第23回
第4章 2色覚の臨床検査技師とスーパーソニック(超音波)ワールド②
<2色覚の当事者として臨床検査技師の実務にたずさわる>
更新日:2024/05/29
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臨床検査技師として超音波検査にたずさわり、オンラインセミナーも主宰する服部博明さんは、1型(P型)2色覚の当事者です。多くの人にとっては自明な「赤と緑」「紫とピンク」といった色の組み合わせの識別が難しいことがあるため、色がかかわる情報伝達の場面では弱者になることがあります(第22回参照)。その一方で、白黒の画面を見る超音波検査は、自分の視覚の特徴に適したものだと感じているそうです。それも「白黒の画像を見るのだからハンデにならない」というだけでなく、「形を見分けること」「明暗の差を見分ける」といったことでむしろ有利なのではないかという実感があるといいます。
前回は、大学時代、苦労する場面もあったものの、なんとか自分に適していると思える分野を見出したところまで語っていただきました。それでは、自分が思い定めた生理検査、とりわけ超音波検査の実務はどうだったのでしょうか。
- 超音波検査を知る
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超音波検査は、健康診断でも使われますし、多くの人にとって、おなじみのものでしょう。
例えば、腹部超音波検査なら、プローブをお腹にあてて、発した超音波の反射から描出される画像を得ます。自分が検査を受けている状態でも、モニターの画面が見えることが多いので、「これはいったい何が写っているのだろう」と疑問に思うことも多いはずです。
ここでは、服部さんの仕事を理解する意味で、最小限のことを教えてもらいましょう。そのために服部さんは、自分自身の足の超音波エコーを撮影して見せてくれました。腹部だと、様々な臓器が映りすぎてごちゃごちゃするので、足くらいが説明しやすいそうです。 -
〈服部さん自身の下肢超音波画像。ふくらはぎの側からプローブを当てており、それが画面では上に相当する〉
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「これは膝の下あたりで、ふくらはぎ側から超音波を当てています。画面の下のほうに山型の白いものが二つ写っていていますよね。その後ろ、つまり下側が黒っぽく影になっているやつです。それが骨、脛骨と腓骨なんです。骨は超音波を全部反射するので、表面が白く写る。そして、後ろには超音波が通らないから黒く写るんです。あと、真ん中あたりに、ミッキーマウスの影絵みたいな、真っ黒の丸が集まったものがいくつかありますよね。それが血管です。血管は液体が流れているので、やはり超音波を反射せず、基本的に真っ黒になります。それ以外の、血管の近くに見える白い線みたいものは、筋肉と筋肉の境界ですね。さらに上には皮下脂肪と筋肉の境界も白く見えています。何かと何かの狭間というのは、超音波が反射するので白く写るんです。これを、あらゆる断面で覚えていって、今、自分は何を写しているのか考えながら検査をしていきます」
いかがでしょうか。説明してもらうと、なるほど、と納得できますが、それはやはり足のように単純な部位だからでしょう。自分の腹部を超音波で写しているときに、たまたま画面が見えたとしても、そこに何が写っているのかなどさっぱりわからないわけです。そして、検査のプロは、この画像から何が写っているのかだけでなく、立体像を想定しながら検査を進める必要があるのでした。
- 自分に暗示をかける
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大学院の修士課程を修了して服部さんが就職したのは大きな病院だったので、臨床検査技師にとっても様々な職場がありました。最初は生理検査の一種で「心臓カテーテル」を中心に行う職場だったそうですが、次第に超音波検査も担当する機会が増えました。
やはり、長年、希望してきただけあって、また、大学院時代には胆嚢の超音波検査の研究に打ち込んできたこともあって、超音波検査は自分に合っていると感じたそうです。
「現場に出てから3カ月ぐらいで、必要な画像を撮ることは、みんなできるようになるんです。でも、じゃあ実際、自分が撮っているその画像について解説できるようになるかというと、何年やってもできない人もいれば、すっとできるようになる人もいます。僕自身も、超音波医学会の認定資格「超音波検査士」というのを取ったあたりから、やっぱり、もしかしたら自分はこういうのが得意なのかなと思うようになりました」
では、なぜ超音波検査が「得意」なのか、服部さんは面白い自己分析をしています。最初のポイントは、「自己暗示」です。
「僕自身、色をずっと避けてきたところもあったので、むしろ逆の思い込みというか、色が不得手なら白黒が得意でしょうみたいな自己暗示をかけて、動機付けにしていました。他の人はいろんな選択肢の中からそれを選べるけども、僕は、染色の問題があるから細菌学は難しいし、病理も難しい。じゃあ選べる中で自分がベストだと思うものを頑張ろうと、モチベーションも高く学びに入ったのが、ある意味良かったのかなと思います」
- 「形」に敏感であること。
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そして、もう一つのポイントは、「色」ではなく「形」に敏感であることです。
「他の人と話すときに、色ではなくて、ものの形などを使って伝えることが多かったんです。例えば、自動車を指し示すときに「青い車」とかじゃなくて、「丸っこい車」とか。あるいは、「緑のパッケージのお茶」とかって言われても分からないから、「お〜いお茶のことだよね」という文字で確認するとか。自分の目に確実に見えるもので判断をして、それが多分、超音波検査でも、ある意味、似たようなものになっていると思います。「淡い白の」とかじゃなくて、「こういう輪郭の」とか。見えている輪郭や境界面、形状などを、ぱっと頭の中で構築できるのがいいのかなと思っています」
平面の画像から、頭の中で立体を組み立てながら検査をすることが、超音波検査の技師には求められます。服部さんは、「形」を敏感に感じ取ることによって培ってきた感覚が、その役立っている実感があるそうです。
「2D画像の中でぱっと見えてしまったもので判断しようとすると、一瞬の黒い筋みたいなものが映っただけで、なにかの管なんじゃないかと間違ってしまうことがあります。よくある間違いの例としては、主膵管という膵臓でつくられた膵液を十二指腸に排出する管を、他のものと取り違えて計測してしまうことがあります。管ならばどこかにつながっていく、その走行を追うことで、主膵管なのか、胆管なのか、はたまた周囲の血管なのか判断して計測しますが、そのつながりを追うということが初学者には難しかったりするんです。ベテランになると自然とできるようになるのですが、僕はこのスキルの習得がスムーズだったように思います」
- 明暗の差に強いのではないか
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また、服部さんは、自分が微妙なコントラストの差を見つけやすいとも感じているそうです。
「白黒の陰影が、他の人よりかっちり見えているんじゃないかなと思っているんですよね。同じ技師どうしでやりとりしていて、『ほら、ここにこういう腫瘤(しゅりゅう)像があるでしょう』って言っても、なかなかみんながぱっとそこを見つけれないことがあります。これがスキルの差なのか、目の差なのか、分からないですが」
また、「自分は暗がりに強いのではないか」という自覚があるそうです。
「暗所視というか、暗いところでも、ある程度、見ていられるように感じます。他の人だと、停電とかでぱっと暗くなると何もできなっているような時に、僕は、その中のかすかな明かりで、自分の立ち位置とか、電源があの辺にあるなといったことがわかるんですよね」
二色覚の人の見え方の特性として、コントラストの違いに敏感なことや、暗所に少し強いことを支持する研究報告もあるので、これらもありそうな話だとは思います。とはいえ、本当に「目の差」によるのか、「スキルの差」や「経験の差」なのかは、本人が言う通り、よくわからないことです。
いずれにしても、大切なことは、服部さんが超音波検査について「得意」であると自信を持ち、その能力を十分に使って日々、仕事をしている、ということです。
- 技術を伝える
- それに加えて2021年頃からは、超音波検査の初学者や学びたい技師に対して、超音波検査のノウハウを伝えるオンライン教室を主宰するに至ります。
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【服部さんの授業のスライドの一例の様子。服部さんのオンラインセミナーのリンクはこちら。】
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「僕がやっているのは、超音波検査を学びたてのこれからプロになっていく人たちが対象の授業です。超音波もいろんな種類があって、僕が、得手としているのは、『発見』、つまり、病変を発見することです。これは自分の視覚の特徴にもかかわっているのではないかと思っています。今、フリーの契約を結んでいるのは町のクリニックが主体なので、まず、その人の異常がどこにあるのかとか、精密検査を受けたほうがいいのか判断できる材料を医師に渡すのが仕事になります。最終的な診断や、外科のオペの術式決定に関わるような画像を撮って、医師に渡すというのは、もっと大きな病院の技師がやることなんです」
これは、なかなか興味深いと思いました。同じ超音波でも、「発見」のための検査と、確定的な診断や術式決定にかかわるような検査では、目的もスキルも違うものだそうです。そして、町のクリニックでは当然ながら「発見」が大切な役割となります。
「だから、僕は『発見』についてはプロといえても、その先の診断や術式決定にかかわる世界だと、まだまだ若輩者だと思います。逆に、大学病院の技師さんは、町のクリニックから紹介状を持って来た患者さんを見るので、もしかしたら、僕がやっているような『発見』の経験をあまり積めないかもしれません」
そして、服部さんは、今後の抱負を次のように語りました。
「臨床検査技師としてたしかに微生物検査や病理学的検査は不得手ですが、働いていく中で超音波検査だけでなく血管全般に関わる血管診療技師、認知症に関わる認定認知症領域検査技師、さらには病院経営に関わっていく医療技術部門管理資格を取得しました。今後、これらの分野で、得意を活かしていけると思っています。また、僕が住んでいるのは鳥取県なのですが、こういった地方だからこそ、地域に根差した医療に臨床検査をもっと活かして、病気の早期発見や予防につながる取り組みを行っていけたらと思っています」
- 中高生へのメッセージ
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それでは、今、進路について考えている若い当事者が、臨床検査技師を目指す場合、どんな助言ができるでしょうか。
「臨床検査技師に限って言うと、海外と比べても、日本では本当に多岐にわたる職域があるのがよいところです。ただ学校で習うことって、ほんのちょっとのことで、その神髄にはまだ全然至ってないので、例えば僕のように、細菌や組織の染色で仮につまずいても、できることはたくさんあるというのをまず伝えたいですね」
服部さんが大学を出てからかかわってきた生理検査の分野は、超音波だけでなく、脳波も、心電図も、二色覚だからといって不利になることはないようです。また、お話の中で「鬼門」のように登場してきた「染色」の話題も、最近ではAIに判定させる技術がずいぶんと進んでいるようなので、近い将来、今よりも必要性の比重が下がる可能性があります。そして、同じく技術の進展とともに、新たな検査分野も拓けていくでしょう。その中には、色覚が問われなかったり、逆に有利になるものもあるかもしれません。
「これは臨床検査技師に限らずなんですけど、色がかかわることで、『みんなができることができない』としても、『自分ならこれができる』ということがあったら、そっちを頑張ってみると。自分の特徴をカンフル剤として使うというか、みんながやっているグラム染色とかは不得手なんだからこそ、得意分野にもっと全力投球するぞ、みたいにマインドを塗り替えていければいいのかなと思います。そうすることで、多分、色覚のことも一つの自分のカードにしていけるのではないでしょうか」
結局、服部さんのお話で印象的だったのは、自分の色覚の特徴が「不利にならない」だけでなく、むしろ強みになるような分野を見つけて、道を極めようとしていることです。どんな能力にしてもなんにしても、人間は凸凹しているものなのですから、これは色覚にかかわらず、多くの人、多くの分野で参照できる考え方だと感じました。 -
臨床検査技師の服部博明さん。
- 写真・画像提供:服部博明
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Ⓒ ATSUKO ITO ( Studio LASP )
- 著者プロフィール
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川端 裕人(かわばた ひろと)
1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html
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