業した後、実際に病院で働くことになったのでした。
では、超音波検査にどう取り組んでいったのか、それは次回に。
写真提供:服部博明
〈色のシミュレータ〉での画像加工:川端裕人
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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )
- 著者プロフィール
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川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html
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