いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第8回

<準備の章【前編】と【後編】の間のコラム>
~色覚をめぐる言葉の整理~

更新日:2022/10/26

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 ヒトは、世界中どこにいっても、その集団の中に、様々な色覚の個体が混ざって生活している、面白くも珍しい生き物です。

 では、多様性の中にある様々な色覚をどのように呼ぶか、これまで多くの試みがありました。古典的には、眼科の「正常」と「異常」の区分けですが、すでに見たように、それだけではすっきり説明てきないことも多く、今も、呼称の問題は、社会的な懸案です。

 ここでは、現在、目に触れる可能性がある「色覚をめぐる言葉」について、整理を試みます。様々な「言葉」に目を向けることで、今わたしたちが向き合っている問題の輪郭を理解するのに役立つかもしれません。

 まずは【表3】をごらんください。ぼくが、2010年代に色覚の問題について調べるようになってから、頻繁に目にする呼称を8つリストアップして、簡単にコメントをつけました。
 ざっと見ていただいた上で、個々の「言葉」について、ぼくなりの解説をさせていただきます。

■■先天色覚異常、2色覚、異常3色覚■■

 眼科の言葉です。総称の「先天色覚異常」は、「先天赤緑色覚異常」とも呼ばれていましたが、最近はあまり見なくなりました。2005年に改訂され、その際、細かな分類である、旧「色盲」は2色覚、旧「色弱」は異常3色覚となりました。呼称の詳細は、すでに第6回の【表2】に紹介してあります(再掲します)。

 眼科独特の「正常/異常」の区分けは、診断名であることを越えて、一般的な呼称としても普及しています。これまでの日本の色覚観の基調をなしてきたとも言えるでしょう。

 なお、「色盲」という言葉を廃したのは、「患者団体から「色盲」の名称を一掃してほしいとの要望」があったからだそうです(参考文献【39】)。しかし、一方で、「異常」という言葉は残りました。

 これについては、当事者団体のみならず、後述の日本遺伝学会など研究者たちも「異常ではない」との指摘をしています。研究者たちは、新しい用語を協議しようと呼びかけましたが、医療側からの回答は、「違いを知り、共に生きるために、時には厳しい現実に向き合うために、「異常」は廃止することができない言葉である」というものだったそうです(参考文献【37】261頁)。というわけで、今のところ再改訂の動きはないようです。

■■色盲・色弱■■

 古い眼科の診断名で、今は、歴史的な文脈においてのみ使われます。

 ただ、改訂の時期が2005年とネット環境の普及後であるため、今も、ウェブ上に、旧称を使った古い文書が多く残っており、少し注意が必要です。

■■色覚障害■■

 メディアが「色のバリアフリー」を取り上げる時に、よく使われているようです。しかし、この言葉の熱心な推進者(団体など)がいるようには見えません。またこの言葉を使う際の、色覚多様性(後述)についての意識も、まちまちです。

 散発的にでも長く使われ続けているのは、実際に存在するバリアに焦点を当てた、障害者支援に相当する議論にフィットするからでしょう。以前、新聞記者の知人に聞いたところ、「異常者」とは新聞では書きにくい(差別的な含みがあるため)けれど、実際にバリアがあることに対して「障害者」なら許容できるという面があるのではないか、とのことでした。あくまでも「推測」であり、また、妥当だとしても一つの理由にすぎないでしょうが、一定のリアリティを感じています。

 なお念の為に書いておきますが、「先天色覚異常」は、身体障害者手帳の交付対象ではありません。また、「先天色覚異常」を「障害」として扱うべきかどうかについても、様々な議論があります。

■■色覚多様性■■

 2017年に日本遺伝学会が提唱した概念です。

 人口の数パーセントを占めるような多型を「異常」とは呼びがたいことから、従来の「正常/異常」という理解ではなく、多様性として概念を組み替えようと提案されました。眼科が言う「正常」も「異常」も含めて、色覚多様性の一部ということになりますが、現状、「色覚異常の言い換え」と誤解されている場合が多いように見受けられます。理由の一つとしては、日本遺伝学会が、色覚多様性の中に位置づけられる様々なカテゴリー(眼科用語の「正常」や「異常」やさらに細かな分類に相当するもの)について、新たな呼称を提案しなかったことが挙げられます。

 その後、医療との用語のすり合わせの機会が持たれたものの、結局、新たな呼称が実現しなかったのは前述の通りです。今後、眼科の診療以外の局面では、「正常/異常」ではなく「多様性」だという理解を織り込みつつ、個別の呼称は用途によって使い分けることが必要かもしれません。

■■色覚特性■■

 1990年代に眼科医の高柳泰世さんや、当事者らが提案した「色覚異常」の言い換えです。高柳さんは、『たたかえ! 色覚異常者──「色盲・色弱」は病気ではなく、個性なのです』(主婦の友社 1998年)、『つくられた障害「色盲」』(朝日新聞社 2002年)などの著者で、1980年代から、先天色覚異常の当事者に対する進学差別、就労差別の解消に取り組んできました。その活動の中で、「異常」ではない呼称を模索し、周囲の当事者などと議論の末に提案したのが「色覚特性」でした。今も根強いユーザーがおり、メディアでも時々使われているのを目にします。

 現代的な色覚多様性の概念に即せば、「正常」と診断される人も「正常と呼ばれる色覚特性」を持っていると考えるのが自然なので、その点で少し違和感を抱く人も多いかも知れません。これは、この言葉が考案された90年代から、色覚をめぐる社会的な理解が深まったからだと言えるでしょう。しかし、個々人の色覚には、個々人なりの特性があるという考えは普遍的ですので、今後も、カジュアルに使われるものと思われます(本連載でもどこかで使っていると思います)。

■■少数色覚■■

 本連載でも強調してきましたが、眼科で言う「先天色覚異常」の当事者に想定される困り事は、多数派の3色覚の人たち合わせた色の体系に適応できないことから来ています。つまり、社会的少数者であるがゆえの苦労なのです。「少数色覚」は、その点に着目した表現です。本連載の中でも、しばしば、「少数派の3色覚」「多数派の3色覚」といった表現を使っています。

 この考え方を徹底すると、眼科の言葉をすべて言い換えて「先天少数色覚」「少数3色覚」などとすることも可能です。色覚問題に関心がある教員や元教員が中心となって、「色覚多様性や色覚問題を正しく理解する」ための活動を行っている「しきかく学習カラーメイト」では、その表現を積極的に使っているようです【表4】。これを生物学的な議論と考えると違和感があるかと思いますが(「先天的に社会的マイノリティである」というのは、生物学的には疑問が湧く概念ですし、集団によってはたまたま多数/少数がひっくり返ることもありえます)、むしろ社会的文脈を強調したものと考えるとよいでしょう。

 さらに、バリエーションとして、「色覚少数派」「色覚少数者」という用例も、見かけます。

「しきかく学習カラーメイト」
https://color-mate.net/colormate

■■P型、D型、C型、色弱者■■

「色のバリアフリー」をめぐる取り組みを進めてきたCUDO(カラーユニバーサルデザイン推進機構)によるもので、「頻度論とカテゴリー再編」による用語の提案だと理解しています。

 まず、P、Dとは、眼科でも使われる略称で、1型色覚、2型色覚に相当するものです。ここはややこしいので復習しますと、1型色覚とは、L錐体が欠けているか変異がある場合で、2型色覚とは、M錐体が欠けるか変異がある場合を指します。英語では、1型色覚はProtan、2型色覚はDeutanなので、研究論文などでは、それぞれの略称として、P、Dが使われます。CUDOは、それらをP型、D型として、眼科の「先天色覚異常」のかわりに使おうと提案したわけです。

 さらに、CUDOは、既存の眼科の概念から一歩踏み出して、「正常」を一般色覚、C型(Common)と読み替えました。これによって、それぞれの色覚を、P型やD型やC型といった特性の違いとして、フラットに語ることができる、他に類を見ないアイデアとなりました。

P型、D型の中での「程度」を表現するためには、「P型強度」「P型弱度」などとしたり、眼科の「異常3色覚」に由来する、PA型、DA型という表記を使うこともあります。(眼科の略称については【表2】を参照のこと)

 また、CUDOは、色覚で困り事をかかえる当事者のことを「色弱者」と表現します。「C型色覚以外の色の対応の不十分な社会における弱者」という意味だそうです。これもメディアで比較的よく使われている言葉ですが、眼科における「異常3色覚」の旧称「色弱」と混同しがちなので、その点だけ注意が必要です。

特定非営利活動法人カラーユニバーサルデザイン機構(略称:CUDO)HPより
「色覚型と特徴」
https://www2.cudo.jp/wp/?page_id=540

■■派生型色覚■■

 本連載でもすでに紹介した進化生物学の言葉です。生物学で言う2色型や派生3色型は、ヒトが進化の中で、派生的に得たものという意味です。

 では、多数派の3色型はなんと呼ぶかというと、学術的には「野生型」「祖先型」などです。しかし、日常の言葉として違和感がある人が多いため、「原型」も提案されています。つまり、
「原型3色型」「派生3色型」といった表現になります(【参考文献27】)。

 ここで注意しなければならないのは、「派生3色型」が必ずしも、眼科の「異常3色覚」に相当するものではないことです。これは第6回で説明したことですが、眼科の「異常3色覚」は、遺伝的な変異を持つ派生3色型の人たちの中で、既存の色覚検査で検出できる人たちを指していました。それ以外の人たちは「正常」とされてきましたが、進化生物学の観点からは、その人たちも「派生型」です。「正常」と診断される人の中で、「派生型」は、3割から4割程度存在するようです。

「言い換え」ではなく「概念の再編」

 以上、現在、メディアなどで目にする機会がある、色覚にまつわる様々な言葉を整理してみました。

 眼科が言う「先天色覚異常」が、現実的な感覚と合わなくなっており、また、科学的にも支持できない部分が出てきたため、様々な「言い換え」が試みられてきたわけですが、今も決定的なものはありません。

 ぼくが、最近、思うようになったのは、「色覚多様性」という概念を受け入れた上で、その中のカテゴリーを語るのは、その時の文脈や意図によって、変わって然るべきではないか、ということです。

 というのも、先に紹介した様々な「言い換え」は、すべて、単純に言い換えているわけではなく、それぞれの考え方に応じて、概念を再編しているからです。その際、指し示す範囲も、微妙に(時には大きく)食い違っています。

 一番わかり易いのは、進化生物学由来の用語です。「原型色覚」と「派生型色覚」は、眼科の「正常色覚」と「色覚異常」と一致するものではありません。眼科の「正常色覚」の3〜4割は実は「派生型色覚」です。眼科の「色覚異常」は、利用可能な検査手段(検査表など)を使って定義された「操作的」な概念で、進化生物学の「派生型色覚」は、生物進化の中で起きてきたことを捉えて概念化したものです。もともと、指し示すものが違うのです。

 そう考えると、CUDOの「色弱者」も、バリアフリーの議論で語られる「色覚障害」も、眼科の診断の「先天色覚異常」と必ずしも一致するわけではないと気づきます。診断で「異常」とされる人の中には、日常生活でも、職業生活でも、とりたてて不自由なく、実際にトラブルもなく、一生を送る人は多いのです。そういう人たちは、困り事がないわけですから、「弱者」というわけではありませんし、バリア、つまり障壁、障害によって隔てられているわけでもありません。

色覚観の裾野を広げる

 新たに提案されたこれらの言葉は、もともと多くの人がしっくりこない「色覚異常」への言い換えとして模索されたものではありつつも、それぞれに別の焦点や、重み付けがあり、眼科の用語とは違う現実の切り分け方を反映したものになっています。「色覚多様性」という、大きな枠組みを前提としつつ、その中身のカテゴリーについては、様々な重み付けや切り分け方の言葉が使われるのは、現状では、色覚観の裾野を広げる意味で、むしろ望ましいことなのかもしれないとも思っています。

 この問題について考え始めた当初、「色覚異常」の適切な言い換えを見つけて普及できればよいと願っていました。今も、いずれはもっと整理された方がよいと思っています。しかし、それには、もうちょっと時間をかけて、社会的コンセンサスを醸成することが必要でしょう。

 ですから、本連載では、眼科の診断について語る時には眼科の言葉を使っていきますし、マイノリティの議論に帰着できる話の時には「多数」「少数」と語る時もあります。1型色覚、2型色覚など、混乱しがちな用語を使う時には、誤解ができるだけ生じないように、1型(P型)色覚、2型(D型)色覚、などと補ったりもします。また、進化生物学的な話では、「派生型」も使います。このように「何の話をしているのか」によって言葉の選択は違いつつも、しかし、その背景にある色覚観は、間違いなく「色覚多様性」です。

図表作成・デザイン:小松昇(ライズ・デザインルーム)

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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )

著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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