いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人いろいろな人のいろいろな色 色覚多様性をめぐって 川端裕人

第27回

第6章 色覚マイノリティの先生たち②

更新日:2025/03/26

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 前回から、宮崎県立都城工業高等学校の岩﨑真寿美先生(教科は国語)と、福岡県立八幡工業高等学校の田口陽一先生(教科は数学)のお話を聞いています。すでに、ご自身が児童、生徒であった頃の学校でのことや、教師として働き始めてからの職場でのことを教えてもらいました。

 今回は、「人権教育」や「進路指導」において、どのように「色覚」を扱ってきたのかを伺います。お二人が在籍する工業高校が、こと色覚という話題において、ある意味で「最前線」であることも、話の中で理解できました。
●色覚をめぐる授業
 福岡県立八幡工業高等学校の田口さん、宮崎県立都城工業高等学校の岩﨑さんは、人権教育の一環として、色覚を扱った授業をしています。アプローチは、それぞれの勤務校の事情に応じたもののようです。

 まずは田口さん。

「授業をするようになったのは、ほんの3年前です。まず、カラーメイトの『検査のまえによむ色覚の本』を、学校の予算で、学年の生徒分購入して配りました。でも、それだけでは、生徒は読まないので、意識付けが必要かなと思い、イラスト部分を抜き出してスライドを作り、学年集会で説明する形でやりました。カラーメイト代表の尾家宏昭さんがよく講演で使っている『動物探しのスライド』も、掴みに使わせていただきました」

「動物探しのスライド」というのは、「正常」とされる人の色覚では、色の情報が邪魔をしてむしろ森の中の動物などを見つけにくくなる局面があることを示したものです。隠れているものを探すと、少数色覚者の方が早く見つけることは、よくあります。それを冒頭で見せると、生徒の集中力が格段に良くなるとのことでした。

 一方、岩﨑さんは、全校生徒ではなく、クラス単位での授業を行ってきました。
「カラーメイトさんの冊子、2冊の中から必要な情報を取り出したり、文科省の冊子から、こんな配慮をしてほしいっていうところを見せたりします。これまでこういう差別があったけれども今は随分変わってきたということと、検査はこんな方法があるとか、カラーユニバーサルデザインという考え方にのっとれば、当事者だけではなくて、いろいろな人たちも助かるんだとかいう話もして、そういう配慮をみんなでできるようになるといいねということにつなげていきますね」
●「しきかく学習カラーメイト」の漫画冊子
 ふたりとも、2016年に結成された「しきかく学習カラーメイト」が作成した学習漫画冊子『はじめて色覚にであう本 色っていろいろ』(2017年)、『検査のまえによむ色覚の本』(2019年)などを、教材として使っていました。これらについて簡単に紹介しておきます。

 まず、「しきかく学習カラーメイト」についてですが、「色覚問題の正しい理解をうながすリーフレットを作成しよう」という目的で大分在住の教員や元教員などが集まったことをきっかけとする「学習するなかま」だそうです。学校の現場への意識が強く、漫画冊子は、クラスの人数分購入できるような安価で頒布されています。

 前者『はじめて色覚にであう本 色っていろいろ』は、これまで「色覚異常」とされてきたものが、進化の中で培われてきた多様性の一部であることを説明し、「正常」と比べて優劣の関係ではなく、局面によって得手不得手があることを説明します。本連載で言えば、第5回あたりの科学的な議論も含めて、小学生に伝えられるよう、平易に伝える内容です。

 後者、『検査のまえによむ色覚の本』は、中高生向けで、まさに表題の通り、検査をどう捉えればよいのか提案しています。やみくもに検査を受けるのではなく、まず色覚について、科学的な背景も、歴史的なことも含め勉強しようという内容です。


小学生用の『はじめて色覚にであう本』と、中高生用の『検査のまえによむ色覚の本』 参考文献【59】

 また、岩﨑さんが言及した文科省の冊子とは、「色覚に関する指導の資料」と題されたものです。2002年刊行と若干古いのですが、文科省が色覚をめぐる指導について発したものとしては、これが「最新」です。板書の仕方など、非常に基本的なことが述べられています。生徒向けというか、教職員向けに徹底してほしい内容でもあります。


「色覚に関する指導の資料」(文科省、2002年)より。カラーメイトの「資料室」より 参考文献【60】

●生徒が共感してくれる
 それでは、こういった教材を織り交ぜつつ行った授業に対して、生徒たちの反応はどうだったのでしょうか。

 まずは田口さんから。

「最初に授業をした時、終わった後の生徒たちはシーンとしていました。だから、ものすごく不安になりました。ですが、授業後のアンケートを見たらめちゃくちゃ熱い反応がありました。うちの生徒たちは、リアクションとかそういうのをみんなの前で出すのが苦手なようです。でも、アンケートにはたくさんいろいろなことを書いてくれました。こういう授業をして、もし、自分が少数色覚で心細くなっている時に自分と同じ人がいると勇気が出るんだろうなと思いましたとか、小学校の時の先生が『面白い色使いだね』とかつての田口先生をほめてくれた話を聞いてホッとした、自分もそんなふうに他人を安心させられるような人になりたいです、だとか」

 そして、岩﨑さん。

「最近、3年インテリア科で授業をした後、アンケートを取りました。すると、私が中学生のときに高専を受けられなかった体験なども含め、『こんな差別があったんだと驚いた』とか、『自分はインテリアの仕事に就くので、色覚に特性のある人たちもいることを考えて、配慮できるような仕事をしていきたい』とか、心強い、頼もしいなと私が思えるようなことを書いてくれました」

 生徒にとって、色という、あまりに当たり前に感じられる感覚をめぐって、このようなトピックがある事自体、衝撃的でしょうし、それをくぐり抜けてきた当事者が語るということにも大きな意味があるように思います。

 また、田口さんは、授業をした後で、生徒と自分自身との日常でのやり取りの中でも変化があったそうです。

「私は、本当に疲れている時、赤ボールペンと黒ボールペンの区別がつかないことがあります。だから、気づかずについ黒で丸付けしてしまったり、途中で気づいて赤で丸付けし直したりすることがあります。ある時、全部黒で丸付けしてしまい、そのまま気づかず答案返却してしまいました。返却直後の生徒の様子から自分のミスに気づき、謝罪しなくてはと焦っていたところ、ある生徒から『知ってた? 今日は黒丸の日なんよ』っていう言葉が出てきました。すると他の生徒たちも口々に「今日は黒丸の日か」と言い出してざわついていた教室の雰囲気があったかい空気に変わっていきました。生徒達のやさしさに私はめちゃくちゃ救われました。色覚の授業をしてよかったなと実感しました」

 色覚の授業を通して、田口さん自身も理解を得て、「救われる」経験でもあったということなのでした。
●「色覚と職業」の最前線
 もうひとつ、田口さん、岩﨑さんとお話ししながら、はっとさせられたのは、二人が勤務する工業高校という場が、ある意味で、「色覚と職業」をめぐる最前線であり続けてきたという事実です。

 これについては、岩﨑さんは、明確な意志をもって工業高校への赴任を希望したのだそうです。

「少数色覚者が自分自身の特性からくる進路実現の困難さを味わいやすいのは、やはり工業高校においてだったと思います。だから、企業と一番身近なところで接する職員に企業への働きかけをしてもらいたいという思いがあって、工業高校で働きたいと考えていました。『自分たちが企業とやり取りする中で、働きかけをしていく最前線にいるんだ』『だから私たちが変えていかなきゃいけないんだな』というのを、まずは職員に伝えていきたい、と」

 ここで「生徒に対して指導する」というのではなく、先に「職員に伝えていきたい」という言葉が出たことを印象深く感じました。たしかに生徒に対して漫然と進路指導をするなら、「いろいろ制限があるから、よく調べて」というだけになりがちです。しかし、実際には、高校の先生は、企業と直接対話する中で、不合理な制限について直接、話ができる立場にあるのです。

 田口さんも、工業高校の生徒たちの進路指導、就職をめぐって、常に色覚をめぐる議論を見てきました。

「先輩たちの努力のおかげで、最近では、色覚を理由に受験させない会社はまずないんです。でも、もしも、あったら闘うよ、みたいな話を生徒にはしますね。不合格になった時にその不合格の理由を教えてくださいと、企業にお願いします。まだ高校生は未熟で成長途中です、今後もいろいろな会社を受けていく上で必要なことなので必ず理由を教えてください、と。仮に少数色覚の子が受けて不合格になったら確実に私たちは理由を聞きます。もしも少数色覚が原因だという会社があれば、仕事上の困る課題をどう工夫したら回避できるか等の具体策を御社は当然考えてますよねとか、そういう質問や指摘をするための準備だけは常にしています」

 2001年に、厚労省が、雇入時健康診断での色覚検査の義務付けを廃止した際、理由の一つとして、「業務に特別の支障がないにもかかわらず、事業者において採用を制限する事例」があることを挙げました。それから20年以上たった今は、そういうことは基本的にはないものの、完全になくなったともいえないようなのです。

 こういう態度で力づけてくれる先生がいると、心強いのではないかと思います。


2001年、雇入時健康診断での色覚検査の義務付けを廃止した際、厚労省が配布したリーフレット。カラーメイトの「資料室」より。 参考文献【61】

●教師が予断で指導してしまうこと
 一方で、実は、教育の現場での、教師の予断による過剰な指導が行われることは、今もあるそうです。これは20世紀から続く、本当に根強い風潮です。

 田口さんは、続けて言います。

「採用する企業側に徹底するだけでなく、自分たちの同僚をはじめすべての高校の先生に徹底したいんですが、実は、それだけでも充分ではありません。児童生徒が、小学校、中学校のうちに、良かれと思って進路の幅を狭くしてしまう先生が残念ながらいます。これ、私たちが子どもだった頃にされたことが、今も続いているのです。誤った進路指導になるような間違った情報は伝えないでほしいとお願いしていくしかないのかなと思います」

 これについては、例えば、昨年(2024年)、鉄道の運転士の免許(動力車操縦者運転免許)の身体検査の色覚の条件が「正常であること」から「操縦に支障を及ぼすと認められる異常がないこと」に改正されたことなども、現時点で大きなトピックです。どうやら新しい基準では、「異常」と診断される人の中の半分くらいは、受験資格が認められるようです。古くからの固定観念で、「異常と診断される人は鉄道運転士になれない」と信じていると、誤った指導を行ってしまいます。しかし、今のところ、正確な情報がほとんど周知されていません。

 岩﨑さんも、この件については懸念していました。

「やはり、鉄道関係、航空関係、船舶関係に就職したい子は多く、こういった情報を届けることは大切です。昨年、カラーメイトさんが作ったチラシなどもあるので、本校に限らず、宮崎県内全部の学校(小中高)に届くように関係機関と協力をしていきたいと思っています」
「カラーメイトのチラシ」とは、次のようなものです。


「色覚検査票で決めないで!」とするポスター 参考文献【62】

 これまで鉄道の運転士は、「正常」が求められる最後のメジャーな職業と言ってもよかったのですが、それがつい最近、変わったので、これまでなされてきた「職業選択のために早めに色覚検査を!」というような呼びかけが、ますます現実にそぐわなくなりました。そこで、「しきかく学習カラーメイト」のこのポスターでは「色覚検査表だけで決めないで!」と訴えかけています。

 本連載でも、発表当時、鉄道の運転士は「正常」が求められることを前提にした部分があり、現在では事実と異なる表現になってしまいました。お二人と話していて、放置するとそこから新たな誤解が生まれる原因にもなりかねないと気づき、はっとしました。そこで、基準が変わったことを、注記することにしました。⇒第10回 第11回

 こういったことは、本当に地道に周知していくしかないわけですが、今、現実に進路に迷っている生徒さんたちには間に合いません。もしも、今この時点で、「最新」の知識が必要なら、本連載の第12回に紹介したような、当事者団体や支援団体に連絡してみるのもひとつの手だと思っています。こういった団体は、もちろん「完璧」ではないにせよ、自分ごととして情報収集をしている強みがあります。今回何度も登場している「しきかく学習カラーメイト」も、頼りになる候補の一つだと思います。
●当事者が声を上げること、非当事者が語ること
 それでは、当事者としての、また高校の教員としての経験から、お二人が「これから」に向けて考えるところを一つずつ語ってもらい、今回のインタビューを終えたいと思います。

 まずは、岩﨑さんから。

「私自身のことについて言えば、自分のなりたい仕事に就くことができ、特段困ることもなく、ずっとこの仕事を続けてこられました。結婚もしましたし、三人の子どもにも恵まれました。だからこそ、私はこの色覚問題に取り組まなければという思いを、ずっと持っていたんです。前の世代の方々の活動があって、受験の制限がなくなったということはほんとうにありがたかったと思います。私の息子二人は医者をしているんですけど、息子たちが生まれた頃には、ほとんどの医学部で受験ができるようになっていました。受験の制限がほとんどなくなっていたことを知ったときの安堵、我が子の進路を閉ざさずに済んだという親としての思いを、理解してほしいと思っています。そして、少数色覚者であることによって進路について悩むことがない社会にするためには、まず私たち当事者が声を上げることが必要だし、生徒たちには、世の中変わらないじゃなくて、変えていけるんだよって伝えていきたいんです」

 一方、田口さんは、「当事者以外」のかかわりの重要さを強調しました。当事者だからこそ語ることができるのは事実ですが、やがて「非当事者」にも語ってもらえる方がよいと考えているそうです。

「今、私の学校では、当事者の私が、学年の生徒全体に向けて語る授業を行うようになっています。当事者の子たちを安心させたいという思いで、学年から要望されています。でも、何でもそうだと思うのですが、被差別の当事者が語ることも大事ではあるものの、一方で当事者ではない方(かた)が共感を持って語ることも大事であり、広がりがあると思います。私自身は、やはり生徒により近い立場の先生、例えば担任の先生が授業することによる教育効果は大きいと考えます。ゆくゆくは、各教室で、少数色覚者の当事者ではない方(かた)も含めて思いを語る形で授業をしてほしいです。

 そうすることで子どもたちも「自分と違う」ことを受け入れやすくなる、いわゆる「多様性」について寛容になれます。すると、子どもたちの集団が「いろいろなこと(例えば持病や障がいのことなど)をクラスで隠さなくてよくなり、話しやすい」やさしい集団になれます。これらの経験は社会に出る上で双方にとって極めて重要だと思います」

 前回で述べましたが、ぼくが田口さんや岩﨑さんと出会ったのは、「しきかく学習カラーメイト」のオンライン学習会でした。そこでは、福岡県、奈良県、大分県、神奈川県からも、当事者ではない先生が実践の報告していました。たしかに、この課題への取り組みの広がりを感じさせてくれる、力強いものだったことを思い出し、あらためて意を強くしました。

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著者プロフィール

川端 裕人(かわばた ひろと)

1964年生まれ。小説家・ノンフィクション作家。東京大学教養学部卒業。日本テレビ勤務を経て作家活動に入る。小説作品として『銀河のワールドカップ』『空よりも遠く、のびやかに』(いずれも集英社文庫)ほか、ノンフィクション作品として科学ジャーナリスト賞2018・第34回講談社科学出版賞受賞作品『我々はなぜ我々だけなのか』(海部陽介監修、講談社ブルーバックス)、『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)、『ドードーをめぐる堂々めぐり 正保四年に消えた絶滅鳥を追って』(岩波書店)ほか多くの著作がある。また、共著作として科学ジャーナリスト賞2021受賞作品『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』(西浦博との共著、中央公論新社)など。2024年『ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会)で第43回新田次郎文学賞を受賞。ツイッターhttps://twitter.com/rsider /メールマガジン『秘密基地からハッシン!』(初月無料)https://yakan-hiko.com/kawabata.html

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