第24回
第4章 2色覚の臨床検査技師とスーパーソニック(超音波)ワールド③
<検査と自覚と自分を肯定すること>
更新日:2024/06/12
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臨床検査技師で超音波検査を主な仕事としてきた服部博明さんは、自分の色覚を理解した上で、得意技を磨くことで職業的な人生を豊かにしてきたように見えます。
では、服部さんは、どのように自分の色覚が少数派であると自覚し、現在のような「得意技を磨く」道を見つけてきたのでしょうか。
実は、服部さんは、検査をめぐって興味深い経験をしてきており、最後にそれについてうかがいたいと思います。
- はっきりわかったのは最近だった
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「僕は、自分が1型(P型)2色覚だと知ったのは、つい最近で、一昨年、2022年なんです」と服部さんは言いました。
それを聞いたとき、ぼくは頭の中に疑問符が浮かびました。それは明らかに服部さんが臨床検査技師として一本立ちした後ですし、ちょっと遅すぎるのではないか、と。
「もちろん、『色覚異常』という診断は受けていました。これまで3回、検査を受けたことがあって、最初は、小学4年生の学校健診で見つかって、そのまま親と一緒に眼科に行ったときです。そこではじめて『色覚異常』だと言われました。次に眼科にかかったのが、2012年、就職した直後です。ちゃんと調べておかないと困るんじゃないかと、当時の検査部長の指示で、同じ病院の眼科に行きました。そこでも、あまり細かな診断ではありませんでした。ずっともやもやしていたので、その後、思い立って大きな病院を自分で訪ねて、やっとちゃんとわかったのが一昨年、2022年だったんです」
小学生、就労時、そして、最近、という3回にわたって、それぞれ、児童、新人の検査技師、中堅の検査技師、という違った立場で、違う時期に検査を受け、その都度、多かれ少なかれなんらかの影響を受けることになりました。
- 小学生の検査~あなたは何にもなれない
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服部さんは、1987年生まれということですので、小学生時代は1990年代でした。学校健診の色覚検査は、その頃、たいてい小学4年生で行われていました。服部さんの小学4年生の学校健診は、1997年だったと考えられます。数年後には色覚検査が学校健診の必須項目から外れるのですが、この時期はまだ全員が検査を受けていました。
「一番最初にかかった眼科医では、きみは何にもなれないとか、結構辛辣(しんらつ)なことを言われました。それで、その後ずっと、僕も親も、常に色覚のことが頭の中に引っ掛かっていたんです」
20世紀の眼科医が、色覚検査で「異常」と診断した子どもに、かなりひどい言葉を吐いていたというエピソードは本当によく聞きます。服部さんもまさにそのような経験をした一人でした。
それは医師だけではありませんでした。服部さんは、小学校の図工の授業で嫌な思いをするという、これもよく語られる経験をしています。
「僕が絵に色を塗っているのを見て、『お前、ふざけているのか!』と怒る先生にあたってしまい、絵を描くのが嫌いになりました。そして、無難な色使いばかりするようになりました。ほとんど白黒で済ませる、逃げの姿勢を取るようになったと思います」
こんな環境の中、服部さんは自分の色覚の特徴について非常にネガティヴに受け止めて育つことになりました。そして、前にも述べた通り、「医師にはなれない」(注・実際にはそのような制限はありませんでした)など、自分の進路に大きな制限があると思い込むことになります。
- 就労時の検査は職場環境を整えるためのはずが……
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2001年の労働安全衛生法の法改正で、雇入時健康診断の項目から色覚検査が廃止されました。服部さんの就職は2012年なので、就労前に色覚を問われることはありませんでしたし、検査もありませんでした。
これは、「先天色覚異常」と診断される人でも、「大半は支障なく業務を行うことが可能」であることがわかったことと、支障がある場合でも職場環境の工夫で「支障」を解消できる場合がほとんどであること、などが理由です。そのときの厚労省の質疑応答では、「雇入時に色覚検査を行うと、実際の職務の中では支障がないにもかかわらず採用を見合わせる企業が多かったから」という趣旨のことが述べられています。服部さんにとっては、このタイミングでの就職は幸運なことだったかもしれません。
「就職してから、グラム染色ができないということを検査部長に相談したら、眼科に行ってきなさいと言われたんです。やっぱり『先天色覚異常』だという診断をもらいましたが、1型とか2型とか、異常3色覚とか2色覚とか、突っ込んだ内容ではありませんでした。『他の人と、ぜんぜん違う世界が見えている』とだけは言われ、じゃあどうすればいいのか、ということはわかりませんでした」
この時点で、職場の管理職が色覚検査を受けるように指示したことは、服部さんがその職場でうまく働けるように就労環境を整えるために必要な情報を得るという面があったはずです。しかし、当時の病院側にも、検査と診断を行った眼科医にも、その意識が薄かったのかもしれません。
- 迅速検査の「ラインが見えない」疑惑
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それどころか、ちょっとした濡れ衣のような「疑惑」が持ち上がります。
「検査技師にも当直業務があって、そのときは、ある程度、全分野に関してやらないといけません。その病院では、グラム染色は専門の人がやっていたので問題なかったんですが、迅速検査のラインが見えないんじゃないかという疑惑が出てきてしまったんです。インフルエンザの迅速検査で、陽性だと線が出ますよね。あれが見えないのではないか、というんです」
実際のところは、このラインは2色覚の人にとっても明瞭にわかるものです。もしも色の違いで判別しなければならないのなら(例えば、紫が陽性で、ピンクが陰性というようなことなら)、たしかに困ったかもしれないのですが、白地に線が出ているかどうかを見るのなら、3色覚でも2色覚でも自明です。しかし、このときは、「憶測」に基づいた懸念が出てきたのでした。そして、服部さんを診断した眼科医は、この件について、「そんなことはない」と助言してくれることはありませんでした。 -
〈インフルエンザの迅速検査の例。C(コントール)に加えて、もう一本右にラインが出れば陽性ということになる。上は通常のデジカメで撮影したオリジナル画像で、下は1型(P型)2色覚のシミュレーション画像。双方とも同じ程度の明瞭さでラインが確認できる。画像は、Med Chaos CC 表示-継承 3.0。シミュレーション画像は「色のシミュレータ」による〉
- この件は、服部さんの配属にも影響して、結果的に、超音波検査の担当になるまで、回り道をすることにつながったそうです(本稿にとっては脇道なので詳しくは書きません)。長い目で見れば、職場の運用の工夫で問題を解決できた事例と言えるのですが、当初、かなりバタついたような印象です。
- 大きな病院を受診する
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病院の仕事に夢中になって取り組みつつも、服部さんは、自分自身の色覚についてすっきりしないものを感じ続けていました。「異常」としてざっくり括られるのではなく、もっと具体的にどういう状態なのかを知りたいという気持ちが募っていったそうです。
「結局、自分は何者なのだろうかという気持ちでした。『色覚異常』といってもいろんな種類があるし、たまたま川端さんの本を読んだら、ものすごく多様だと書かれていました。なのに自分は、どこに該当するのかちゃんと明らかにしてもらっていないと思い、2022年になってから大きな病院に行ってみたんです」
先天色覚異常の診断で、きちんとその種類まで知るためには、それなりの検査器具が整った病院を受診する必要があります。例えば、確定診断に使われるアノマロスコープという検査機器(第9回参照)は、町の眼科クリニックにはほぼありませんし、総合病院の中の眼科でも持っていることが少ないのが現状です。服部さんは、近隣の病院で、最も信頼できそうなところを探して受診しました。
「こんな検査、今までの病院ではしなかったぞ! というのを色々やったのは印象的でした。それでやっと、1型(P型)2色覚という、具体的な診断名をいただきました」
- 親身に話し、前向きな助言をくれた
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言い換えれば、服部さんは、ヒトの集団に固有の色覚多様性の中で、特に際立った能力を持つ人たちに位置づけられたのでした。それは、多数派の3色覚の人たちが作る社会の中では、「困り感」を持つことが多い人たちでもありました。
「1型2色覚だと言われて、納得感ありましたね。『ああ、やっぱりな』って感じでした。ネットとかでよく言われるような、肉の色がわからないとか、確かに僕もわかってません。焼肉も、形が収縮してきたなとか、ちょっと焦げたな、とかで見ていました(第15回を参照)。自分も2色覚なら、そういうことなんだと思いました」
「やっとわかってありがたかったのですが、それと同時に眼科医の先生がすごく優しかったんです。否定的なことは一切なく、親身に話を聞いた上で解説をしてくれました。以前の眼科医の先生は、まず小学校時代の1人目はもうひどいものでしたし、就労時の2人目の先生も、『全然違う色が見えている』でおしまいでした。3人目の先生でやっと、僕の見え方の特徴についてていねいに話してくれて、例えば僕が、色の名前が一致しないと訴えると『多分こういうことじゃないかな』と考察してくれました。『自分の中で、ここが得意で、ここが不得手というのを理解した上で、特に負い目を感じずに生きていったらいいと思うよ』みたいな感じで言ってもらえて。実は、これ最初に言ってほしかったなと思いましたね」
- 受診したことで利益を得る場合
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服部さんの2022年の受診は、自分の色覚についての適切な知識を得ることができ、ポジティヴな意識づけまで得られた、いわば「よい検査、よい診断、よいカウンセリングの例」でしょう。
服部さんはまさに「三度目の正直」でやっとそこにたどり着きました。つまり、こういったことが実現するのはそう簡単ではないとも言えます。
私見ですが、納得感があり、ポジティヴな動機づけをもらえるような受診になるためには、1)適切な検査機器を適切に運用している医療機関に、2)色覚をめぐって適切に検査、診断ができる医師がおり、3)医師自身が、社会的な背景も含めた十分な知識を持って、当事者目線で話してくれる、というようなことが同時に起きないと難しいように思います。
色覚検査には、古くから続いている問題が今も解消できずに残っています。それは、20世紀に行われていたような、全員検査ですべての人をスクリーニングする状況で際立ちます(第9-12回参照)。一方、日常生活の中で不自由を感じるような人の場合、「自分を知る」ことによって利益を得る可能性があるのも間違いないのです。そのための診断であり、カウンセリングです。受診する先で変わる、運・不運の振れ幅が大きいのは、どうにかしたいところです。
- イラストを描く
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服部さんは、自らの色覚について「納得」した後で、ちょっとした意識の変化を経験しました。これまでの職業的な「得意」を伸ばす方法だけでなく、「不得手だと思っていたものを見直す」心の動きが出てきたというのです。
「子どものころから、ずっと絵を描くときに色を塗るのを避けてきたと言いましたよね。でも、最近、ふとイラストに目覚めたんです。それも色付きです。X(Twitter)とかに、趣味用のアカウントを作って、ぽんって載せたりするんですけど、すると、ちゃんと『いいね』がもらえたりするんですよね。みんな、僕はこういうふうに塗るんだなって思ってくれて、別に『間違った』から恥ずかしいっていうのではないんだなと気づきました」
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服部さんが描いた、バーチャルV Tuber木乃華サクヤの二次創作ファンアート。
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2色覚の色の感じ方が「色間違い」であるはずがないのですが、3色覚の世界では「間違い」になってしまう不条理から、「自分は間違った色を塗る」と苦手意識を刷り込まれてしまう児童は多く、服部さんもその一人でした。そこから脱却するのに、かれこれ四半世紀もかかってしまったことになります。
「よく画家のゴッホも少数派の色覚だったかもしれないと言われるじゃないですか。有名な『星月夜』など、僕が見ても、多数派の人が見ても、すごいと思うわけですし、色覚の違いはマイナスだけじゃなくて、自分だからこそ塗れる色があるのかなとか思うようになりました。他の人にどう見えるかではなく、自分が塗りたい色に塗ればいいと思っています」
本来なら、小学生のときに、こういう考え方になれていればよかったのでしょう。これから生まれ育っていく子どもたちが、かりに少数派の色覚を持っていたとしても、早い段階から自分について肯定的に理解できる環境が必要だと、あらためて感じさせられました。
- 〈色のシミュレータ〉による画像加工:川端裕人
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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )
- 著者プロフィール
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川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html
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