第18回
第2章 画家・黒坂祐の色をめぐる冒険②
更新日:2023/09/20
- 進路を考える若い当事者たちへ
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さて、こんなふうに最前線の創作活動を続ける黒坂さんですが、自分が歩いてきた道を振り返った上で、今、十代の当事者に対して伝えたいことはあるでしょうか。例えば、中高生で、将来、美術系の大学に行きたいと思っている人が、黒坂さんのような、はっきりと自覚できるタイプの色覚マイノリティだとしたら、どんな助言ができるでしょうか。
「同じことを別の当事者に聞いたら、やめたほうがいいと言う人ももちろんいると思うし、だから最終的に、何か明確な答えがあるわけじゃありません。結局、自己判断になるな、と。取りあえず勉強というか、知識、色覚にまつわる事実ですとか、歴史であるとかを知っておかないと、何も自分で決められなくなってしまいます。かつて、自分もそうでした。だから、ある程度の年齢であるならば、知識を得るのが大切だと思います」
現在の日本では、例えば、学校健診のときに任意で提供される色覚検査を受けて、眼科を訪ねても、その眼科医が必ずしも、色覚についてよく知っているわけでも、熱心だというわけでもない、という大きな問題があります。
その一方で、当事者団体などに連絡するのは、以前よりも格段に簡単になっていますので、眼科で満足のいく情報が得られなかったら、あるいは、もやっとしたら、別の手立てを考えるとよいと思われます。
「そして、やり続けるんだったら、自分の色覚について無視はしないでほしいとは思いますね。やっぱりいいものをつくるという観点からも、向き合うべきだと思うので。その意味で、早めに色覚のことを勉強してほしいです」
- デザイン志望だったら?
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では、かつて黒坂さんが一度は志望したデザイナーの道はどうでしょうか。デザイン科を受けたいと思っている当事者がいたとしたら?
「デザイン科に入りたくて、結局はあきらめた自分が経験したことは話しつつ、多数派の色覚に合わせる仕事ではやれることが限られるというのを言うと思います。もっとも、どんな人も、すべてができるわけではないし、やれることはたくさんあるというのはちゃんと伝えたほうがいいかなと思いますね。自分の場合は、デザイン科を避けた結果、よかったという話なので、ちょっと助言するのは難しい部分がありますが」
一般社会でのデザインの仕事は本当に幅広く、色が本質的でない分野や、マイノリティであることがむしろ有利な分野もあるでしょう。また、色にかかわる仕事でも、パソコンなどの上での仕事は、色を数値に置き換えて知識で補ったりしてこなしている人がかなりいるようです。
一方で、今、入試の段階で、黒坂さんが経験したような壁があるならば、美術系大学のデザイン科を経てデザイナーへという中央突破は難しくなります。とはいえ、社会で活躍するデザイナーのどれだけが美術系大学のデザイン科出身かというと、むしろ少数派ではないでしょうか……等々。そのあたり、一言でいえない複雑な現状があるようです。
「色覚の問題で本当に難しいなと思っているのは、当事者は、我慢がきいてしまう部分がけっこうあるということです。僕の本音では、それを我慢する必要はないと思うし、我慢せずにすむのが理想なんですけど、結局、それは生き方の問題でもあります。当事者でも、自分はこれでいいんだから放っておいてほしい、という人もいますよね。今、自分自身が、幸せというか、落ちついていることを大切に考えている人と、社会全体のことを考えて、平等であるべきと考える人も意見が違うし……」
- 「自身の色覚に自覚的に」活動する芸術家
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黒坂さんは、究極的には「自分のために描いている」という立場の芸術家です。作品の制作の中で、自分自身と向き合い、成果を個展などを通じて公にしています。本来的には、作品を通じて、他者や、社会と、相互作用するのが筋でしょう。
今回は、「色覚マイノリティと職業」というテーマで登場いただいて、創作に関することや、職業選択にかかわる考えをあえて言葉にしてもらいました。関心を持った方は、ぜひ個展に行ってみてくださいね。
さて、お話をうかがいながら、ふと気がついたことがあって、最後に付け加えたいと思います。
黒坂さんのように、自らの色覚に自覚的に、かつ、色を重要なテーマとして描くというのは、世界の美術史においても、特筆すべきことではないか、と思い当たったのです。
有名な画家で、「あの人は今で言う強度の先天色覚異常だった」と言われる人たちは、信憑性はともかく、たくさんいます。ただし、そういった画家たちは、たいてい、今のような知識が確立する前の時代に生きた人たちです。「自分の見え方が他人と違う」と気づいたとしても、それがどのように違うのか理解することは難しかったでしょう。
一方で、今は21世紀です。色覚の仕組み、その多様性と連続性、進化の中での位置づけなど、様々なことがわかっています。これらの知識が出揃ったのは、ここ10年、20年のことですから、それらを踏まえた上で、自覚的に創作する黒坂さんのような画家は、今の時代になってはじめて登場した存在なのではないでしょうか。
つまり、自らの色覚に向き合いつつ絵を描くということは、いまだほとんど手を付けられていない未開の分野なのです。画家を志す若い当事者にとって、今後も大いにやりがいのあるテーマになりうると思います。
そして、当然のことながら、多数を占める3色覚の画家にとっても、同じことが言えるはずです。自分が見ている色と他人が見ている色の齟齬をほとんど感じずに済む3色覚者にとって、「色」はあまりにも当たり前にそこにあって、疑うことすら難しいものです。
しかし、実際には、色の見え方は、個々人によって違います。「自分は正常」と思っている人も、多様性の中の一部です。つまり、「色覚の知識を持って色と向き合う」のは、すべての視覚芸術の表現者にとってやはり実り豊かな大きなテーマになりうるだろうと思うのでした。
- 【黒坂祐さん個展情報】
- 「サーフ」
会期:2023年9月28日(木) - 10月22日(日)
会場: NADiff gallery
http://www.nadiff.com/?cat=16
住所:〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-18-4
NADiff A/P/A/R/T 1F,B1F
電話:03-3446-4977
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日火曜日休み)
営業時間:12時~20時
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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )
- 著者プロフィール
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川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html
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