辻惟雄先生に訊く! 応挙門下の「鬼っ子」絵師 長沢芦雪 辻惟雄

第2回

稀代のエンターテイナー、画戯笑覧①

更新日:2023/10/20

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円山応挙門下の鬼才、長沢芦雪(1754~1799)。芦雪らしさあふれる作品は、総じて見る側のリアクションを求める楽しいもの。辻先生の言葉を借りると、「どんなもんでしょう!」と語りかけてくるよう。具体的な作品を紹介しながら、その魅力に迫ります。

長沢芦雪『人物鳥獣画巻』(部分)◆ 江戸時代・18世紀 紙本着色 31.1×1610.1cm 京都国立博物館蔵
※展示は11/19まで 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/
20代末~30代初め頃の制作と考えられる画巻。応挙風の筆法ながら、モチーフの描写と場面構成に独自性が感じられる。芦雪の描く動物は口角が上がりがちで、愛矯たっぷり。

――辻先生の芦雪観は、何をきっかけに変わったのでしょうか?
芦雪観の変化というほどのことはありませんが、芦雪を見直すようになった理由のひとつに、「芦雪は海外でモテる」ということがありますね。この春お亡くなりになったジョー・プライスさんから、「もし芦雪がもっと長生きしていたら、若冲を凌ぐ存在になっていただろう」と聞かされたことがあります。
――プライスさんというと、一般的には若冲を愛したコレクターというイメージが強いです。
日本の側は若冲、若冲って騒いだけれど、彼が好んだ江戸絵画はもっと幅が広いですから。私からすると、芦雪が若冲を超えるとまではちょっと言えませんが、プライスさんが芦雪を高く評価していたことは確かです。曽我蕭白の専門家であるボストン美術館のマニー・L・ヒックマンさんも、芦雪は好きだ、芦雪はいいって言っていましたよ。ロンドンで江戸絵画の展覧会が開かれたときにも、芦雪が南紀で描いた代表作、無量寺の『虎図襖』が人気だったようですし。
――つい応挙と比較してしまいますが、プライスさんは、1969年の京都市美術館の『応挙と蘆雪』展で、応挙の作品展示室の奥に無量寺の虎の顔がチラチラ見えて、そちらが気になって仕方がなかったそうです。さて、ここからは辻先生のおすすめの作品を追いかけつつ、芦雪の絵のおもしろさを少し紐解いてみたいと思います。
「ご推奨の絵をいくつか教えてください」ということでしたが、先に挙げた西光寺の『龍図襖』と下御霊神社の『牡丹孔雀図』は、「ご推奨」ですね。
――やはり、動物の絵になりますか。
芦雪は動物画に関しては、天賦の才能がありますからね。ほかには大乗寺の『群猿図』。こういうお猿さんを描かせたら芦雪はやはり抜群ですよ。これは応挙にはできなかったことでもあります。

長沢芦雪『群猿図』(部分)◆ 重要文化財 寛政七(1795)年 紙本墨画淡彩
襖各166×117.5cm 兵庫 大乗寺蔵 ※後期展示
大乗寺客殿の2階に収められた作品。一匹一匹の動きと表情が実に豊かで、まるで猿山を見るような楽しさ。

――そういえば、応挙の代表作に猿の絵は入ってきません。
応挙が猿を描かなかったわけではないけれど、こういう群れの様子を描いたものはないかもしれないですね。芦雪のほうは大得意だから、この襖絵も相当な速さで仕上げたんでしょう。見ているだけで楽しいものです。
――姿がリアルという以上に、行動、生態がよく出ていますね。応挙と違って旅をよくしたからこそ、猿のしぐさを目にする機会が多かったのかもしれません。
確かに、観察しないとこういう描写はできませんね。愛嬌があるというのか、かわいらしい猿を描かせたら芦雪は天下一品じゃないですか。大乗寺の猿がナンバーワンですよ。そして、かわいらしいというと、雀も上手いですね。それも1、2羽じゃなくて、群れでいる様子がおもしろいんだ。そう、芦雪は群像を描かせたら素晴らしいですよ。

長沢芦雪『梅雀図』 江戸時代・1790年代後半 絹本着色 113×39.8cm メトロポリタン美術館蔵
Gift of Florence and Herbert Irving, 2015
大勢の雀のかまびすしい声が聞こえてきそうな群雀図。自然にありそうな状態として描くのではなく、「雀はこういう感じ」と看取した特徴を全部盛りするところが芦雪らしい。

――応挙の「静」に対して、芦雪の絵はアニメ的で「わちゃわちゃとして楽しげ」という印象があります。
それも、応挙にはない特徴ですよね。まあ、動物画に比べると、人物画では応挙風がより強いような気がしますが。
――応挙風でありながらも実に芦雪らしい人物画としては、無量寺の『唐子琴棋書画図襖』が思い浮かびます。
ああ、あれはすごいですねえ。応挙の作ったボキャブラリーで、応挙以上に豊富な表現をしているという感じがしますね。表現する言葉が応挙の言葉に近いっていうところが、つい気になってしまうんだけれど(笑)。

長沢芦雪『唐子琴棋書画図襖』(部分) 重要文化財 天明六(1786)年 紙本墨画淡彩 各179.3×91.5cm
和歌山 無量寺・串本応挙芦雪館蔵

クローズアップしたのは、画面左の墨だらけにした手をかざす唐子と、右隅にいるネズミ。唐子の手の描写は画中の半紙に押した手形と同じ。襖紙の中からこちらにペタペタ押してきそうな勢いで、おかしみを誘う。

――ネズミが画面右上から下りてくるというだまし絵的な描写も注目に値します。絵は画面の向こうに展開するという基本を守る応挙に対して、絵から何かが飛び出してくるといった、絵の枠組みを超える感覚に芦雪は優れていたのではないでしょうか。
そうかもしれませんね。かといって芦雪は真面目な応挙のことを馬鹿にしていたわけではなくて、尊敬していたんでしょう。応挙は恩師であり、自分を作ったのは応挙だと思っている。その技法で精いっぱい遊ぶというのかな、民衆の需要に応えるべく、ユーモアと笑いを提供しているんですよね。もうひとつ、芦雪が応挙と違う点としては、彼には禅画が多いこと。応挙にも禅僧との交流はあったけれど、芦雪の場合、もっと距離が近いんですよ。斯経慧梁(しきょうえりょう、1722~1787)という禅僧が芦雪の『隻履達磨図』に賛を書いていますが、ふたりの年齢差は30歳以上。斯経は臨済宗中興の祖・白隠(1686~1769)の弟子で、宗派を超えた破天荒な思想の持ち主でした。この絵には、芦雪のプロとしての技量が出てしまっていますが、やはり禅画の部類ですよ。

長沢芦雪『隻履達磨図』◆ 豊橋市指定文化財 天明六(1786)年 紙本墨画淡彩
134.8×56cm 豊橋市美術博物館蔵 ※前期展示
魏の宗雲が西域で片方の履物を手にした僧を目撃して帰国した後、達磨の墓を開いてみると、そこには片方の履物だけが残っていたという伝説に基づく画題。奔放な筆遣いながら的確な線で、コワモテの祖師を描く。

――無量寺を再建し、応挙に障壁画を依頼した愚海和尚も白隠の法脈ですね。そもそも芦雪の南紀行きは、応挙の代役として何軒かの禅寺に襖絵を描く旅でした。
無量寺の元檀家総代のお宅に伝わる『絵変わり図屏風』◆(個人蔵)の右隻も、禅画をいろいろ描いたものです。『奇想の系譜』でも取り上げましたが、6図の中にひとつだけおもしろい絵を入れているんですよ。縦長の画面の下半分くらいまでが黒くて、上にちょこちょこちょこちょこと小さな船が描いてある。その黒いのが鯨の背中で、上の船が捕鯨船団だっていうんだからねえ(笑)。ひとつだけ息抜きみたいなものなんだろうけど、変わっていますよ。
――鯨の姿は画面の外へ出てしまって、黒いのが何だかわかりません(笑)。
このときにはもう、応挙のことなんか忘れてますね(笑)。応挙の場合、「これは何だろう?」と思わせるような描き方はしませんから。そして、串本では何といっても『虎図襖』ですね。もう語りつくされているとは思うけれども、芦雪特有のスピード感のある絵です。

長沢芦雪『虎図襖』◆ 重要文化財 天明六(1786)年 紙本墨画 左4面各183.5×115.5cm、右2面各180×87cm
和歌山 無量寺・串本応挙芦雪館蔵 ※前期展示
襖3面に及ぶ、日本美術史上最大級の虎の絵。輪郭線はなく、柔らかな薄墨の面で構成されており、猛獣としての凶暴さはそれほど感じられない。その顔立ちからしても、あえて猫虎として描いたのではないかという解釈もある。顔周りは正面に近いが後肢は側面的、前足は左右揃えているのかそれとも片足か?など、不統一な描写が危ういバランスで一体化されている点も含めて、ユニークな作品。

――まさしく才気煥発。240年近く経った現在も、描いたときのライブ感が伝わってきます。
応挙もこんな絵を描かれては形無しですよ。芦雪を褒めると、つい応挙の悪口ばかりになってしまうんだけれど(笑)。応挙は応挙で、誰が見てもバランスのいいわかりやすい絵を生み出していますからね。そこに、どっしり構えた親分としてのよさがあるわけで。
――この虎はむしろ軽やかで、どっしり構えた感じはありません。
私はこの虎について、伝統的な「水呑みの虎」の姿から来ていると書いたことがあったけれど、そうと言えばそうだし、そうでもないと言えばそうでもないんですよね(笑)。この絵は図版で見るものではなくて、実物で見てもらうのが一番です。無量寺の本堂では、仏間と室中が一続きになっていて、この襖絵の右2面は奥の仏間に入っていて、左4面が室中の空間に収まります。この右2面の奥へ向かう岩と竹の存在が重要で、そのムーブメントによって虎が手前に飛び出してくるように見えるんですよ。虎の後ろ足が浮いているから、重力がなくなったような感じになりそうなんだけど、奥の岩があるから成立している。こういうところは芦雪ならではですね。
――ただ、意地悪に見ると、非常に平面的なパーツの集積です。しかし、それがかえって絵としての魅力を生んでいるのが不思議で……。
その点については、芦雪が片目の視力を失っていたという話が残っていますよね。殿様の前で芸を披露しているときに、高く飛ばした独楽を受け損ねて目に刺さったが、そのまま続けたなんていう内容で、このエピソードも本当かどうかはわからないけれども、何かの原因で片目の視力が弱かったということは考えられなくもない。というのも、芦雪には側面性に欠けた、立体感の乏しい絵が多いんです。両目での立体視は困難だけれども、それでも立体的な感覚を取り入れるべく、テクニックで補っていた面もあるんじゃないでしょうかね。それが素晴らしく成功したのが、この「虎図」なのではないか、と。正面の図版で見ると平面的なんですが、実物だと飛び出して見えて、「ああ、これはおもしろい」ということになる。描かれた大きさも含めて、実物を見なくてはわからない絵ですね。
――ほかにお好きな作品はございますか?
『月竹図』、こういうものもおもしろいですね。極端に細長い画面に描いた作品のことを「柱絵」と呼びますけれど、これはもう柱そのものですよ(笑)。

長沢芦雪『月竹図』◆ 江戸時代・18世紀 絹本墨画 155.8×11.3cm 個人蔵 ※後期展示
細長い画面による風景のトリミング効果を逆手にとって、とことんその長さを追求した、機知に富む作品。このような描き方を、「あざとい」と見る向きもあるかもしれない。しかし、芦雪は単なる奇手に終わらせることなく丁寧に絹本に描いており、上質な遊び心に昇華している。

――縦横比が約14:1。これも図版ではよさが伝わりにくい作品ですね。しかし現物には惚れ惚れします。
長い線をシューッと引いて、どんなもんでしょうってねえ(笑)。弟子がこんな絵を描いていても、応挙は何も言わなかったんでしょう。「まあ、生活のことを考えて描いているんだろう」くらいなもので。
――この掛軸は、掛けるところから一座で楽しめそうです。スルスル下ろして、どこまで続くのか?と。
普通は、こういう人の気を引くような作品は「売り絵」だって馬鹿にするけれど、芦雪は売り絵そのものを描いているようなところもありますよね。
――外国の方が共感しやすいというのも、見る人を楽しませようとするサービス精神に富んでいるからかもしれません。

長沢芦雪『旭日大亀図』◆ 江戸時代・18世紀 紙本墨画淡彩 123.4×54.5cm MIHO MUSEUM蔵 ※前期展示
朝日を背景に、横から見た亀の姿をクローズアップで描く。水際の様子などの現実的な描写はなく、まるでキャラクターイラストのよう。そう思って見直すと、亀の顔は口角の上がったミッキーマウス風でかわいい。

そうですね。ただ、芦雪は「売り絵」だからといって軽く描いているわけじゃない。軽く描いているようでいて、一生懸命描いているところがある。『旭日大亀図』は晩年の作品ですが、画題としては、よくあるおめでたい絵です。そういう伝統的なモチーフとして亀を描いても、高い技術でもって、遊んでいるんですね。今では、絵描きというと立派な作品を作る芸術家というイメージになりますけど、江戸時代の町絵師が活動する場面はさまざまあって、人を楽しませる芸能者のような役割もあったはずです。

作品談義は、最終回に続きます。次回は「辻先生ゆかりの作品」も2点登場。

◆をつけた作品は、こちらの展覧会で鑑賞できます。
『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ―奇想の旅、天才絵師の全貌―』
大阪中之島美術館 4F展示室
2023年10/7~12/3 (前期:10/7~11/5 後期:11/7~12/3)
開館時間/10:00~17:00
休館日/月曜
観覧料/当日一般1800円ほか
大阪府大阪市北区中之島4の3の1
https://nakka-art.jp/exhibition-post/rosetsu-2023
※2024年2/6~3/31には、九州国立博物館に巡回予定。

 

著者プロフィール

辻惟雄(つじ・のぶお)

美術史家。東京大学名誉教授、多摩美術大学名誉教授。1932年、愛知県生まれ。1961年、東京大学大学院博士課程中退。東京国立文化財研究所美術部技官、東北大学文学部教授、東京大学文学部教授、国立国際日本文化研究センター教授、千葉市美術館館長、多摩美術大学学長、MIHO MUSEUM館長を歴任。2016年、朝日賞受賞、文化功労者に選出される。2018年、瑞宝重光章受章。1970年刊行の『奇想の系譜』(美術出版社)により、歴史に埋もれつつあった近世の絵師たちに光を当て、今日の若冲をはじめとする江戸絵画ブームの先鞭をつけた。「かざり」「あそび」「アニミズム」をキーワードに、日本美術を幅広く論じている。その他の著書に、『若冲』(講談社学術文庫)、『奇想の図譜』『あそぶ神仏:江戸の宗教美術とアニミズム』(ともにちくま学芸文庫)、『日本美術の歴史』(東京大学出版会)、『辻惟雄集』全6巻(岩波書店)、『奇想の発見:ある美術史家の回想』(新潮社)がある。

撮影/荒井拓雄(辻先生) 取材・文/編集部

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