いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第9回

準備の章【後編】 とても悩ましい色覚検査の問題①
~検査を受ければ「自分の色覚」がわかるのだろうか~

更新日:2022/11/09

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みんな検査を受けるべき?

 ヒトの色覚が、「正常/異常」と分けられるものではなく、「多様で連続的」であることをこれまで見てきました(本連載第7回を参照)。進化の中で形作られてきたわたしたちの「色の見え方」の多様性は、それ自体「正常」な状態であって、そこには、「優劣」はありません(第5回、6回を参照)。

 実際に、ヒトの多数派の(いわゆる「正常」の)3色覚は、多くの色を区別することができるからといって常に有利というわけではありません。明暗や輪郭の検出能力、ひいては時空間分解能(視力)を一部犠牲にしています。

 眼科で「2色覚」や「異常3色覚」と診断される人たちの方が、それらについては優れていると示唆する研究もあります。また、直接色にかかわることでも、多数派の3色覚が苦手で、2色覚のヒトの方がクリアしやすい課題もはっきりとわかってきており、そういう意味でも、ヒトの多様な色覚は、相補うものなのです(3色覚と2色覚のメリット・デメリットについては第4回を参照)。

 それなのに、少数派の色覚の持ち主が不利になるのは、多数派の色の使い方に合わせなければならない時ですから、それを「異常」と呼ぶのは違和感があります。

 さて、今、小学生のお子さんを持っている保護者は、お子さんがだいたい中学年の頃に、「学校での色覚検査を希望しますか?」という通知をもらうことが多いと思います。中高生なら、同じような通知をもらった時に、自分で判断しなければならないでしょう。では、その時、どうすればよいでしょうか。

 これまで見てきたように、ヒトの色覚に優劣などなく、眼科で言う「先天色覚異常」も本来的には「異常」ですらないのなら、あえて検査で見つけ出し診断を言い渡す意味あるのでしょうか。いや、現代社会で少数派の色覚の持ち主は、多数派の色の世界に適応することを求められているわけですから、「不利」な状況にいるのは事実です。やはり検査を受けて自分の特徴を理解しておいた方がよいのでしょうか。

 実際にこのような意見も、よく聞かれます。

〈先天色覚異常は治らないし、一生付き合うことになるのだから、早めに検査して自分自身の色覚を知る方がいい〉

〈知らずにいると、就職の時にはじめて知ることになって、夢絶たれる人が出てくる。早めに検査をしておくべきだ〉

 本連載の中で強調してきたこととは裏腹に、少数派の色覚についての社会の扱いは、ハンディキャップを強調したものが多いようです。多数派の3色覚を基準に社会の中では、たしかに不利(ハンデ)にならざるを得ないわけで、こういった言い分にはたしかに一定の説得力があるように感じられます。

受けたからといって「自分が分かる」とは限らない

 しかし、実際には、検査はそう単純ではない問題を内包しています。ぼくは、「検査を受けるべきか」と相談を受けたら、「とても悩ましい」「両手を挙げて賛成とは言い難い」と回答します。

 最大の理由は、「今の色覚検査は、診断と実際の困りごとによい相関がなく、受けたからといって自分の色覚について役に立つ情報が得られるとは限らない」からです。これは昔から言われてきたことなのですが、21世紀になってからの新しい定量的な検査などが開発された後で、ますますはっきりしてきました(後の回で詳述)。

 もちろん、「正しく」診断される人もいます。そうでなければ、「検査」の体をなしません。だから、検査で「正しく」診断され、なおかつ利益を得る人を最大化できる方法を考えるべきなのですが、現状はそれに程遠いのです。

 中長期的には、色覚検査のあり方を、検査を取り巻く社会環境ごと変えていくべきだと思います。でも、今、この瞬間に検査を受けるべきか迷っている人には、間に合いません。そこで、検査の問題点を理解した上で、どう行動すればよいか、ここでは考えていきます。

「正常と異常の境界」はどこ?

 本連載では、ヒトの色覚多様性の様々な面の中で、「赤-緑」方向の識別という意味では両極端にある3色覚と2色覚を対比するような形で述べてきました。また、その「中間型」も多いことも語りました(第6回と第7回を参照)。

 最近の研究が明らかにしたのは、こういった多様な色覚を定量的に見た時に明らかになる「連続性」です。第7回で紹介したような切れ間のない分布(【図17】、参考文献【35】)を目の当たりにすると、自然とこんな疑問が湧いてきます。

 どこまでが「正常」でどこからが「色覚異常」なの?と。

 かつては、色覚には「正常」と「異常」という状態があらかじめ存在していて、適切に検査をすれば、それが区別できるはずだと考えられていました。しかし、どうやらそれは幻想だったようなのです。

境界を決めてきたのは検査である

 今も昔も、日本の色覚検査の主役は、「石原表」です。

 ご存知の方も多いと思いますが、色付きのドットで描かれた数字を読む検査です。その名から推察できる通り日本で開発されたもので、スクリーニング検査として優秀であるため、世界中で使われています。

 その際、注意したいのはこの検査表があくまでスクリーニング検査のために作られているものだということです。つまり、簡易的に「色覚異常の疑い」のある人を見つけ出すのが本来の目的です。

 当然、色覚検査のリファレンスとなる確定診断の方法は別にあるのですが(アノマロスコープ検査といいます。【写真3】≪注ⅲ≫)、あまり普及していません。そこで、スクリーニング用のはずの石原表での検査を主な手段として「正常と異常」を分けることが長い間行われてきました。副次的な検査方法も併用されますが、それでも「正常である」「異常である」との判断を下すためには石原表がもっとも活用されています。

【写真3】は株式会社ナイツのホームページより借用。
https://www.neitz.co.jp/products/inc/ot-%E2%85%B1/

≪注ⅲ≫ アノマロスコープ検査
 顕微鏡のような接眼部を片方の目でのぞき込んで行う光学的な検査です。

 のぞき込んだ際に見えるのは、「上下に分割された色がついた光の円」です。ヒトの多数派の3色覚にとっての見え方で解説すると、下半分には基準となる黄色の光(波長588ナノメートル)、上半分には、緑の光(545ナノメートル)と赤の光(670ナノメートル)が重ねて表示されています。

【図19】は株式会社ナイツのホームページより借用。
https://www.neitz.co.jp/products/inc/ot-%E2%85%B1/


 上半分の緑と赤の混合比は、ツマミを回すことで変えることができて、それを動かして基準となる「下半分の黄」と同じ色みになるところを探します。これだけだと、上下の明るさが違う場合があるので、「下半分の黄」の明るさの目盛りを使って、上下が同じに近づくように調整します。

 こういった一連の操作を行った上で、上下が一番近づいて見える時の「緑と赤の混合比」や、「明るさの目盛り」の値は、色覚のタイプによって変わります。そこで、これの違いによって、「正常か異常か」を判別するだけでなく、「異常」の中のカテゴリーである、1型(P型)か2型(D型)や、2色覚か異常3色覚かも識別できる、ということなのです。

 日本の眼科の文献を読んでいると、「アノマロスコープは確定診断の手段である」と言う時、「検査表ではわかりにくい程度や型を確定できる」という意味で使われているように読めることがあるのですが、実際の「確定診断」は、「その病気、障害、異常などの有無」を診断する最終的な基準となるものです。海外の文献では、そのように書かれています(gold standardであり、referenceである、など。 参考文献【40】)。なぜ日本の色覚検査では「程度・型の確定」という意味が強調されるようになったのか、「石原表で正常・異常を確定する仕組みが出来上がったため「確定診断」の意味が読み替えられるようになった」のかもしれないとも思います。検証が必要なところです。

【図20】は眼科医会オリジナルのフローチャートを参考に作成。
【日本眼科医会 色覚診療対策委員会「色覚診療の手引き」2016年4月】

 現在推奨されている標準的な検査の手順を【図20】に示します。日本眼科医会が眼科医向けに作成した手引き書から書き起こしました。

 ここでまず注目していただきたいのは、アノマロスコープには言及がなく、「正常か異常か」を振り分けるのは結局、石原表に頼っているということです。検査表の「誤読」が4表までは「正常」、8表以上は「異常」と確定されます。5〜7表の「誤読」については、「色覚異常の疑い」のまま放置されるか、よほど診断を必要とする場合にはアノマロスコープがある医療機関を訪ねることになるでしょう。しかし、大学病院でも、アノマロスコープを運用していないことがあり、普及の度合いはまだらです。ここでは、話を単純にするために、5〜7表の扱いについては触れません。

 フローチャートには、石原表でのふるい分けの後に「パネルD-15」(15色の色並べのようなテスト。【写真4】)、「SPP標準色覚検査表」(石原表とは別の検査表)が登場しますが、それらはいずれも「程度・型」の分類に使われるもので、「異常の有無」の確定は、石原表でのみ判断されることに注目してください。つまり「色覚異常かどうか」を決める役割を担っているのは、このフローチャートにおいては、石原表です。

以下URLは、ジャパン フォーカス株式会社ホームページより、パネルD-15の製品説明のページ。
https://www.jfcsp.co.jp/catalog/luneau/heutest_17022.pdf

 ここまでの結論として、日本において「正常/異常」は、石原表によって区別できると信じられてきた、ということが言えると思います。言い方を変えれば、現在の日本の眼科における「先天色覚異常」は、石原表という検査手段によって定義された、操作的な概念です。では、それがどれだけ、当事者が持っている解決すべき困りごとと相関していて、診断された人に役立つ情報を提供できるのかが問われなければなりません。

図表作成(【図20】)・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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