失踪願望。失踪願望。

第23回

アルバム、ブンガク、高みをゆく者

更新日:2023/10/04

  • Twitter
  • Facebook
  • Line
3月2日(木)

 ひと仕事終えテレビをつけたら「なんでも鑑定団」をやっていた。シルクスクリーンのポスターに200万円の値がついていた。
 横尾忠則作『腰巻お仙』。なんだかコレ見たことあるな、と思ったら「池林房」の壁に貼ってあるものと同じだった。あっちはもちろんレプリカだろうけれど、もしシルクスクリーンだったら店主のトクヤに「横尾忠則のファンなんだ。10万円で譲ってくれよ」と言って、あとで高く買い戻してもらおうとふと企んだ。
 あの番組をつい見てしまうのは、テレビに出てくるいわゆる業界の人たちがどこかみんな「作りもの」めいて見えるのに、「鑑定団」に出演する市井の、いま生きている本物のシロウトの人々には人間の本質の部分を見てしまうからだろう。嫌な感じはしない。本気で自分の自慢(持ち物やそれにまつわるヒストリー)を力強く語っている姿はスリリングで可愛らしい。日本の津々浦々には隠れた金持ちが多いのだな、ということもよくわかる。そのお宝の値がこのショウの骨子となり、高くついた値段に狂喜する光景が売り物だけれど、いくら高額の査定がついてもそれをテレビ局や番組が買ってくれるわけでない、というところのムナシサ、あざとさが際立っていく。
 アメリカにも似たような番組がある。こちらは実際に出演者が質店に持っていく。品物を店側で評価しきれないときはその分野の専門家に来てもらったりしながら、客と店との値段交渉になるあたりが現実的でスリリング。イギリスやオーストラリアにも同じような番組があるそうだが、超金持ち国、ドバイあたりでやっていたら見てみたいなあ。

3月4日(土)

 文学賞の表彰式のため、朝から宮古島に飛んでゆく。
 先月も宮古島に行ったのだが、その時も今日も近くの席のガハハ親父がウフフねえさんと異常接近してくねくねしている。ANAとは最近、相性が悪いんだなあ。
 こんなこともあろうかと『ノミのジャンプと銀河系』という自分の本を持ってきた。誰かが「何度か読んだ本や自分が書いた本は何が書いてあるか分かっているから平静を保てる」などと書いてあったので試すのだ。
 これは効果があった。本の中ではアブとかチーターとか自然界の生き物のスピードを比べたりしていて「おお、なかなか面白い本じゃないか」と自分で感心しているうちに眠くなり、起きたらもう南の海上だった。
 選書判、という言葉はないそうだが新潮選書のこのサイズは持ち運びやすいし、読みやすい。白内障の手術を終え、落ちつき、読書量が戻ってきた。

3月5日(日)

 表彰式を土曜日に終え、伊良部島の佐良浜(さらはま)という漁港に連れていってもらう。朝獲りのカツオのうますぎて困るタタキを食べた。帰りの飛行機の時間までビールをがしがし。文句ないですな。
 港では小学生くらいの子が慣れた手つきでシャクリ釣りをしていたり、ちょうどその子の父親が船長のカツオ船が戻ってきて水揚げたりと、奥行きのある景色に出会えた。宮古島はいつもざわわのゆったり風が吹いていて、通年Tシャツ1枚の生活ができるのはいいよなあ。

3月6日(月)

 寒い東京に戻ってきて慶應病院へ。「特に問題なさそうですね」と先生は言うが、この一言のために来ているのだ。安心して帰宅し、ビールを飲んだ。

3月7日(火)

 神保町に行き、1時間ほどこの「失踪願望。」連載の打ち合わせ。「本の雑誌」の編集部に顔を出した。
 ドアを開けると、どーんと段ボールの山。
 編集部は4トントラックを借り、町田にある目黒の自宅まで何往復もし、目黒の尋常ではない蔵書をはじめ私物を運び込んでいるらしい。西村寿行についてまとめたノートを見つけパラパラめくる。強い筆圧で様々なことが書いてあり、これだけ長いつきあいなのに彼の仕事のやり方について詳しくは知らなかったことに気づいた。
 アルバムが何冊もあった。20代の頃の目黒がスーツを着ている写真があって「ああ、あいつはこんな感じだったな。タバコをよく吸ってたな」と連鎖して記憶が蘇ってくる。
 几帳面に写真が貼り付けられたアルバムには我々のキャンプのスナップも多かった。そのキャンプ集団がのちの「怪しい探検隊」になるのだが、旅の途中でいつも目黒は「なあ椎名、帰りの船の時間は調べてあるのかよ?」とか「もういいだろう。そろそろ帰ろうぜ」とか、なんとも後ろ向きなことを言っていた。ひょっとしてこいつはキャンプ旅などあんまり好きじゃないのかなと思ったこともあったが、次の旅もしっかり集合場所にやや面倒くさそうな顔で立っている。不思議だった。
 でもこのアルバムの中の目黒は瓶ビールなんて掲げてけっこう楽しそうだ。「なんだよ、あいつ、楽しそうに笑ってるじゃんか」と口に出していたようで、周囲の編集部員が何人か涙ぐんでいた。やや動揺し15分ほどで編集部を立ち去り、のろのろとビヤホールに向かう。
 神保町に行くと目黒の気配にあふれていて気持ちが揺れる。思えばぼくが全力をかけていた会社に彼が顔を出し、社員になり、よき相棒となり一緒に突っ走ってきて50年以上だ。その銀座の会社はもうないのだが、彼がつい最近まで仕事していた神保町の町には彼の気配が満ちている。フワフワと体と神経が浮き上がるような気がした。

3月9日(木)

 野球のワールド・ベースボール・クラシックが開幕したが、どうしたわけか今年はあまり興味がない。
 競技としての野球は面白いので好きだ。小岩で友人と共同生活をしていた時は、よく木村が「今日は巨人と阪神の首位攻防戦だぞ」などと言い、福島県から上京してきた二階の一家に「ナイター見させてくださーい」と上がり込んで観戦していた。楽しい記憶だ。あっ、なんと克美荘でさんざんお世話になったそのファミリーの名を忘れてしまった。
「あんちゃんたちよかったら、わたしの田舎の枝豆食べにこないかい。もうじきゼンマイもとれるけどな……」などとよく夕食の料理の残りものをもらった。ぼくたちがお邪魔すると小さな女の子がいつもうれしがってピョンピョン跳ねていた。姉妹の上の子は小学校5~6年生。もう物おじする年齢なので妹みたいに赤ちゃん的には接してこない。福島から東京にやってきて気持ちのどこかがずっと張りつめていたところへ、でっかい男ども4~5人がいきなり階下に住んで、どやどやと自分の部屋にきたりする。アパートの先住者としては当初ずいぶん緊張していたのだろう。
 でも何かの拍子に彼女が小さな声で歌をうたっているとき音感のいい木村が合わせて唄った。美空ひばりのなにかの歌だった。木村はそういうとき非常にわかりやすいコトバで優しく接する「いいお兄さん」だった。それでお姉ちゃんのほうも打ち解けて、木村とだけは笑顔を交わすようになった。
 お姉ちゃんの名前は「はるみちゃん」といった。演歌好きの両親が名付けたんだなとすぐにわかった。
 やがてもっと親しくなると、木村とはるみちゃんは「アンコ椿は恋の花」を声を合わせてよく歌っていた。

3月11日(土)

 野球関連で連日、テレビがやかましい。ペッパーミルというのが流行っているらしいが、12月のサッカーワールドカップといい、日本のメディアは競技の本筋と離れたニュースが好きだ。ぼくの周りでは胡椒をガリガリしている人など一切、見かけない。近年のテレビには「本当に流行っているのか?」という根本問題がいつもある。

3月13日(月)

 大江健三郎さんの訃報が入る。10代の頃から読み続けていた作家のひとりだ。「叫び声」や阿部昭追悼の「見事な不機嫌」などは夢中で読んだ。
 高校で沢野君や上田君とよくブンガクの話をした。二人ともいろいろ読んでいるので話が終わらないし、この人たちと話をすると、なぜか気持ちが集中し心が浮き立つようになる。「人生で初めて文學の話をしているからだ!」ということに気がついた。思えば生まれて初めての体験だった。
 その当時「文學界」「新潮」などを読んでいた。古本屋で20~30円ぐらいで売っていた。小説を読む心の躍動を初めて感じていた頃だ。大江さんの小説、とくに短編のすさまじい作品世界に圧倒された。その一編「不満足」が一番好きだ。
 高校の時の国語担当に関口勲さんという小説を書く先生がいて、小山清の主宰する同人誌「木靴」に加わっていた。その同人誌からは後にプロ作家の宮原昭夫さんが出ている。その人が書いた「ごったがえしの時点」という短編を読んで感動したことを覚えている。関口先生はその後、ぼくがプロのモノカキになったことをとてもよろこんでくれた。

3月14日(火)

 遅い午後から池林房で読売新聞の取材を受ける。とても熱心な人で文学に詳しい記者とビールを飲みながら好きなブンガク作品を話し込む楽しい時間でもあった。
 夕方には「ちょっと報告があります」と雑魚釣り隊の若い仲間が数人、合流してきた。大きな出版社のメジャー雑誌の編集長は出世、広告代理店勤務の40代は独立、大手飲料勤務の50代は会社を辞めて岡山でワイン用の葡萄を作るための移住。そんな報告を一挙に受けた。みな前向きな動きだったので安心して酔えた。すぐそばにある沖縄料理店へ顔を出し、ソーミンチャンプルーでシメた。

3月15日(水)

 1日かけてゲラを読む。酒がテーマの文庫で、全編アルコールばっかりだ。出てくるヒトも酒飲みばかりで、そこで仕事をしているとどんどん酔ってきそうなのであわててビールを飲んだ。

3月16日(木)

 新刊の打ち合わせのため、神保町で寿司を食う。新刊のためにはマグロとカツオとコハダが必要なのだ。ひげ勘という名店だ。
 軽くヅケになった赤身がつきだしに出てきて「このマグロうまいですね」と言うと「カツオです」と大将の加藤さん。オレ、カツオが一番好きなのに。開き直って、カツオとマグロと穴子を続けざまに食べた。焼酎水割りを飲みながらワインベルトの話をした。

3月17日(金)

 盛岡からハシノ青年とタカハシ中年がやってきて、この1年盛岡の「クロステラス」というところでやるイベントの打ち合わせ。と思ったら、ビール飲みながらぼくの刊行予定を聞いて「じゃあそれに合わせてトークやろう」ということしか決まらなかった。
 ご時世的にコロナのあれこれの規制がゆるんで「やっと東京に行って酒飲んでも白い目で見られなくなった」とふたりは嬉しそうだったけれど、地方都市はその地ならではのコロナとの付き合い方があったんだろうなと思う。赤ワインがうまかった。

3月19日(日)

 大阪場所が中日に差し掛かったのだが、気になることがある。
 いつも砂被り席に艶やかな着物をまとった身なりのいい女性がいたのだが、いないのだ。春場所まではいたように思えるので、今場所休場している力士のタニマチだろうか。
 そんなことを考えているとニューヨークに住む娘から電話があった。「何をしてたの?」と聞くので「相撲を見ていた」と答えると、彼女は「ワカタカカゲ」とわざと抑揚のない棒読み機械音みたいな声でつぶやく。相撲は詳しいわけではないがカ、が3つもあるサウンドを気に入ったようで、以来「ワカタカカゲ」は我々の合言葉のようになっている。

3月22日(水)

 日本がワールド・ベースボール・クラシックで優勝したらしいのだが、世間というかテレビの関連番組が絶望的にくだらなくて、決勝は観る気にならなかった。
 というのは嘘で、時間を間違えててノソノと起きたらもう終わってた。

3月24日(金)

 久しぶりに麻雀でもやろうよ、とトクヤが電話をくれたので池林房で一杯ひっかけてから、秘密基地で卓を囲んだ。トクヤはぼくが好きなタケノコ弁当と、腰の痛いぼくのために座椅子まで用意してくれていた。
 友人の心づかいに感謝しながらリーチしたら一発でツモってしまい、裏ドラものった。親はトクヤだったので損害多大! 「さっきのタケノコを返せ。座椅子からおりろ」とトクヤは子供みたいに怒っていた。

3月25日(土)

 朝、起きたら見慣れない座椅子がある。
 まあともかく座って原稿を書いて、昼前になって昨日、一緒だった竹田に電話を入れてみる。
「え、覚えてないんすか? 椎名さんはハイボールからワインに切り替え、麻雀も好調でした。深夜1時過ぎくらいにお開きになった時に『この座椅子はラクだし縁起がいいからくれよ』とトクヤさんに迫り、トクヤさんは『好き勝手飲み食いツモったうえ、座椅子まで持って帰るのか!』とやや怒っていましたが、最終的には同じものをまた買っておくよと優しいのでした。気を良くした椎名さんは、近所に住む竹田、太陽をタクシーで順番に送ってご機嫌で帰ったはずです。めでたしめでたし」
 竹田はやや酒が残っているから寝かしてくれ、と電話を切った。そうだったか。一晩たってもう忘れていた。覚えていないが座り心地はかなりよい。

3月26日(日)

 千葉市の朝日カルチャーセンターで講演をする。テーマは「忘れられない人々」だった。自分の人生で出会った人々のことを話していたら、あっという間に時間が進んだ。参加者からの目黒についての質問もあった。
 終わってからいつも寄る居酒屋で一杯、という選択肢もあったが、今日は大阪場所の千秋楽だったのでタクシーで帰宅することにした。
 日曜の午後の道は混雑していて焦れたのだが、「江戸川から先は道知らないからダメなんだよぉ。でもなんとかする」と千葉弁の運転手が頑張ってくれ、なんとか千秋楽には間に合った。霧馬山が大栄翔を突き落とし、初優勝。朴訥な優勝インタビューも良かった。そのままBSで『アンタッチャブル』をぼんやり見たあと、座椅子に座って夕刊フジの原稿を夜中に書いた。

3月27日(月)

 原稿を書いてから、この連載の打ち合わせのためにタクシーで神保町へ。
 だいぶ暖かくなってきたので、家の近所や高速から少し見えた赤坂のお堀のあたり、あとは皇居の周辺も桜の花が見えた。車中でうとうとしていたら走行音やトンネル内の反響音などが夢の中に干渉してきて、ちょうど高速の出口で目が覚めると、そこにも桜並木があった。あたたかくて気持ちがいい。黄泉の国はこのような感じだとしたら、さほど悪くない場所だ。
 集英社に着くと本の雑誌の浜本編集長が待っていたので少し話す。ちょっと痩せただろうか。目黒の逝去から浜本はえらく忙しそうだが、忙しいほうが気が紛れるのかもしれない。
 90分ほどの打ち合わせを終えて、中華料理でビールと紹興酒をやっつけた。

3月30日(木)

 眠れないので本を読むが、あまり面白くない。
 目黒は入院してからは痛みで本が読めなかったと聞いた。その状況を想像するとこちらも辛い。
 一緒に本の雑誌をやっていた時、朝、編集部に行くとユーレイのような顔色の目黒に遭ったことがよくあった。
「どうした?」
「読んでた」
「そうか」
 それだけだった。酒を飲む時以外、彼とは基本的にはいつも会話は短かった。
 ふた月に1度くらいだろうか。朝とか夜とか関係なく携帯に電話があって「椎名、ナニナニを読めよ、面白いから」とそれだけ伝えてくることがあった。ぼくが電話に出られない時は留守電を残すこともあったし、事務所に電話して「椎名にナニナニを読むように」と伝言することもあった。やつが薦めてくれた本は必ず買って読んだ。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は目黒に教えてもらった。『ハイペリオン』もそうだ。途中から面白くて止まらなくなった。あいつはどうやってそういう本を見つけるのか、どうやって書店で選んでいたのか聞きそびれた。

今月のおもな出来事

3月1日
◇米下院議会で「TikTok」の利用禁止法が可決。中国発の動画投稿アプリを通じ利用者情報が中国政府に流出することを懸念して。

3月2日
◇宗教法人「幸福の科学」創始者で総裁の大川隆法氏が2日に死去と報道。享年66。
◇イランで女子生徒らが窒素ガスの毒物中毒症状で健康被害を受けている問題で、米国国家安全保障会議の広報官が「深刻な懸念」を表明。女子の通学を妨げる目的でイスラム過激派の関与が取りざたされている。

3月3日
◇元プロ車いすテニス選手の国枝慎吾さん(39)に国民栄誉賞授与が決定。パラアスリートの受賞は初。
◇在日ミャンマー人らが外務省前で抗議活動。クーデターで実権を握ったミャンマー国軍から受勲された麻生太郎副総裁と元郵政相で日本ミャンマー協会会長の渡辺秀央氏に抗議して。

3月4日
◇韓国大法院(最高裁)が日本企業に元徴用工らへの賠償を命じた問題で、韓国政府が近く解決策を発表する方向で最終調整に入ったと報道。

3月5日
◇東京マラソン開催。日本人男子トップは、25歳、マラソン3度目の山下一貴が日本歴代3位となる2時間5分51秒で7位入賞。優勝はデソ・ゲルミサ(エチオピア)で2時間5分22秒。其田健也、大迫傑ら計5人が新たにパリ五輪代表選考会マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権を獲得した。
◇犯罪解説YouTuberとして活動していた〝ブラジル史上最悪の殺人鬼〟ペドロ・ロドリゲス・フィーリョ氏が5日朝、南東部サンパウロ州で何者かに射殺された。計100人以上を殺したとし42年間服役していた。

3月10日
◇イランとサウジアラビアが2016年から断交してきた外交関係を正常化することに合意。仲介した中国・北京で共同声明に署名したという。

3月11日
◇東日本大震災から12年。死者・行方不明者は2万2215人に上る。

3月13日
◇作家の大江健三郎さんが3日に死去と発表。享年88。1958年「飼育」で芥川賞を当時最年少で受賞。94年にノーベル文学賞受賞。

3月14日
◇自民党のLGBT理解増進法案の推進に対する姿勢を公明党山口代表が「(G7議長国として)恥ずかしいこと」と批判。20日、経団連会長からも異例の苦言。「世界は差別『禁止』、日本は前段階の『理解増進』。増進を(国会に)出すのすら議論しているというのはいかがなものか」。
◇参院懲罰委員会が、ガーシー(本名・東谷義和)議員の参院議員の「除名」処分を決定。

3月16日
◇韓国の尹錫悦 (ユン ソンニョル)大統領来日、日韓首脳会談が実現。

3月17日
◇プーチン大統領にオランダ・ハーグの国際刑事裁判所が逮捕状を発行。ウクライナ侵攻をめぐりウクライナの子どもたちをロシアに連れ去った罪で。

3月19日
◇藤井聡太竜王、棋王戦第4局で渡辺明二冠に勝利し六冠達成。史上二人目、20歳8カ月の史上最年少で。羽生善治九段の保持していた肋間の最年少記録(24歳2カ月)を29年ぶりに更新。
◇経営不安の金融大手クレディ・スイスをスイスUBSが買収するとスイス国立銀行が発表。

3月20日
◇13日に証拠捏造の可能性を指摘し東京高裁が改めて再審開始を決定した「袴田事件」。20日、検察側が特別抗告を断念。袴田巌さん(87)は、1966年に逮捕、1980年死刑確定、2014年の再審決定で釈放されていた。今後、静岡地裁で始まる再審公判で無罪確定する公算が大きくなる。
◇自民党、「LGBT理解増進法案」の本格的議論を4月の統一地方選後に先送り。
◇中国・習近平国家主席がロシアを訪問。3日間の滞在中のべ10時間以上プーチン大統領と会談したとされる。ロシアのウクライナ侵攻後、初の訪問。

3月21日
◇岸田首相がウクライナ・キーウを電撃訪問、ゼレンスキー大統領との首脳会談を実現。前日インドでのモディ首相との会談後、21日未明に出発。

3月22日
◇WBCで日本代表「侍ジャパン」が米国に3-2で勝利し7戦全勝14年ぶり3回目の優勝。大谷翔平選手(エンゼルス)が大会最優秀選手(MVP)に選出。
◇シリコンバレー銀行(10日)、シグネチャー銀行(12日)など中堅銀行の破綻が相次ぐ米国でアメリカの中央銀行にあたるFRBが0.25%の利上げを発表、インフレの抑制をはかる。

3月24日
◇2022年の難民認定数が202人と法務省が発表。アフガニスタンからの難民が7割。過去最多も世界的にみれば依然と低水準。
◇動画投稿サイトで著名人を繰り返し脅迫したなどとして逮捕状、旅券返納命令が出ているガーシー容疑者の兵庫県伊丹市の実家に家宅捜索。

3月27日
◇文化庁が京都に移転し業務開始。中央省庁の本格的な地方移転は初めてとなる。

3月28日
◇ボクシングの村田諒太選手(37)が引退を発表。ロンドン五輪で金メダル獲得後、プロに転向、2017年WBAミドル級王座についた。

3月30日
◇フィンランドのNATO加盟が確定。トルコ議会が批准。
◇トランプ前大統領をNY州大陪審が起訴。不倫関係にあった元女優への口止め料を不正に処理した疑いで。同国で大統領経験者が起訴されるのは史上初。

3月31日
◇政府は2024年度にも、新東名高速道路の一部に自動運転車専用のレーンを設置する。主に夜のトラックで完全自動に近い「レベル4」の実用化を想定する。少子高齢化で物流の人手不足が深刻になるのをにらみ、省人化技術を活用できる環境を整える。

Ⓒ 撮影/内海裕之

著者プロフィール

椎名 誠(しいな まこと)

1944年東京生まれ、千葉育ち。東京写真大学中退。流通業界誌編集長時代のビジネス書を皮切りに、本格デビュー作となったエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』(’79)、『岳物語』(’85)『犬の系譜』(’88/吉川英治文学新人賞)といった私小説、『アド・バード』(’90/日本SF大賞)を核としたSF作品、『わしらは怪しい探険隊』(’80)を起点とする釣りキャンプ焚き火エッセイまでジャンル無用の執筆生活を続けている。著書多数。小社近著に『遺言未満、』。

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.